小話 理紗と啓祐
まだ陽太との同居が始まる前の、啓祐との会話。
「よぉ、理紗」
「確かに呼んだのは私だったけど……あんたも暇だよね。啓祐」
「暇じゃねえけど、娯楽のための労力は惜しまないから」
「呼んだ私が馬鹿だった」
「そう言うなよ。俺を呼ぶって事は、面白いことがあるんだろ?」
「……」
「……どうした?」
「あんたを呼んだのは、あんたが最低な性格をしてても、最低限の空気を読む能力を備えているからで」
「おい」
「なんとなく、親戚以外の人に話を聞いて欲しかったの。一年振りなのに、急で悪かったわ。パッと思いついたのはあんたしかいなかったし」
「顔色悪いな。マジでどうした?」
「母の妹夫婦が死んだ。事故で」
「……確か、四歳だったか、年下の従弟がいる家族の?」
「よく覚えてんね。そう。その家族」
「……」
「……私、この前の小説が賞をもらって、別のやつがドラマ化が決まった」
「……それ、俺に言っていいの?」
「もう公表されてるから。収入は最初に比べてかなりよくなったし、知名度も上がってる」
「何が言いたい?」
「その従弟、あんたが教師やってる高校に入学決まってるんだ」
「へえ、俺、今年から初めて担任もつんだよね」
「うちに同居させようと思って」
「……」
「あんたの考えてること、なんとなく分かる」
「俺が言ったこと忘れた? 三年前の」
「覚えてるよ」
『ウナギみたいにぬるぬると。よくもまぁそれだけかわせるもんだな』
「結構イラッときたから一字一句間違えずに覚えてるよ」
「罪悪感はないのか?」
「……無いよ。むしろ感謝してほしいね」
「言ったよな。三年前に。俺と二人でいるお前を見かけた従弟の眼は、猛烈に嫉妬していたって。気づいてたんだろ?」
「気づいてたよ」
「お前こそ中々良い感じに最低な性格をしてると思うぞ」
「自覚してる。でも、陽太の事は嫌いじゃない。弟みたいに可愛く思ってるし、助けてあげたいと思うんだよ。近場で一人暮らしするなら、一緒に住んだほうが経済的にお得だし」
「恋愛じゃなくて、親愛ならやめておけ。それに、いくら親戚だっつっても、異性なんだぞ?」
「分かってるよ。でも、学生にはしっかりとその勉強して欲しいから。お金の心配とかはさせたくない」
「……後悔してんのか?」
「学校辞めたこと? してないよ。勉強はその気になれば独学でもいける。学校を卒業した、と言うことは、学んだ事の証明になるだけだ。世間では必要な証明だけど、私には中身さえあれば良いから」
「一緒に住むなら、お前と従弟の関係がそのままって事には絶対にならねえぞ? お前の従弟、話を聞く限り直球過ぎて聞いてるほうが恥ずかしくなるくらいだし」
「あんたにも羞恥心があったんだ!?」
「おい、そこで驚くなよ」
「驚くでしょ。ほんとにびっくりだよ」
「お前、最初のへこみ具合はどこいったんだ……」
「結構ショックとかは大きいけど、考えたりするとそれに飲まれるから。つらい時こそ明るくいくんだよ」
「あーそーかい」
「うん」
「最後にもう一度忠告しとくぞ。お前はあんだけ従弟の事をかわしまくってたんだ。それこそこの俺が従弟を不憫に思うくらいにな。それなのに、そうやって自ら近づいていくなら」
「逃げられないって?」
「違う。逃げるなって事。お前に逃げる権利はないぞ」
「……」
「ま、俺は俺で楽しませてもらうから」
「見直しかけてたのに最後はやっぱり啓祐だな」
「思いっきり引っ掻きまわしてやるから。精々頑張るんだな」
「……励ましと思っていいのかな?」
「……じゃあな。俺は帰る」
「あそ、気をつけて」
「あ、最後に。前にお前の事ウナギって言ったけど、それよりタチ悪い。お前はタコみたいな奴だな。女を捨ててるだろう?」
「どーいう意味」
「ぬるりと手をすり抜けて、さらに墨まで吹きかけて行くタチの悪さ。恋愛ごとに遠ざかるのは女を捨ててるからだろう?」
「失礼な奴だな!! 捨ててない!」
「じゃな。今度こそほんとに帰る」
「ん、……ありがと」
「おう」
この一週間後、陽太と理紗の同居が始まった。
陽太の最初の三者面談の後から、啓祐による嫌がらせという名のちょっかいに悩まされることになる。
理紗は、高校を辞めた事は後悔していないけど、学ぶ事は好きなので、陽太にはしっかり勉強してほしいと思っています。
この頃は今よりも啓祐に対して親しみを感じていました。これ以降の嫌がらせでどんどんその好感度?は下がっていきますが。
意外と啓祐はしっかり者でした。
けれど、それを素で誰かに見せる事はほとんどないみたいです。
読み返しておかしなところとか、辻褄が合わないところがあったら修正します。