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第十三話 悪役令嬢の前世は


 ディアーヌの父親であるロッドマンと話をするために二人は公爵の執務室へと向かった。一応、ジルを先に向かわせたが門前払いを食らうかもしれないな、と思いながらディアーヌは進む。


 しかしながら、彼女の予想よりあっさりと部屋に通され、二人はロッドマンと対面することとなったのだが……


 朝だというのにきっちりとカーテンが閉められた部屋に、外出時に身につける鎧までまとった護衛が父親の後ろに控えていれば、いかに警戒され、歓迎されていないのかは明白だった。

 閉じたカーテンは、この部屋で何が起ころうともそれを隠すためだろう。ロッドマンは二人に剣を向ける命令をすることも想定して、この場にいるのだとディアーヌは察した。


 その証拠に、これまで見たこともない程、鋭い眼差しを父親から向けられている。執務室に一歩足を踏み入れるやいなや、何だその男は、と不信感を丸出しにした態度で尋ねられた。


「おはようございます、お父様。朝早くから申し訳ございません。この方が突然木の上から落ちてきたところを私が見つけましたの」


 ディアーヌの言葉に、ロッドマンは目を吊り上げた。

 由緒正しきバトン公爵家現当主で、ディアーヌとロランの実父であるロッドマンは、健康でいれば薔薇のようだと例えられる華やかな見た目のディアーヌとよく似た顔立ちの美丈夫である。

 普段はその眉間に深く刻まれた皺が、彼が重責に身を置く立場の人間だという威厳を感じさせるが、今日はそれに加えて怒りまで伝えてくるものだからディアーヌはこっそりと息を吐き出した。


 緊張を逃がしたくてしたことだったが、そんな彼女の視界から重なるようにしてリュカが半歩前へと出て、父親から少しばかりディアーヌを隠してくれる。


 ……いくら仲違いしている部分があるとしても、娘に向ける視線ではないと思ったのかもしれない。


 父も含め、学園内の皆もそうだが、今のディアーヌにとって手放しで信頼できるのはリュカしかいなかった。

 使用人たちも態度は変わらない者もいるが、サミュエルやマチルドのように本心は裏に隠されているかも、なんて疑ってしまう。


 そこまでのことをリュカには話していないが、ディアーヌの雰囲気や気配で察するところがあるのだろう。本当に、リュカがここにいてくれて良かったと心から思った。


 そしてそれを思うだけでなく、彼がここにいられるようにするのは、ディアーヌの役目である。

 リュカにだけは聞こえてもいいと思い、長く細く息を吐いて肺の中の空気を空っぽにしてから、思いっきり新しい空気を吸い込んだ。ごくん、と飲み込めば体の真ん中に芯が通った心地になった。


 もう大丈夫だということを伝えるため、半歩前にいるリュカの隣へと並んだディアーヌは、父親に対して優雅に見えるよう、王太子妃教育で習った最高の微笑を向けて見せた。


「なぜ、そのような危険な男の隣で笑っている」

「武器も何も持たず、敵意も感じられないお方ですから。それにここに来るまでも、とても優しくエスコートしてくださいましたし」

「不法侵入している時点で犯罪者だ。そんなことも分からないのか」

「まだ彼からは何も聞いておりませんわ。何か事情があって来られたのかもしれませんよ」

「犯罪者に割く時間などない」

「そうやって話も聞いてもらえないまま悪者だと決めつけられ、十年あまりの努力を踏み躙られたばかりですもの。私はこのお方のお話を聞こうと思っただけですわ」


 瞬間、場の空気は凍った。

 リュカですら寒気がしそうになるほどだったが、凍らせた張本人であるディアーヌは美しい笑みを浮かべて話を続ける。


「話を聞いてもらえないことがどれだけ悲しく、惨めで、何もかもを信じられなくなるのか身を持って知ったところですから。自分がされて嫌だったことは相手にはするな、ですわ」


 ロッドマンにぎろりと睨まれてもディアーヌは止まらなかった。むしろ反撃の隙を与えないように、次から次へと言葉を発する。


「それはそうと、お父様こそ先ほどから犯罪者だと決めつけておりますが、この方がどのような立場の方か予想がついておりますの? 私は彼のような紫紺の髪を初めて見ましたけれど、この髪色の方がどこの国にお住まいか、ご存知ということでしょうか? もしも彼がどこかの国の王子殿下であり、何か事情があってこちらに来たのであれば、場合によっては国際問題に発展しかねませんけれど」


 彼女の指摘にじっくりとリュカを見たロッドマンは、苦虫を噛み潰したような表情になった後でチッと大きな舌打ちをした。


「見たことのない色だ。どこの国から来た?」

「……話をしてもよろしいのですか?」

「簡潔に」

「ありがとうございます」


 ディアーヌによって発言の場を与えられたリュカは、入室後にも確認したが、再度人員の配置を確認した。


 護衛は公爵の後ろに一人と自分たちの後ろに二人、あとは使用人が二人。このままリュカを捕らえろ、と命令がくだされてもディアーヌを連れて安全に逃げられる動線を頭の中で組み立ててから、失礼します、と発して一歩を踏み出すと、ロッドマンに対して自己紹介を始める。


「信じてもらえないのは承知で話しますが、俺にはこの世界ではないところで暮らしていた前世の記憶があります。というより……今の自分のことは曖昧にしか覚えていなくて、その前世の記憶だけがはっきりとあるんです」


 彼が話を進める中で、ディアーヌ以外の者から向けられる視線は明らかに不審がっているものだった。それはもちろん、リュカにも理解できる。こんな突拍子も現実味もなさすぎる話なのだ。一発で信じる方がおかしい。


 けれども隣にいるディアーヌからだけは、そのままいけ、という意思が伝わってくるので、リュカは迷うことなく話を続けることができた。


「簡単には信じられないと思います。俺も、前世の記憶が蘇ってから、ずっと混乱している中にいるような感覚ですから。けれどはっきりと分かるのは、前世の俺は勇者で、魔王と戦っていたということです」


 いよいよ公爵が青筋を立て、使用人たちは主の顔を見て非常に苦々しい表情となった。


「この記憶が蘇ったのは一年ほど前です。それから今の自分を思い出そうとしたら、頭の中に靄がかかったようになります。なので、この一年はほとんど山ごもりみたいなことをしてました。前世では野宿も普通だったので、生活に困ることはなかったです」

「……それでなぜ、我が家に?」

「気配、と言えばいいでしょうか。数日前からとある人物の気配を感じるようになり、俺はその人に会わなければならないと思ったんです。それでその気配を探りながら歩き続けていたのですが、昨日の雷雨が激しくなってきた後の記憶がぽっかりとなくなっていて……気づけばこの家の、あの木の上から落ちていました」

「……まったく理解はできないが、探していた人物はこの家にいたのか?」

「はい。いました」


 即答したリュカに、ロッドマンが目で話の先を促す。

 その二人の様子に、ディアーヌはぐ、と握ったこぶしに力を込めた。



 ここからが、彼女の考えた設定の肝となる部分だ。



 リュカが勇者を名乗ったところで誰も信じないだろうことはディアーヌにだって分かっている。

 しかしディアーヌからすれば、なんとしてもリュカにはそばにいてもらわないといけない。ここで放り出されたり、接近禁止など出されようものなら、彼を彼の世界に帰すという目標がひどく遠のいてしまうからだ。


 では、どうすればいいか。

 リュカとディアーヌがどんな立場だったら、二人はともにいられるか。


 その視点で考えて出た結論は、 リュカが勇者だからこそディアーヌのそばにいる、という理由をつけられればいいのでは、ということだった。


 勇者なんていない世界でも、皆が描く勇者像ならば納得できる理由と、設定。



 ……勇者は強く、清く、皆が憧れる英雄。リュカはきっと彼の世界ではそういう存在だったはずだ。



 一方、ディアーヌは?


 ディアーヌは今、学園内という小さな範囲ではあるが“悪役令嬢”として知れ渡っている。


 悪役、なんて。

 勇者の対極ではないか。

 

 そこに気がつくと、不名誉極まりない名ではあるが、学園内に浸透しているこの立場を生かさないなんてもったいないと思った。するとどうだろう。面白いぐらいに設定も台詞もリュカの登場シーンも頭に浮かんできたのだ。


 これしかない! と思って自身の考えをリュカに伝えた際、彼はディアーヌを悪役にすることを非常に嫌がった。他のものにしようとも言ってくれたが、残念ながらディアーヌの考えを越える設定を思いつかなかった。



 ということで。


 ここからがまさに。

 ディアーヌの未来が決まる一言が勇者(リュカ)によって投下される場面である。



 さぁ! リュカ様! いつでも準備はよろしくてよ!!



 内心はリュカよりも意気揚々として鼻息荒くなっているディアーヌの瞳は、彼女が生きてきた中で最も輝いていることだろう。

 室内にいる皆が息をのみ耳を澄ませてリュカの言葉を待っていれば、リュカはにこりと笑うと、ディアーヌの肩をぐい、と自身へと引き寄せ──



「俺が探していた人物は、前世の俺の“妻”です」



 …………あら? リュカ様?



「そして最愛の妻の生まれ変わりが、ディアーヌお嬢様だったんです」



「はぁ?」

「あらあら」



 地を這うようなロッドマンの声と、ディアーヌの間の抜けた呟きだけが微かに皆の耳には届いた。


 それからしばらく……

 水を打ったように静まり返った部屋で、ディアーヌは何か言わなくてはならないと思いながらも、何も言えずにいた。

 彼女の筋書きではリュカは勇者そのままで、ディアーヌが”魔王“の生まれ変わりだから監視のためにそばにいる、というものだったのだ。


 それなのに。


 “魔王”の生まれ変わりではなくなって、彼の“妻”になった。

 さらに最愛とまでついている。



 ……リュカ様、一体どうされましたの?



 その疑問をどうにかのみこんで、ディアーヌはゆっくりとリュカへと顔を向ける。すると同じタイミングでリュカもディアーヌへと顔を向け、ばっちりと目が合った。


 その途端、彼の口から出た最愛という単語が頭の中を駆け巡って、反射的にディアーヌの顔は赤くなった。なぜかそれにリュカは満足気に頷く。


「あぁ、恥ずかしがり屋なところも妻そのものだ。探していたよ、ディアーヌ。俺は君に逢いたくて、ここに来たんだ」


 ダメ押しのようにリュカはディアーヌの片手を握り、それはそれは大事な人へと向ける笑みを見せた。


 そうしてリュカはロッドマンに向き直ると、前世の自分は妻と世界を守るために死力を尽くし戦い、見事に魔王を討伐してみせた、と話をした。そして魔王討伐後は妻とともに世界を巡り、その途中で家々の修繕を手伝ったり、村と村をつなぐ橋の建設を手伝ったり、時には王様に呼び出され平和な世界に慣れない人々を活気づけるためにパレードをしたり……と自信満々に言ってのけたのだった。



 ちなみに、その話をリュカがしている最中……というよりリュカから手を握られ微笑まれた時点で、ディアーヌの思考能力は半分ほどが停止していた。



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