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15 思い出と今、後悔と優しさ Side.啓祐


 それは、とても幼く見える姿だった。

 その小さな身体が、楽しそうに道場へやってきて、無邪気になついてくる。

 妹のような少女。井上理紗。

 可愛らしい少女だった。

 嫌いになんかなる訳が無かった。

 楽しそうに笑い、楽しそうに空手をやって。

 ひよこのように後ろをついて回る。

 可愛らしい少女だった。

 妹のように可愛らしくて、好感しか持てなかった。


『あの子、可愛いなぁ。ずいぶんお前になついてる』


 そう言って、微笑ましそうに理紗を見ていたのは、剣道道場の息子だった。

 それに啓祐はたいした返事はしなかったけれど、内心では同意していた。

 いつからだったのか。

 今はもう覚えていない。

 理紗は忘れてしまったけれど、昔の二人の関係は、もっと穏やかで温かさに満ちていた。

 理紗は素直で、啓にいちゃんと言ってなついていたし。啓祐は理紗に優しくて、変なちょっかいを出して怒らせることも無かった。

 そんな関係は、もう戻ってはこないだろう。

 いつから変わってしまったのか。

 きっかけは、思春期の子供にありがちなからかいだったと思う。


『啓祐ってばロリコーンっっ』

『あんな小学生が好きなのかよー』

『モテる男はつらいですねぇぇ』


 たった四歳しか違わない。

 けれど、小学生と中学生、その響きが四の年齢差を十にも二十にも離しているように思えるのだ。

 こういったからかいはどこでもあることだと思う。

 今だったら軽く受け流せる程度のものでも、思春期な子供たちにとっては見過ごすことのできないほどの羞恥や抵抗を与える。

 それは啓祐も例外ではなかった。

 ほとんどの生徒が帰宅した後の道場。

 その場にいるのは啓祐を含めた数人の男子。

 けれど、啓祐は知っていた。

 道場の外で、啓祐を待っている人がいることを。

 いつも稽古が終わった後で、少しの間遊んであげる啓祐を待っている理紗。

 その時間をとても楽しみにしていることを知っていた。


『好きじゃねえよ』

『へえ? 信じられねー』


 ケタケタと楽しそうに笑う同級生。


『あんなガキ、好きじゃない。むしろ本当は顔も見たくないほどだ。だけど、うちの道場の生徒だし、ガキだから優しくしてやんねぇといけないし。仕方なくやってるだけ。なんだったらお前らに代わってやるよ。ほんっとうに面倒くさいんだよなぁ。あんなののお守りするの』


 一気に、だけどムキになっているとは思われないように気をつけた。

 先程まで楽しそうにしていた同級生は、その言葉に少したじろいだようだった。


『お、前、何もそこまで言……』


 一人が全てを言い切る前に、道場の外からがたん、と言う音と、走り去る足音が聞こえた。


『え!?』


 別の同級生がびっくりしたように外へ飛び出して、しばらくした後、青ざめたような顔をして戻ってきた。

 走り去る理紗を見たのだろう。

 それか、泣いている表情まで見たのかもしれない。


『お前、なんてこと言ってんだよ!! かわいそうだろう!? あの子、泣きながら帰ってったぞ!』

『え!?』

『いたの!?』


 青ざめた同級生の発言に、残りの二人がそろって声を上げた。

 そして、気まずげな表情に変わり、その矛先を啓祐に向けたのだ。


『信じられねー! 大人げねえよ』

『もっと言い様があっただろ』

『あの子、可哀想だろ』


 大人げが無いのはお前たちだろう。

 あれだけ理紗を、啓祐をからかいの対象にして楽しみながら、分が悪くなるとその責任を全てこちらへとまわすのだから。

 理紗を泣かせたのは俺だけじゃない。お前らだって同罪だ。

 相変わらず、三人は啓祐を責めることで自分達は悪くない、と主張するかの様に声を上げていた。

 それを聞きたくなくて、啓祐はそいつらを置いて、一人自宅へと戻った。


(泣いたのか、理紗……)


 間接的な原因はあの三人にあったとしても、直接的な原因は、ほかでもない啓祐自身だ。

 あいつらが言うように、もっと言い方があったのだろう。

 後悔は、いつも後になってから。だから後から悔やむ、と書くのだ。

 そして、後悔してからではすでに遅い。

 理紗は啓祐を避け始めた。



*****



「啓ちゃん、ちょっとどうすんだよー」


 悠が嘆く横で、担当氏が走り去った後の校門を眺めた。

 理紗が逃げ出し、それを追いかけていった陽太。

 啓祐は逃げ出した理紗を追いかけたりはしなかった。

 あの頃の理紗を思い出す。

 今よりも活動的で、素直で、啓にいちゃん、と慕ってくれた理紗。

 あの関係が壊れたことを理紗以上に悔やんでいる。その後悔は今だって胸の中で存在している。

 避けるようになった理紗に、嫌がらせのように近づいたのは。

 無理やりちょっかいを出して、泣かせるまで構ったのは。

 全部、啓祐が望んだから。

 離れていかないで欲しくて、慕って欲しくて。

 啓にいちゃん、と呼んで欲しくて。


「あ。陽太」


 確かに陽太だった。

 理紗を追いかけたはずなのに、校門をくぐり、学校へと戻ってきた。

 その顔は、沈んでいると言うよりは、必死で怒りに近いものを抑えているようだった。

 その動きも、必死で暴走してしまいそうな衝動と戦っているようで。


(あぁ、何か失敗したか、拒絶されたか)


 陽太ほどではないが、その気持ちには啓祐も覚えがある。


「よし、俺は見回りに戻るから。陽太をよろしくな! 悠」


 逃げるが勝ち、とばかりに悠を置き去りにして校舎へ戻った。

 背中からは悠の罵声、が悲鳴に変わり、ストレスをぶつけているらしい陽太の声。


(理紗は優しいんだよ)


 以前のようにはなれなくても。

 啓にいちゃんとは呼ばれなくても。

 あれだけの事を言った後、嫌がるのを無理やりかまっても。

 それでも今、関わることを許されるのは。紛れもなく理紗の優しさだ。

 後悔して、それでも二人の関係を諦めなくてよかった。

 陽太も、きっと諦めないだろう。


(諦めないなら、大丈夫だ)


 校舎の中に入る前、もう一度だけ陽太を見つめた。その姿に、少しだけ昔の自分を重ねてみたけれど、昔の自分は陽太とは似つかず、ちぐはぐな印象を受けるだけ。


(お前の幸せは、きっと陽太の隣だよ)


 珍しく、心の底から理紗の幸せを願った。


5/17 修正

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