11 文化祭マジック? 前編 Side.啓祐
文化祭当日。
理紗と担当氏がやってくるのを啓祐は職員室からじっと見ていた。
時間は、啓祐の予想よりもやや早く現在午前十一時四十五分。
「……来たな」
今日の啓祐は午前中こそ仕事があったが、午後は多少なりとも自由時間がある。この時間を他の教師たちなら出店などを回って文化祭を満喫するが、啓祐は違った。
啓祐の脳内では、文化祭に便乗して二人の仲を取り持ってやろうという、理紗が知ったら不信感を丸出しにしそうな計画が進行中だった。
……残念ながら計画者がアレな人物であるため、どれほどマトモなものになるかは、啓祐自身ですらわかりかねた。
共犯者は担当氏と磯谷悠。悠は強制参加で、にっこりと爽やか(と思っているのは啓祐だけ)な笑顔でお願いしたら、引きつった顔で了承した。悠は内心で陽太を呪ったが、その呪いが届く事はなかった。
担当氏に関しては、そもそも共犯者だと啓祐が勝手に思っているだけで、この計画の事すら知らない。何も知らされないままの彼は、恐らく一番の被害者となるだろう。
この後の事を想像して、思わず顔がにやける。幸い、職員室にいるのは数人で、啓祐の席は一番人目に付きにくい端にある。何かを企んでいるかのような不気味なにやけ笑いは誰の目にもとまらなかった。
一方その頃、強制的に共犯者とされた悠は、大した説明もされぬまま当日を迎えてしまい、陽太の隣で戦々恐々としていたし、何も知らない担当氏に至っては純粋に文化祭を楽しみに(何せ、こういった催し物に出かけるのは大学時代以来だ)しながら、理紗の創作意欲を刺激しそうなものを探しているわけだが、もちろんそんな彼らを思いやるほど、啓祐は優しくなかった。むしろ、悠が内心でびくびくしていることを知れば笑い飛ばすだろう。
「白水先生」
名前を呼ばれて視線を上げれば、年の近い音楽教諭がニコニコとたこ焼きを差し出してくる。
「よかったらどうぞ。さっき生徒が配り歩いてて」
「あ、ありがとうございます」
にこやかに受け取って、デスクに置く。音楽教諭はニコニコとこちらを見て、離れる気配が無い。
ちらりと彼女を見れば、ばっちりと目が合って。思わずへらりと微笑めば、それ以上の微笑を返してくる。
一体何なんだ。
いや、言われなくても分かる。この音楽教諭は、啓祐が赴任してきた当初からこんな感じだったし、最近は更に気安く声をかけてくるようになった。
つまり、啓祐に興味があるのだ。どのような種類の興味かは考えることを放棄している。放棄しなくても分かるが、考えたくなかった。
そして思ったことは、理紗もこういう面倒くささを抱えているのか、と言うこと。それも、今の啓祐よりも状況は複雑だ。
「……あの、何か?」
「いいえぇ? 何でもありませんよ?」
意味深な笑みを残して、足取り軽く自身のデスクへ戻っていく。今日の職員室待機、もとい電話番はあの音楽教諭もだった。と言うことは。
「江田先生、そろそろ交代ですか?」
啓祐と一緒に電話番をしていた小林先生が声をかける。それに江田先生は「はい。もうそろそろ他の先生も、見回りの先生も戻ってくると思います」と答え、自分の分のたこ焼き(しっかり二人分買っていたらしい)を食べだした。
そのうちに他の先生達も戻り、啓祐は小林先生とともに見回りを兼ねた休憩に入ることになった。
「そういえば」
「はい?」
人気のない廊下。横を歩く小林先生が声をあげたので反射的に返事をする。
「剣道部、ありがとう。今でも顔を出してるんだろう?」
最初に打診されたのは確か五月あたり。かれこれ半年近く、啓祐は時々だが剣道部に顔を出し続けている。
「久しぶりで……楽しいですから」
事実だった。
そう答えた啓祐に小林先生は笑い「それはよかった」と言って先を歩く。
なんとなく気恥ずかしくなり、視線を窓へと逸らした。
「……お?」
陽太が一人、保健室へ向かって歩いている。左手をタオルで包みながら。
どうやら怪我をしたらしい。
「ふぅん……。……小林先生! 生徒が怪我をしているみたいなので様子を見てきます」
おう、という返事を背中で聞きながら、啓祐は陽太ではなく、悠のもとへと向かった。
悠はすぐに見つかった。ゴミを持って歩いている。その後ろから一人の女子生徒(啓祐のクラスの生徒だ)が走り寄り、何かを話した後、その女子生徒はまた走り去った。
女子生徒を見送り、再び歩き出した悠に声をかける。
「あ、啓ちゃん」
「よう。今の、なんだ?」
何気なく聞いただけだった。けれど、目に見えて気まずそうにする悠に、ものすごい好奇心を刺激される。
ごまかそうとする悠に、にっこりと笑ってやれば。
悠はう、と詰まって。
「……陽太の行き先を知りたいって」
「ふうん……。陽太は保健室だろ?」
渋々といった様子で頷く悠に、啓祐は笑った。
啓祐の予定よりも、事態は面白い方向に進んでいるようだ。
「悠」
「な、何?」
「いや? 素直な生徒で先生は嬉しいよ」
思いっきり頬をひきつらせた悠を置き去りにして、啓祐は歩き出した。
(あとは理紗を見つけるだけ)
5/14 修正