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第十五話 悔し涙に添い寝


 テーブルマナーを簡単に教えつつ、朝食をさくっと終えたディアーヌとリュカは、これからの行動計画を練ることとなった。


 ミエラが淹れてくれた紅茶を飲んで一息つき、それでは、と話し始めようとしたディアーヌよりも先に言葉を発したのはリュカだった。


「単刀直入に言うんだけど、俺を元の世界に帰すことに関しては、あっちにいる俺の仲間に任せてもらえないかな?」


 ディアーヌの新たな目標を打ち砕くようなお願いをされ、これには到底、分かりました、とはすぐに頷けなかった。


「……理由をお伺いしても?」

「簡潔に言うなら、知識と実力不足だね」


 リュカは申し訳無さそうに眉を下げた。


「まだ魔法について詳しく説明できていないし、俺も検証が十分じゃないんだけど。そもそもとして、転移魔法には特別な知識と豊富な魔力量が必要とされるんだ。それが今回の場合、世界を越えるものを使わないといけなくなるんだけど、残念ながら俺にはその知識も魔力もない」

「……知識を身につける術も、こちらの世界にはありませんものね」

「そう。専門の魔法書と、魔石がもっとあれば使えるようになるかもしれないけど。それらを手に入れることは不可能に近いからね」


 それはそうですね、とディアーヌは納得してみせた。

 一方、リュカはもう少しディアーヌが粘ると思っていたのか、少し意外そうな表情をしたが、続けて魔王討伐時の彼の仲間について教えてくれた。


 魔王討伐メンバーは勇者、戦士、魔法使い、僧侶、弓使いの五人で、それぞれが抜きん出た才能の持ち主であるとのことだった。勇者と戦士、僧侶が男性で、魔法使いと弓使いは女性。

 その中でも特に魔法使いの女性は幼い頃から魔力も高く、魔法を自在に操る天才として有名で、彼女ならばここに彼がいる可能性にいきつくだろうという話をされた。


「……魔法書や魔石を求めて私が世界中を探している間に、魔法使い様が転移魔法を完成させる方が早い、とリュカ様は思われているということですね?」

「うん、その通り。彼女は天才な上に、魔法に対して常に新しい可能性を求めて研究を続けている。言い方は悪いけれど、俺や君が今から始めても到底敵わない」

「リュカ様がそこまで言われるお方と競うには、私は非力で無知すぎますね」


 ……自分はあまりにも無力すぎる。

 胸が痛くなるほどにディアーヌはその事実を突きつけられた。


 リュカには既にあっさりと負けを認めてしまっているのに……そのリュカをもってしても、仲間の魔法使いには到底敵わないなんて。

 そんな相手に、無知も無知なディアーヌが敵うはずがない。

 魔法なんてない世界だから仕方がないのかもしれないが、リュカを転移した責任を取りたかったディアーヌは出鼻をくじかれたばかりではなく、自身の中にある目標すらもぽっきり折られてしまった。


「…………」

「ディアーヌ、大丈夫かい?」


 無言になったディアーヌに、リュカは心配そうに顔を覗き込んで尋ねてきた。

 それには曖昧に笑って、少しだけ時間がほしいとお願いをする。


「……すみません。少し、お時間をいただいてもよろしいですか?」

「うん。それはもちろん」


 言うなりディアーヌは立ち上がって自身のベッドまで足早に歩き、クッションをいくつか集める。


 そうして握りしめたこぶしを振り上げ──


 ボスッ!


 無言のまま、クッションをひたすらに殴った。


 ボスッ! ボスボスボスボスボスッ!


 クッションには申し訳ないが、どうにかこれで悔しさを発散させたかった。

 けれどもどれだけ両手を大きく振り下ろそうとも、少しだってなくなってはくれない。



 リュカからそんな提案をされるとはまったく想定していなかった。

 その時点でどれだけ無謀なんだと自身を恥ずかしく思う。


 彼が言ったのはもっともなことだ。

 ディアーヌがそう簡単に魔法のことを理解できるはずがないし、学ぶにしても手段がほとんどない。


 それに……リュカがどれだけ鍛えてきたのか、その体を触って分かったはずだった。彼だけじゃなく、彼の仲間たちも、きっとそうだ。

 ディアーヌには想像もできないような環境で鍛え抜いてきたはずだ。でなければ魔王討伐なんてできない。


 ……異世界に来て、取り乱すことなく対処法を冷静に考えられるというのは、それだけの判断を下してきたということ。その中には死線をくぐってきたこともあっただろう。

 そんな相手に、ずっと平和の中にいて魔法も使えないディアーヌが役に立てることなんてほとんどない。


 だから切り替えて、次にできることを探さなければいけないのに……!

 そうしなければいけないと、分かっているのに!


 ふいに自分の中の目標を失ったことへの焦りか。

 考えなしだった自分への腹立たしさか。


 とにかく早くスッキリさせて次の話を……! ともう何発目になるか分からない一撃を出そうとしたところで、ごめんね、と穏やかなリュカの声が聞こえて、手首を優しく掴まれた。


 ……その手の優しさと温度に、やるせなさが募っていく。

 自分はなんて無力なのだと泣きたくないのに涙が滲む。


「手が傷ついてしまうから、そこらへんにしとこう?」


 リュカのその柔らかな言い方に一気に涙腺が緩みそうになって、思いきり目に力を入れた。

 

「……申し訳ございません。あんまりにも悔しくて──」

「ディアーヌ!?」


 なるべく声を震わせないようにしたつもりだったが、全然できていなかったようで、ディアーヌの反応に驚きながらもすごく優しい手つきでリュカに体をくるりと回された。

 そうすれば焦った表情をしたリュカと対面である。


「ご、ごめん、ディアーヌ。泣かせるつもりはなかったんだ! 俺の言い方が悪かったね」


 リュカの言葉に、ディアーヌは大きく首を横に振る。

 その勢いで、ぽろりぽろりと涙が頬を伝った。


「違いますわ。リュカ様は何も悪くありません。あまりにも自分は無力なのだと知って、それなのに何もできないことが悔しいだけです」

「それを君に言ったのは俺でしょ? この場合は俺を責めていいんだよ」

「なぜリュカ様を責めるのです。理想と現実を正しく理解させることは必要なことで、リュカ様のお話は時間を無駄にしないためのことですもの」

「そうなんだけどね。泣かせてまでする話じゃなかった」

「泣かせたことを悪いと思わないでくださいませ。それで忠告をしていただけなくなったら、それこそ私の歩みは止まってしまいます。だからここでは、こんな姿を見せてしまう私がいけないのです」

「うううーん……いや、でもなぁ……」


 リュカは困ったように目線を上げ天井を見つめると、俺の言い方も、と続ける。

 そんな彼に、ディアーヌは小さな声でごめんなさい、と謝ることしかできなかった。俯いてリュカが握っている手首を見つめる。


「あなたをこの世界に呼び寄せてしまった責任を取りたかったのに……何もできずにごめんなさい。リュカ様は、あちらの世界でもっと多くの方の希望となり、夢となり、生きる力となる存在なのに」


 止め処無い涙が、ディアーヌの頬を濡らす。


「そんなお方が、ここにいていいはずがないのです。早く帰らなければ、多くの民がまた恐怖を抱いてしまうかもしれない。せっかく、平和な世界になろうとしてるところを、私が──」

「ディアーヌ」


 リュカがまっすぐにディアーヌを呼んだ。

 その後に続く言葉を聞きたくて、聞きたくなくて思わず肩に力が入る。


「……本当に、君は……」


 ディアーヌの手首からリュカの手が離れると、まだ強張った肩に彼の手がおかれる。


「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だよ。俺がいなくなったぐらいで、あちらの世界は揺るがない」

「…………そう、でしょうか」

「騒ぎになったとしても、頼もしい仲間たちがいるからね。皆強いし、何かあってもどうにでもしてくれる。それは絶対だ」


 ディアーヌが頷くと、リュカは彼女がまとめたクッションをベッド端に放り、ディアーヌをベッドサイドへと座らせて、自分はその前に片膝をついてしゃがみこんだ。

 きっと今のディアーヌは泣くのを堪えているために眉間には深く皺が寄った険しい表情をしているはずだ。リュカはそんなディアーヌの顔を覗き込んで、少し眉を下げて笑う。


「俺のことを信じてくれたように、俺の仲間たちのことも信じてほしい」

「……申し訳ございません。疑っているつもりはないのですが……」

「うん。それは分かってるよ。でも、やっぱり勇者の印象って強いよね。でもね、あっちではけっこう俺なんかより魔法使いや僧侶の方が人気なんだよ」

「そうなのですか?」

「直接的に人々を治療したり、土地を回復させたりするのは彼らだからね」


 ディアーヌの手は膝の上に並んでおいているが、まだドレスを強く掴んでいる。それがリュカの話に納得はしても、悔しさが残っていることを表していた。


「ディアーヌが俺の世界や人々のことを想って、俺をあっちに帰そうと言ってくれるのは、すごく嬉しいよ」

「……はい」

「でも、君がそう想ってくれているのと同じくらいに、俺も俺でこっちでやるべきことができてしまってね」


 含みを持たせてリュカが言うものだから、ディアーヌはリュカを見つめ、小さく首を傾げた。

 そこでにこりと笑い、リュカは彼女に一つの提案をする。


「俺たちはこっちの世界で、俺たちにしかできないことをしよう」

「……私たちにしか、できないこと?」

「うん。俺と君にしかできないことだよ」

 

 リュカと自分にしかできないこと。

 それは何なのか。


 ディアーヌの頭はそこからフル回転した。


 そして、一つ。

 見落としていたことがあった。


 ……そうだ。

 リュカを帰すことを目標にしていたけれど。


 そもそも彼がここにいるのは。ここに連れてこられたのは。


「この世界の悪者を倒すよ、ディアーヌ。これは、俺と君にしかできないことだ」


 二度、三度と頷くような瞬きをしたディアーヌは、リュカの言葉の意味を正しく受け取り、答えを口にするより先に満面の笑みをリュカへと向けた。


「そう……ですわ。うっかりしてましたわ! その悪意を取り除かなければ、被害ばかりが増えてしまいますものね」

「そうだね。俺もそんなやつを放ったまま帰ってきたなんて仲間に話したら、何やってるんだって追い返されるだろうし」

「それはいけませんわね。必ず、私たちで悪を断ちましょう!」

「うん。やってやろうね。とは言っても、まだ俺もどう対処すればいいかは考えきれてないんだけど」

「私も一緒に考えますわ!」

「そうしてくれると助かるよ」


 音にするなら、ぶわぁぁとディアーヌの中に新たな風が吹いて、吹き抜けて、悔しさややるせなさを全部取っ払っていった。

 何もかもなくなって、残ったのは。 


「リュカ様! 私、新たな目標ができましたわ!」

「お、何かな?」

「魔法使い様が転移魔法を完成させるより早く、こちらの世界を元通りにし、新たな伝説を作ったリュカ様をあちらの世界へとお見送りすることですわ!」


 まさに爛々と瞳を輝かせて宣言するディアーヌの姿にホッとしたようにリュカが笑ったのだが、彼女は気づかず、自身の中に新たに現れた目標ややる気を勢いよく口に出す。


「それでは、そのためにもリュカ様には魔法について、そして戦い方や鍛え方について教えていただかないと。早速今日からですわね。魔法と魔力についてはきちんと理解を深めませんと対処法も考えられませんし。それから魔石についても知っておかなければですよね。それから魔王と魔族についても……ああ、でもリュカ様の世界の歴史を知らなければ……いえでも体を鍛えておかなければ何かあった時に足手まといになってはいけませんし。それに……」


 口も勢いも止まらないディアーヌはすくりと立ち上がると、自身の机がある方向へと歩き出す。

 その足取りは非常に力強い。


「リュカ様、早速ですけれどまずは魔法について──」


 机まできたのは、やりたいこと、やらなければならないリストを紙に書き出すためである。ペンと紙を手に取り、とっても良い笑顔でリュカに振り向いたディアーヌだったが……


「それもいいんだけど。ごめんね?」

「はい?」


 突然謝られた、と認識するより早く、ディアーヌの両足は床から浮いていた。

 いつの間に背後に? なんて尋ねる時間もなかった。


「……え? ええ!?」


 気づけば、机の前にいたはずのディアーヌは、ベッドで仰向けに寝転がっていた。

 見慣れた天井だが、どうして自分は寝ているのだろう、と思いながら横の気配へと視線を向ければ、にこにこと笑う勇者が同じく横になって自分を見ている。

 ディアーヌと違うところは、リュカの方は横向きで肘をつき、こぶしを作ったところに頭を乗せているぐらいだ。



 これはもしや…………添い寝になるのでは?



 そう頭に浮かんだ瞬間、ディアーヌは声にならない悲鳴を上げ、リュカを思いっきり後方へと押していた。


「おおっと」


 言いながらも笑ってベッドから降り、ごめんごめん、と心のこもっていない謝罪を受ける。


「なんっ……! なぜ、なに、ちょっと!?」

「落ち着いて。ごめんね、まずは寝かせないとと思って」

「それならそう言ってくだされば……!」

「いいや、さっきまでの君なら、寝てる暇なんてありませんわ! とこぶしを握って言っていたはずだよ」

「そ……それは、そうかもしれませんけど」

「ほら。だからね、多少強引でも寝てもらわないとということで」


 リュカが布団を引っ張って、ディアーヌの肩まで布団をかける。そうするとディアーヌはもうしっかり枕に頭をつけてしまっていた。


「昨日ほとんど寝てないんだから、ちゃんと寝ないと体調を崩すよ。それに頭も働かないだろうしね」

「……私が寝ている間、リュカ様はどうされますの?」

「俺はそこら辺の本でも読ませてもらうよ」

「…………」

「ん? あ、触っちゃだめな本とかある?」

「いえ、どれもお好きに読んでいただいて大丈夫なのですが…………あの……でも、男性と二人きりの場で眠るなんて……!」


 真っ赤になって顔を隠したディアーヌとは対照的に、リュカはそれがどうした、といった表情である。


「部屋を出た方がいい?」

「……それは追い出したみたいで申し訳ないですわ……」

「寝顔は見ないようにするよ」

「絶対ですか?」

「絶対」

「…………それでは……はい……あの、お気遣いいただいてありがとうございます。それと……はしたない娘だとは思わないでくださいませ」


 はしたない。

 そう繰り返したリュカは、その後になるほど、と呟く。


「そんなこと思わないよ」

「絶対ですか?」

「絶対。仕方がない場合にはこういうことはあるし、それではしたないなんて思わないよ」


 リュカの発言に安心し、ディアーヌはすっかり眠気に襲われた。もう瞼が重い。なんとも単純なものである。


「申し訳ございません……それでしたら、少し、眠らせていただきます」


 うん、と返事をされると、ディアーヌの瞼は完全に閉じた。


「おやすみ。ゆっくり眠って」

「……おやすみなさい……」


 語尾はほとんど聞こえず、ゆったりとした呼吸音が聞こえ始め、リュカは本棚へと足を向けた。



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