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10 次回作と文化祭 Side.鈴木


 夏休みが終わってから二週間以上が経過した。その間に陽太君は再び規則正しい生活に戻り、先生は連載していた話をひとつ完結させた。

 鈴木は夏休み前と変わらず、先生の担当。あの鍋以来、白水さんの事が話題に出ない。先生が意図的に避けている事はわかっていたけど中途半端に関わってしまったため、どうしても気になる。……気になるけれど、自分からは言い出せない。それは鈴木の性格だけではなく、先生が聞かれる事を拒否しているのがなんとなく伝わるから。

 今、この家のリビングにいるのは二人だけ。平日の昼すぎで陽太君は部活があるのだから、当り前といえば当たり前だが。


「先生、どうですか?」


 アイスティーを出しながら、パソコンを前に悶絶している先生に声をかけた。

 連載がひとつ減って、もうひとつも完結間近。少しずつ、次回作について打ち合わせをしていた。

 今までの作品は小学生や社会人、老人や夫婦の話、とバラエティに富んでいたけれど不思議と中学生や高校生が主要人物になるような話は発表された事が無かった。身近にいい資料となりうる高校生がいるというのに。だから、今回は高校を舞台としたものをお願いした。その途端、そこで詰まってしまって、いいアイディアが出てこないらしい。


「お前が高校を舞台にしろとかいうから。おかげで全然進まない」

「陽太君という現役高校生がい」

「教師をメインに」

「ぜひ高校生で!」


 そう言った鈴木に、先生は不満だらけの視線を送った後、アイスティーに口をつけた。

 夏休みが明けても、まだ九月。十分に夏らしい天気で、クーラーをつけず、窓をあけただけのこの部屋ではじっとりと汗がにじむ。

 鈴木はネクタイを緩めながら、アイスティーを飲む先生へと視線を向ける。

 今まで高校生や中学生の話を書かなくて、今、それで悩んでいる理由は間違いなく陽太君だと思う。モデルとして、彼を観察したくないのだ。本当に書きたくないのなら、何が何でも拒否すればいい。そうすれば、鈴木も無理強いをしようとは思わない。執筆するのは鈴木ではないのだから。それをわかっているはずなのにそうしないのは、それだけの理由があるのかもしれない。

 夏休みに入ってから……正確には、エッセイの執筆をお願いしてから。先生は明らかに陽太君を警戒しているように見えた。何があったのかはわからないけれど、警戒するという事は意識しているともいえる。

 実際に執筆したらしいエッセイは、鈴木が読む前に消去された。曰く「世の中に公表できない」代物であったらしい。読んでみたかったけれど、消してしまったのなら仕方がない。この出来事以降、先生は陽太君に対して普段とは違う対応をとるようになったのだ。

 アイスティーのグラスの汗が先生の指を伝う。その水滴は、手首のあたりでテーブルへ落ちた。先生はテーブルに頬を乗せて、その様子をじっと見ている。その顔は何か考え込んでいる。

 まるで涙のようだと思う。

 ぽたり、ぽたり、と落ちる雫は泣いているみたいで。先生の涙に見えた。先生はどう贔屓目に見ても繊細な人間とは言えないので、こんなことで泣くとは思えなかったが。それでも、そうやって悩むくらいには先生の中で大きくなっているのだろう。


(二人にとっていい兆候なのかもしれない)


 鈴木は思う。それに、おかしいのは先生だけではなかった。

 陽太君も何か言いたげな眼でじっと先生を見つめる事が多くなった。あふれ出る愛情が~、なんていう甘いものではなくて、もっと切羽詰まって、苦しそうな、悔しそうな、複雑な心境がごちゃ混ぜになったような視線。でも、それを先生には悟らせない。視線が合う前に逸らしてしまう。そして不思議そうに見つめる先生に、へらっと笑っていつも通りの愛情表現をするのだ。

 視線を感じていることはわかるけれど、どんな感情のものかはわからない。おまけに視線を向ければいつもの愛情表現がくる。そんな状態は、ますます先生に警戒心を抱かせる。

 お互いがお互いを激しく意識しているのに、その方向が段々と純粋な恋愛から逸れている。


(……やっぱりあまりいい兆候ではないのかも?)


 先生の向かいに腰をおろして首をかしげる。そんな鈴木を先生は一瞥して、むくり、と体を起こした。

 そして、宣言した。


「どうしても高校生をメインにしたいなら、シリアスと恋愛は絶対に書かない! 書くならコメディーオンリーで!!!」



*****



 その宣言から打ち合わせがいい感じで進み、なんでか鈴木は泊まり込むことになった。元々今日は直帰の予定(というか、丸一日ネタの出ない先生につきあう予定)だったので、会社は問題にならなかった事と、デビュー当時からの付き合いのなせる技だったかもしれない。

 そして朝。

 鈴木はキッチンからそっとリビングの様子をうかがった。視線の先には陽太によって精気をすべて吸い取られたかのようにテーブルに突っ伏した先生ががいる。

 今朝の陽太君は異様にテンションが高かった。そして、そのテンションのまま学校へ行った。理由は鈴木の一言だった。

 鈴木は何も言わずに麦茶を置いた。


「……ほかの学校にすればよかったかも」


 先生が麦茶を啜りながらつぶやいた。

 事の始まりは簡単だった。昨夜から続いた次回作の打ち合わせ。「コメディーオンリーで!」そう言った先生に、鈴木が言ったのだ。そういえば、陽太君の高校は近々文化祭ですね、と。

 その発言はちょうど起きてきた陽太君の寝ぼけ頭を覚醒させた。

 まだ行くとも行かないとも、そもそもただ文化祭がある事を告げただけなのに、陽太君は完全に舞い上がって。


『理紗さん! 来てくれるんだね!! 絶対だよ!! それからけ……白水先生には絶対に近づかないで!! 約束してほしい!!』


 それだけを宣言した後、ものすごい速さで朝食を平らげて、あっという間に身支度を整えて学校へ行った。嵐のようなあわただしさに、鈴木はもちろんのこと、先生でさえ唖然としたまま何も言えなかった。

 ここまで興奮した陽太君を見るのは久しぶりだった。


「早とちりとはいえ、あそこまで喜んでいるのにほかの学校にするのはちょっと……」

「……だよなぁ……。仮にも保護者だし……」


 保護者、という部分をものすごい強調した事はこの際置いといて、どうやら先生も見学する学校を変えることに多少迷いがあるらしい。保護者だというならなおさら。


「まぁ、どこの学校でも良い資料になりますよ。良いじゃないですか。たまには陽太君の成長を見るのも」


 苦笑して言えば、先生も同じように苦笑した。


「……そうだね」


 こうして先生の文化祭見学は決定した。

 文化祭の開催まであと一週間弱。


5/12 修正済み

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