13 文化祭マジック? 後編 Side.鈴木
「大変だ! 陽太が倒れた!!」
いきなり目の前に現れた白水さんは、開口一番そういった。白水さんの背後で、こちらへ向かって走ってきているらしい男子生徒が驚愕の表情で足を止めた。もしかしなくても、陽太君の友人だろう。
陽太が倒れた
唐突過ぎるその言葉は、けれど十分な衝撃を持って鼓膜を直撃した。
白水さんを見つけた時に思い切り顔をしかめていた先生も、びっくりした顔をしている。それがみるみるうちに強張り、血の気が引いていく。
「倒れ……」
「倒れたって具体的にどういうことですか?」
たぶん冷静になれないだろう先生の変わりに鈴木が訪ねた。白水さんは、顔色を変えていく先生に固定していた視線を鈴木に移す。
「詳しくは分かりません。見回りの途中で聞いたものですから。けれど、とりあえず保健室に運ばれました」
「救急車などは?」
「今は保健医が見ています。必要があれば呼ぶことになります」
「そ……」
「……こ」
鈴木の言葉を遮るように、小さな声が届いた。先生を見ると、睨むように白水さんを見ながら、もう一度言った。
「保健室はどこ」
その静かながらも、滲み出る様な何かを含む声に、白水さんはたじろぎそうになりながら答える。
「すぐそこの階段を上がったところにある昇降口へ入って、すぐ廊下を右に行くと、職員室とその奥の空き教室のと」
先生は、白水さんの答えを最後まで聞くことは無く、そのまま保健室へ向かって走っていった。
鈴木もあとを追おうとして、白水さんはどうするのかと彼を見る。
白水さんは先生を見ていた。
その表情は真剣かつ、深刻そうだ。けれど、その眼だけは。
とても楽しそうに輝いている。
鈴木は、足を止めた。
白水さんはそんな鈴木を見ると、「行かないんですか?」と不思議そうに聞いた。
「一体、何を企んでいるんですか?」
鈴木は駆け引きが上手くない。だから、そのまま直球で聞いた。
白水さんは、面白そうに眉を寄せて笑った。
「別に何も? どうしてそう思うんですか?」
「これでも一番年長なので、他者の感情の機微にはそこそこ敏感なんですよ」
白水さんは目を丸くして、こちらをまじまじと見てくる。
「へえ、年上? 失礼ですが、おいくつですか?」
「二十九ですよ。もうすぐ三十になります」
「うっわ、見えない! すっごい童顔ですねえ。年下か、いってても同い年だと思ってましたよ」
一応、陽太君が大変な状況だということになっている。それにしては、ずいぶんと話が脱線した。鈴木は軌道修正を図ることにして、改めて同じ問いを口にした。
「で、何を企んでるんですか?」
「なに、ちょっとしたお節介って奴ですよ」
「私としては、そのちょっとした、の部分が知りたいんですよね。話に聞く限り、貴方のちょっとはちょっとじゃなさそうです」
「今日はずいぶんと強気ですね? ヘタレなのは、理沙の前限定ですか?」
なぜここでヘタレなどを出してくる。……いや、理由は分かっている。話をはぐらかそうとしているのだ。その証拠に、白水さんはニヤニヤと笑っている。まるで、話す気はない、とでも言うように。
「まあ、なんとなく分かりますけどね。貴方はあの二人を引っ掻きまわしながらも、仲を取り持とうとしているみたいですから」
実際に見たわけではないし、確証があるわけでもない。だが、陽太君や先生から聞いた白水さんの話から、そういう印象を得た。
「流石年長者。よく見てますね」
白水さんは笑った。それは、自嘲するような笑いだった。
そしてぽつりと。
まるで独り言のように。
呟くように。
言った。
*****
白水さんとのやり取りのあとすぐ。先生は、保健室から脱兎の如く、という表現がぴったりな様子で戻ってきた。そして、わざわざ先生を待っていた鈴木にも気付かない様子で横を通り過ぎ、そのまま学校を逃げるように去っていった。
一体何があったのか。
一瞬見た先生の顔は、少し赤くて、その表情は憤慨したような、憤死しそうな、奇妙なものだった。
呆然と見送ることしかできなかった鈴木の横で、白水さんは体を震わせている。時々、噛み殺しきれなかった笑い声が漏れてくる。
そう、白水さんは律儀にも鈴木に付き合っていた。見回りの途中だと言っていたが、それはいいのだろうか。聞こうとして、白水さんの背後に気付く。
最初の発言で、凍ったように足を止めていたあの男子生徒が復活したらしく、猪が突進するような、先程とは比べ物にならないスピードで走り寄り。
「啓ちゃんの馬鹿!! マジでなにしてくれちゃってんだよぉぉぉぉぉぉ!!!」
大絶叫とともに、背後から白水さんの後頭部をあらん限りの力(だろう。すごい音がした)でシバキ倒した。
「お、前、教師の頭に何してんだ!?」
完全に不意を衝かれたらしい白水さんは、転びこそしなかったが思いっきり上体が前かがみになった。
「叩いたんだよ! 本っ当に余計なことを!!! 陽太のストレスのはけ口になるの、俺なんだぞ!? まじでありえねー!!!」
わめき散らす男子生徒。どうやらよっぽどそのストレスの代償が嫌らしい。
それにしても、保健室で何があったのか、この二人は大体把握しているらしい。
それを聞こうとしたときに、白水さんに先手を打たれた。
「理紗をほっといていいんですか? 大丈夫ですよ。僕の計画は完璧に近いですから」
完璧に近いですから。
完璧だと言い切らないところにこの男の狡賢さを感じる。
それでもその言葉を信じられるのは、先程つぶやいた言葉のせいだろう。
鈴木は何も聞かずに、先生を追いかける事にした。
頭では、あの言葉の意味を考えていた。
『理沙が恋愛を避ける原因は俺にあるから……』
5/17 修正