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06 君と俺の楽しい会合 前編 Side.鈴木


 太陽は傾き、そろそろ海の向こうへ沈む頃。窓からはオレンジ色の夕焼けが差し込み、やわらかい色で室内を彩る。

 場所はいつもの先生の家。ここはリビング。普段日の目を見ない淡いグリーンのカーペットは、いつの間にか茶色のしみを作っていたが、鈴木の努力によって美しい色を取り戻している。

 そのカーペットの上には、これまた普段は書類で覆われるテーブル。これも鈴木によってきれいに片付けられて、三つのティーカップが置かれている。

 そのテーブルには三人の人間が。一人は鈴木。後の二人は、鈴木を挟むようにして向かい合う一組の男女。男は心底人生楽しんでます! と言った表情で、女はお前は一度地獄に落ちろ! と言う表情でお互いを見つめていた。


(……担任に会うのは初めてだ)


 紅茶を飲みながら思う。見た目は温和で、いかにも女子生徒にモテそうな、そんな優男な風貌だ。あくまで見た目だけ。


「仮にも教師の癖して、あんたは他人の家にお邪魔する際の礼儀を知らんのか!?」

「俺を馬鹿にすんなよ。そんなの常識だろ?」

「やっほーい!! もうすぐ体育祭だぜー!! って言いながら、インターホンすら鳴らさないで、いきなり入ってくるのが常識か!?」

「だって鍵が開いてたから」


 そうなのだ。この担任、「やっほーい! もうすぐ体育祭だぜー!!」と言いながら、本当にいきなり家に飛び込んできた。鈴木は、その男の正気を疑った。一瞬にして殺される自分と、その男をぶちのめす先生を想像した。……その男が担任だったわけで。陽太君を心底不憫に思った事は黙っとこう。


「で、体育祭くんの?」

「行くわけないでしょ。高校の体育祭に保護者なんてほとんど来ないもんだし。面倒くさいし」


 出た、面倒くさい。

 最近、理紗の口癖と化している。まぁ、この担任のせいで陽太君の直球なアプローチは更に勢いを増し、時々変化球を投げるようになった。……不意打ちとか。


「体育祭って、いつ頃にあるんですか?」


 陽太君からは一言も聞いたことがない。たぶん、本人も先生が来ないことを分かっているのだと思う。それか、先生を呼びたくないか。まぁ、この担任にあまり会わせたくないのは頷ける。たとえ幼少期から付き合いがあったとしても。


「一週間後ですよ。初めまして、理紗の担当さん?」

「あ、初めまして。鈴木です」


 呼び捨てにするのは珍しいことじゃない。と思う。先生も彼を啓祐と呼んでいるし。ただ、二人の付き合いを知らない陽太君が少し可哀想にも思った。

 改めて、先生は陽太君の気持ちをどうするのか気になった。


「よろしくお願いします。僕は白水啓祐です。陽太君の担任をしています」


 そんな鈴木の心境とは裏腹に、白水さんとは和やかに自己紹介が進んだ。一人称が俺から僕に変わっていたのは、気安さの差なのだろう。


「鈴木……」

「はい?」


 しばらく考え込むようにしていた先生にいきなり呼ばれた。その声がものすごい不穏な空気を纏っていたように感じたのは気のせいだと思いたい。


「あんた、今日来たとき、鍵閉めた?」


 ……閉めなかったかも。

 いつもなら、先生がドアを開けた後そのまま室内に戻り、鈴木が鍵を閉めてその後に続く。だが今日は、両手にダンボールを抱えていた。中身は先生宛のファンレター。先生は出版社まで出向きたがらないから、時々親切心からこうやって先生まで届けている。……これが裏目に出た。単純に玄関に一度置けばよかったのかもしれないが、それをしなかった鈴木に非があるかもしれない。


「……閉めて、ません、ね?」

「だからこんな奴の侵入を許したんだ! 鈴木!」

「はい!」


 先生は、ティーカップに入った紅茶を一気に飲み干した。猫舌なのに大丈夫だろうか。

 そして、ダンッ、とテーブルに両手をつき立ち上がる。仁王立ちになり、鈴木をにらみ。


「戸締りはしっかりしろ!!」

「すいませんっ!」


 今まで黙っていたのは、ずっと白水さんが侵入できた理由を探していたのか。土下座する勢いで謝罪しながらふと思った。そして、仁王立ちになるくらい、この人の侵入が嫌だったのか、と。

 思ったけれど、それを口に出すことはしない。それくらいは空気を読める。白水さんが来た時点で、活動を開始した火山のようだったのだ。そして、原因が鈴木にあると分かり、今や噴火寸前。これ以上刺激したら、鈴木はマグマに溶かされるかもしれない。


「ココア入れて!」

「はい!」


 先生のティーカップを受け取って、たぶん先生よりも詳しくなっただろうキッチンへ向かった。

 この家にポットはないから、なべを出してお湯を沸かす。沸騰するのを待ちながら、リビングから聞こえる二人の会話を聞いた。


「で、結局本題は何なの?」

「え? だから、体育祭に来るのか? って」

「は? それだけ?」

「おぉ」

「……帰って」

「えぇ~」


 作ったような声音の「えぇ~」はきっと先生を苛立たせる。噴火数秒前ってところだろう。


「そのうち陽太が帰って来るでしょ!」

「え~?」

「だぁぁ!!! イラッとする!!!」


 心中お察ししますよ先生。……あ、お湯が沸いた。

 戸棚からココアの元を取り出す。ついでに冷蔵庫から牛乳も。


「イラッとついでに、俺ともう少し話そうぜ!」

「は……?」


 コップにココアの粉、お湯、牛乳を入れる。ちょっとぬるいけど、猫舌な先生にはちょうどいい具合。


「え、ちょっ……!? は、離せえええぇえっっ!!」


 よし、完成。後はリビングに運ぶだけ。


「あれ?」


 リビングには先生も白水さんもいなかった。

 テーブルには、飲み終わったティーカップが二つと、先生の資料だと思われる紙が一枚。


『スーパーまで買い物がてら、親睦を深めてきます。白水』


 でかい文字だ。先生の直筆の設定がその文字に埋もれている。これは、先生が戻る前に僕が書き写して、この紙は処分しよう。陽太君にばれる前に証拠は隠滅。

 それにしても。


「……なんでスーパー?」


 二人の会話、もう少ししっかり聞いておけばよかったかもしれない。



 ちなみに。

 帰ってきたのはのは陽太君よりも遅かった。

 そして何でか鍋の材料を買ってきていた。


(なんで鍋? 厚いのに)


 思っても口には出さなかった。


 ついでに言うと、次の日はせっかくの休みを返上して、なぜか先生と鍋をつつく羽目になる事をこの時の鈴木は知る由もなかった。



4/29現在修正中


視点が二つあったのを分けました。

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