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12 文化祭マジック? 中編 Side.悠



 陽太がけがをした。

 なんでもない小さな切り傷だったが、神経質になった文化祭実行委員に「お願いだから保健室に行ってくれ!」と懇願されて、しぶしぶ持ち場を離れた。

 とりあえず、その怪我の原因はあの異様に高いテンションだと思う。

 文化祭の一週間くらい前から、陽太はおかしかった。今日はその最高潮だったといっても過言ではないくらい。同時に何かをしきりに心配していたけれど。その異様な様子に、一体何があったのか気になったけれど聞けないでいた。

 悠のクラスはタコ焼きを売る食販だ。食販は衛生に関する事が厳しくて、生徒会役員や文化祭実行委員をしているクラスメイトがピリピリしながら調理担当に接していたのは記憶に新しい。

 悠はごみを運びながら、ぼんやりと陽太を心配した。心配するほどの怪我でもないが。


「磯谷君」


 背後から声をかけられて、振り向けば。

 いつぞやの誕生日プレゼントに関する屋上での一幕(第二次理紗さん争奪戦争)を目撃した、谷だ。


「谷? 何の用だ?」

「ねえ、陽太、さっき持ち場を離れてたけど、どこに行ったの?」

「あぁ、なんか、指切ったから保健室」

「そっかぁ、心配だねぇ」

「大した傷じゃないし。そんな心配しないでも平気じゃん?」

「ふーん」

「お前も持ち場に戻れよ」


 谷が何を考えているのかはなんとなく分かる。

 分かるから、釘を刺すように言ったのに、谷にその意図が通じた様子はない。


「……やっぱり心配だから様子見に行ってくるよ!」


 そして、まるで悠に言い訳をするかの様に宣言して、保健室の方へ走り去った。


「……心配いらないって言ったつもりだったけど」


 嬉々とした谷の様子を思い出しながら、呆気にとられたように走り去る姿を見送った。

 たぶん、告白なんかするんじゃないだろうか。谷が陽太に好意を持っている事は悠も知っているし、陽太も気付いている。

 文化祭マジックとでもいうのだろうか。

 この時期(文化祭準備期間から文化祭まで)は異様にカップル成立率が高い。それに比例して、告白合戦が繰り広げられる。文化祭、という祭りの雰囲気に呑まれるのか何なのか。悠には決して理解できない出来事だが、事実ではある。

 きっと、谷もそれにあやかるつもりだろう。


(絶対無理だと思うけど)


 いくら文化祭マジックだと言ったって、ある程度お互いに好意がないと成立しないはずだ。文化祭は、単純に雰囲気を盛り上げる要素に過ぎないと思う。

 明らかに一方通行な谷の恋は、99.9%実らない。残りの0.1%は、陽太が理紗さんをあきらめるか、自暴自棄になるか。とにかくイレギュラーな事態というやつが起こらない限り、無理だろう。

 無駄な悪あがき。

 不毛な恋。

 思い浮かぶのはそんな言葉。

 けれど、これは陽太自身にも当てはまるのかもしれない。

 ごみを片手にそんなことを考えつつ、ゴミ捨て場を目指す。

 外来がいっぱいいる上に、ごみの量も半端じゃなくて。おまけに普段とは違う場所にごみをまとめるように指示が出されている。その場所がまたえらい遠い。

 近道をしようと中庭に入ろうとしたとき、後ろから声をかけられた。

 その声を聴いた瞬間、逃げたくなったのはしょうがないと思う。

 声の主は啓ちゃんだった。


「あ、啓ちゃん」


 自分の反応をごまかすように、返事をする。


「よう。今の、なんだ?」


 今の、と言うのは谷とのやり取りだろう。てっきり陽太の事を聞かれるとばかり思っていた悠は、思わぬ問いに敏感に反応した。

 脅迫に近い形で、啓ちゃんの共犯者となっている悠。啓ちゃんの計画は知っている。知っているが、これはあまり話したくない。

 話してしまえば谷の想いは計画に利用されることはわかる。分かるから、谷が可哀想だと思う。というか、教師がこんなんでいいのか。


「え、えーっと……」


 ごまかそうとしたけど、言葉が出ない。

 悠の目の前では啓ちゃんが女子に人気の笑顔でこちらを見てる。


(恐っ!!!)


 啓ちゃんが何で女子にモテるのか分からない。どこが爽やかで優しい笑みなんだ! どっからどう見ても悪魔の微笑みじゃないか!!


「……陽太の行き先を知りたいって」

「ふうん……。陽太は保健室だろ?」


 ふうん、と言う返事に、よからぬ気配を感じる。ついでに何で陽太の行き先を知ってるのかは分からないが、たぶんどこかで見ていたのだろう。

 下手にごまかさないで頷いた。


「悠」


 名前を呼ばれる。前は苗字で呼ばれていたのに、気付けば下の名前で呼ばれるようになった。たぶん、啓ちゃんの本性を知って、逃れられず共犯者になったからか。


「な、何?」


 しかし改まって、あの悪魔の微笑みで呼ばれると悪い予感しかしない。


「いや? 素直な生徒で先生は嬉しいよ」


 思いっきり顔が引きつった。何だ急に。本性を知る前ならそのままの意味で受け取って、啓ちゃんを茶化したりもしたけれど。本性を知った今ではむしろ背筋が凍る。


(く、黒い黒い黒い!! 笑顔が黒い! ついでに恐い!!!)


 最後に悪魔の微笑みよりも本性むき出しなにやり笑いを残して、啓ちゃんは去っていった。

 でも向かう方向は陽太のところではない。どこに行くのか知らないが、とりあえず嫌な予感しかしないのはあの笑顔のせいだ。

 手にはごみ。向かっていたのはごみ捨て場。だけど、啓ちゃんを追いかけるのが先決な気がする。

 ごみは後で捨てに行くことを誓って、中庭に置き去りにして啓ちゃんを追いかけることにする。


 啓ちゃんはすぐに見つかった。

 屋外にある出店の列から少し外れたところで、理紗さんと知らない男性、そして啓ちゃんが話している。理紗さんはすっごい嫌そうな顔をしていて、普段の啓ちゃんならそれを面白そうに見ている。だが、今はすごい深刻そうな顔で、知らない男性と理紗さんは、それを見て表情を改めてた。


「理紗さん、来てたのか。啓ちゃんは何をする気なんだ?」


 理紗さんの存在で、ここ数日の陽太の異様な様子に説明がつくが、この状況はどう見ても悠には喜ばしくない。

 とりあえず、俺にとばっちりが起こりそうな事はやめてくれ。

 三人の元へと向かいながら、真剣に思った。

 そんな切実な願いは、次に聞こえた声にあっさりと砕けた。


「大変だ! 陽太が倒れた!!」



5/17 修正

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