01 三者面談間近 Side.悠
本編第一話です。よろしくお願いします。
「ってわけで、このプリントのとおりに三者面談を実施するから、保護者の方にちゃんと渡すように。はい、解散。……あ、それから立花―――……」
渡されたのは三者面談のプリント。そこそこ有名な進学校だけあって、生徒の進路に関してものすごく熱心な事は、一年の時から知っていた。
悠は、放課後のざわめく教室を見渡した。
2年生になってから、一ヵ月半。クラスが変わって、周りの連中も変わって。
まだ若干の緊張感は残るものの、だいぶ打ち解けてきた教室内。部活に行く者、帰る者。各々が活発に動くなか、悠はちらりと隣の席へ視線を向けた。
隣に座る男は、幼馴染の立花陽太。陽太は配られたのプリントを見つめていた。そして机に突っ伏した。
「……陽太、どーした? 帰んないのか?」
声をかけると、億劫そうに顔をあげる。
「……んー? ちょっと憂鬱なんだよなぁ」
「何が」
このえらく顔の整った友人は悠のことを恨みがましそうに睨んで、そのままずるずるとまた机に突っ伏した。おい、俺は何もしてないぞ。
「俺、理紗さんを三者面談に呼びたくないんだよなぁ……」
理紗さん。
陽太の同居人、というか保護者代理。小さい頃に遊んでもらった記憶がある。ここ数年はほとんど関わりはない。
「あぁ、あの可愛らしい顔したお前の従姉?」
「……」
悠の言動、というか間違いなく「可愛らしい顔」の表現が気に入らなかったのだろう。
陽太は嫌そうな顔を悠に向けて、また机に突っ伏した。
(鬱陶しいうえにわかりやすいやつだなぁ……)
その陽太の周りでは、じりじりと女子たちがこちらににじり寄ってくる。何がしたいのかはよくわかる。陽太が少しでも隙を見せようものなら、餌に群がる鯉のようにあっという間に集まってくるのだから。
陽太はその中性的で整った容姿もあってか、すごいモテる。が、女子とはちょっと距離を置いていた。普通に親しくはするが、一線を引いている、と本人が言っていた。曰く「だって、本命に誤解されるから」らしい。その本命は言わずもがな。十中八九。確かめたことは無いけれど、確実に理紗さんだろう。
陽太の前で、理紗さんを褒めるような事を言うと、ものすごく機嫌が悪くなる。彼女の魅力は自分だけが知ってればいいんだ! と言わんばかりに。
陽太は一度も自分の好きな人の話をした事は無いけれど、周りの女子はなんとなく感じているらしく、なんか抜け駆け禁止の協定みたいのが出来てるらしい。破って玉砕する奴も結構いるけど。
「ねぇ、立花君、どうしたの?」
女子の一人が悠に声をかける。その距離の異様な近さに、悠は飛び退きたくなった。実際にはしないけど。
それにしてもちょっと近い。女子は苦手だからあまり近づきたくない(陰険で恐いから)。
「俺もよく知らない。てゆーか、本人に聞けば?」
「だってぇ……」
とかいいながら、バサバサまつげと極太アイラインの目がバチバチと音がしそうなほど瞬いてる。うわぁ……気持ち悪い。俺にそんなことしたって、なんの特にもなんないぞ。
「陽太、元気ないねぇ。どうしたの?」
あっちでは抜け駆け女子が陽太に色目(?)を使いつつ、言い寄っている。
「ほっといて。俺今ほんとに機嫌悪いから」
そっけない声を出し、腕で顔を隠した。
抜け駆け女子は、すっごい残念そうな顔しておとなしく離れてく。隣の女子は、いまだに悠を見上げてる。おい、お前もどっか行けよ。
悠の心の悲壮な叫びが聞こえたのか、急に陽太が顔を上げてこちらを見た。
「悠」
「おぁ?」
「ちょっと一緒に来いよ」
「おー。……というわけだから」
横の女子は不満そうな顔をしたけど文句は言わずに離れていく。これ幸い、とばかりに陽太を追いかけた。
*****
着いた場所は屋上。いつ施錠されてしまうかドキドキするが、たぶん部活がやってる時間くらいまでなら空いてるはずだ。
「で、なんで呼びたくないんだよ」
すごく知りたいわけでもなかったが、陽太が聞いてほしそうだったので口に出した。すると、待ってましたとばかりにしゃべりだす。
「担任の啓ちゃん、去年も俺のクラスの担任だったんだよ」
「で?」
「その時の三者面談、理紗さんが来てくれたんだけどさ、……啓ちゃんが」
「啓ちゃんが?」
「元々、理紗さんの小説のファンだったのは知ってたんだけど、俺の従姉だって知らなくて」
なんだか展開が読めてきた。
「で、理紗さんってすげー可愛いだろ? 童顔で目がでっかくて、背は小さくてさ、なんか守ってあげたくなる感じがするじゃん?」
「お、おぉ……」
なんだろう、ちょっと引く。陽太、そのゆるみきった表情を何とかしてくれ。
「その魅力に啓ちゃんがやられちゃってさぁ……。啓ちゃんと雑談してると、時々理紗さんの名前出してきたりしてるし、狙ってるみたいなんだよ!」
どーしよーっっ!! と頭を抱えてしゃがみこんだ陽太は、いつも女子にキャーキャー騒がれてる男と同一人物とは思えないほど、落ち着きがない上に気持ち悪い。恋をするとこんなにも変わるものなのか。
「理紗さん、啓ちゃんには結構ガードが甘いからなぁ……」
「……お前、理紗さんが好きなのか?」
「あれ? 言ってなかったか? 俺、理紗さんに恋愛感情があるよ。もう5年くらい前から」
「なんとなくわかってたけど……相手は血縁者だぞ?」
悠が言った言葉に、秀太は意味深な笑みを見せた。
「従姉だから結婚できるよ。しかも言っちゃえば、俺と理紗さん、血、繋がってないし」
「は!?」
問題はないのは確かだけど。まさかの展開だ。
従姉だけど、血は繋がってない。なぜ。
(って、てゆうか、結婚まで行く気だったんだ!?)
悠はあんぐりと口をあけたまま、楽しそうな様子の陽太を凝視した。
「母さんはばーちゃんの連れ子で、理紗さんの伯母さんはじーちゃんの連れ子。ってゆーわけで、問題ない!」
でれっとした顔でうれしそうに騒ぐ陽太が、理紗さんのことを考えてるのは明らかだ。……こうゆう顔をクラスの女子が見たら、たぶん一瞬で幻想は崩れ去るんではなかろうか。
「……問題はあるだろ?」
「そうだった、理紗さんの気持ちだ」
それもそうだけど、さっきまで散々騒いでいた啓ちゃんの存在はもういいのか。
呆れた顔をしているだろう悠を完全無視で、陽太はものすごいへこんでる。ほら、あれ。よく漫画で頭に1tって書かれたトンカチみたいなのが頭に落っこちてきたみたいな。あれぐらいショックを受けた顔、って言えば、たぶん想像がつくだろう。
「聞いてくれよ! 理紗さんって、めちゃくちゃ頭が良いんだよ。高校は中退したみたいだけど、通ってたのって、ここらで一番頭が良い、私立の進学校だったって母さんが言ってたんだよ。それに結局大検取ったみたいだしー……」
こいつ、話を聴く気がない。
そもそもその話が何に関係しているのかすらわからない。
「で、たぶん俺の気持ちに気づいてんだよ。けど、それを気づかない振りしてるんじゃないかって最近思うんだよ」
「あぁ、理紗さんって感がめちゃくちゃ鋭そう」
「鋭いよ。何かちょっとでも疚しい事があると、すぐ突っ込まれる」
それはすごい。
「気づかない振りをしてるって事を俺が知らなかったから。ってゆうか、俺も気持ちを隠して、小出しにしながら、さりげなく愛情を示してるのにうまく流されるし、単に鈍いんだと思ってたんだよなぁ……」
「お前、踊らされてるな」
「うるさいな。わかってるよ」
屋上のフェンスにもたれて、アンニュイな雰囲気を漂わせる陽太。元々、ちょっと西洋人っぽい顔立ちのせいか、その雰囲気がすごく似合う。女子が騒ぐのも納得できるくらい。
のんびりと話し込んでいたが、悠はそろそろ帰りたくなってきた。だが、秀太が動く気配は無い。どうしたもんか。
そんなことを考えていたら、階段あがってくる足音が聞こえた。
もしや鍵が閉まるのか? と二人して扉を見る。
「立花、お前、放課後に職員室来いって言っただろう」
その扉をあけて入ってきたのは啓ちゃんだった。
「今それどころじゃないんだよ、啓ちゃん」
「教師をちゃん付けで呼ぶんじゃない。僕の教師としての威厳が……」
「今更威厳とかいったって、そんなもの感じて無かったから」
「うわ、ちょ、立花。お前、教師に対してすごい態度だな」
こちらへ近づきながら、啓ちゃん、もとい白水啓祐先生は困ったように笑った。
「啓ちゃーん、陽太に何の用だったんすかー?」
「お前もか、磯谷。先生はちょっと悲しいぞ」
「はいはい、早く本題」
「あぁ、立花、お前にこれを渡そうと思ってさ。……はい、お前宛の下駄箱からあふれ出たプレゼントらしきものの数々」
「「は?」」
啓ちゃんの手には、そこそこの大きさの紙袋に詰まったプレゼント包装されたブツたちが。
え、何これ?
悠は首をかしげた。そして、プレゼントの送り先になっているらしい陽太を見る。
陽太は、心当たりがあるのか微妙な顔でそれを見ていた。受け取る気配は全くない。……受け取りたくないと全身が言っている。
「お前、先々週誕生日だったんだろう? その日の下駄箱はホントすごかった。お前の机も、ロッカーも。これじゃぁお前が授業できないし、女子は学校の備品を壊してでも詰め込む気満々で、下駄箱とロッカーの蓋が悲鳴を上げてたよ」
想像できてしまう自分がいやだ。
鬼のような形相で、互いを押しのけながらパンパンのロッカーに自分のプレゼントを詰め込む様子。まさに地獄絵図。
そもそも、そんなのって漫画の中だけの世界だと思ってた。それも誕生日じゃなくてバレンタイン。どんだけモテるんだ、陽太。
「とりあえず、特にひどい言い争いしてた女子数人に厳重注意と、入りきってなかったプレゼントは没収したんだけど、持ち主取りに来ないし、もう2週間たったから、とりあえずお前に渡すよ」
差し出された紙袋を本当にしぶしぶといった様子で受け取った陽太は、今までで一番面白い顔をしていた。
「どうでもいいけど立花、お前って本っ当にモテるんだな」
「あんまりうれしくないけど」
「今の顔を女子に見せたら一瞬で冷めるんじゃないのか?」
「……それなら今の顔をさらしてもいいくらいだよ。……理紗さんには見せれないけど」
なんでか、3人とも一気に疲れた。メンタル面が。完全に2週間前の女子の執念のブツたちに精気を吸い取られた。
「俺、ほんとに帰りたい」
ぼそりと呟いた言葉は、誰の耳にも止まることなく空気に溶けた。あぁ、むなしい。
「立花、お前、面談には従姉が来るのか?」
「……理紗さんの話題を出すのはやめろよ。誰だっていいだろう」
「別にいいけど、去年の面談と同じ方のほうがお話がわかりやすいとかあるだろう?」
始まった。第二次理紗さん争奪戦の前哨戦だ。ちなみに第一次は、去年の三者面談の後。あれは今とは比べ物にならないほどのすごさだった。
(俺は帰る。誰がなんと言おうと帰るぞ)
固い決意を胸に、悠はそろりそろりと扉へ向かう。
「だいだい、理紗さんに色目を使うのはやめてくださいよ。俺の従姉なんですよ」
「従姉だからといってお前がそれを言う権利はないんじゃないのかな?」
「……俺、帰るからなー」
言い争いをしている二人を残して、先に屋上を出た。とばっちりだけはごめんである。
(もう手に負えねぇよ。勝手にやってくれ)
今からこんな争いしてたら、面談当日は冷戦確実じゃないか。今日よりもっと殺伐とするぞ、あれ。
つらつらと考えながら、下駄箱に向かう。その途中で、教室で陽太に言い寄ってた女子に呼び止められた。谷だった。
「ねぇ、磯谷くん、陽太はどこか知ってる?」
一瞬、言わないで置こうかと思った。けれど、あの陽太を見れば百年の恋も冷めそうだ。
一応理紗さんとの恋を観察……じゃなくて応援している身としては、おせっかいを焼いておこう。
「あぁ、屋上にいた。今からいけば会えんじゃね?」
「ありがとう!」
たぶん、失恋もしくは恋が冷めるけどな。
聞こえないようにつぶやいて、のんびりと校舎を後にした。
*****
後日、ますます陽太の人気が高まったことを本人の疲れた様子から知った。
なんでも、谷の話では、真剣に先生と言い争いをする陽太の目はすごく真剣で、普段とは違った男っぽい魅力にあふれてた、らしい。
真剣な目……って。言い争いの中身なんて、高校生といい大人がするようなものじゃないと思う。
谷には、中身が聞こえなくて良かったね、とだけ言っておいた。谷は不思議そうな顔をしていた。
とりあえず。……ごめん、陽太。
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