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09 嵐を呼ぶ者、起こす者 嵐を前に逃げる者 Side.啓祐



 本人の宣言通り、理紗は体育祭へ顔を出す事はなかった。

 もともと文化祭の方に力を入れる高校だから、理紗以外の保護者もほとんど来る事はなかった。だから、もし体育祭へ来ていればかなり悪目立ちしただろう。

 それはそれで面白そうだったのだが、そうなると教師としての自分の仕事に影響が出そうな気もしたので、結果的にはよかった。


「体育祭、来なかったなぁ、井上さん」

「……」


 今この場にいるのは、啓祐と陽太の二人だけ。自分の横で、黙々とプリントをまとめ続ける陽太に向かって、わざとらしく呟いた言葉は黙殺された。

 ただ、なんとなく陽太の機嫌が急降下したのは感じ取れる。若いなぁ、と的外れな感想を抱き、啓祐は笑った。

 狭くて、ほこり臭い数学の教務室。そこで二人が行っているのは、授業のプリントをまとめる事。数学の教科担当である陽太(啓祐が無理やり任命した)を呼び出して、二人で作業をしていた。

 場所を普段はあまり使わない教務室にしたのは、少し陽太を焚きつけてやろうと思ったから。


「……文化祭は来るのか?」

「ものすごいしつこいよね、啓ちゃん」

「……先生と呼べよ」

「ぜってー呼ばねえ」


 段々と陽太に対する自分の態度が砕けているように感じた。理紗のあまりにつれない態度に今まで好奇心に負けていた応援してやろう、という気持ちが膨らんできたからかもしれない。そして、そんな些細な変化を陽太が感じているのか知らないが、なんとなく、陽太の態度も砕けてきたような気がする。

 もともと日当たりの悪い位置に存在するこの部屋の中で、二人は作業を続ける。啓祐がまとめたプリントを、陽太がひたすらホチキスでとめる。単純すぎる作業に段々と面倒くささが出てくるが、一緒にいるのが陽太だからこそ、楽しさを見出すことができる。

 つまるところ、どこまで行っても啓祐は啓祐だった。応援したい気持ちが膨らんでも、結局は好奇心の方が勝る。


「文化祭に誘ってみろよ」

「まだ当分先だろ。夏休みだってまだ来てない」

「早め早めに行動するのが、恋する男の鉄則だ」


 あいつに恋なんてしてないが。という部分は心の中だけにとどめておいた。

 今までかたくなに目の前のプリントとホチキスしか視界に入れなかった陽太が、ぐりん、と音がしそうなほどの勢いでこちらを見た。次いでガシャン、と音がして視線を下げると、陽太がホチキスを投げ捨てていた。おいおい、それ、学校の備品だぞ。


「ちょ……!」


 驚愕、という言葉がぴったりな表情でこちらを見つめる陽太は気付いていない。

 恋する男の鉄則、とは言ったけど、啓祐自身が恋をしているとは言っていない。ついでに言うなら、理紗に恋愛の意味での好意なんて持っていないし、それを離した事も無い。……からかう目的で匂わせた事はあったけれど。

 勝手に勘違いをしてくれたのだから(半分以上は啓祐がそう仕向けたとも言える)、それを利用しない手はない。そうだろう?


「なんだよ、協力してくれたって良いじゃないか。理紗さん(・・・・)との仲」


 理紗さん、という言葉に思い切り過剰に反応したらしい。その動揺っぷりが面白くて、ついつい笑う。

 実際、協力して欲しい、と思うこともある。恋愛面ではなく、友情面で。

 今、啓祐と理紗の関係は良好とは言えない。それでも何とか付き合いが続いているのは、陽太の存在と、理紗の優しさでかろうじて成り立っているからだ。


「理紗さんって言うな!!」

「じゃあ理紗」

「呼び捨てはもっと駄目だ!! 今まで通り井上さんで良いだろ!?」


 いつの間にか仁王立ちになり、こちらに指を突き付けている。こういうところは従姉弟だなぁ、と先ほどに続き場違いな感想を抱いた。顔は赤の他人と言っていいほど似てないが(まあ、実際血の繋がりはないらしいし)、こういう仕草に、二人の似ているところをみつける。同居しているのだし、ある程度お互いが影響を与えているとは思うが、その影響が良いものだとは思えない。今のままでは。


「はいはい、井上さんね」


 これ以上、陽太の神経を逆なでしても面白い事はない、と素直に言い直した。まだ不満はあるようだったが、それでも何も言わずに陽太はホチキスを拾い上げて、おとなしく作業を再開した。

 啓祐は面白い事が好きだ。だから理紗で遊ぶ事が好きで、そうなるとその矛先が必然的に陽太にも向けられる。応援よりも好奇心が勝り、ついついその場を引っ掻きまわす。けれども、それでも啓祐は教師で、理紗よりも年上で、陽太の担任だった。要するに、三人の中で一番、精神的にも年齢的にも大人だった。……普段の態度からは想像もつかないが。

 理紗から同居の話をされた時からずっと考えていた事がある。当時から理紗は陽太の心を知っていた。今、陽太は自身の心を自覚して、こうして啓祐に勘違いの対抗心を見せている。

 理紗がその心に応えるつもりが無い以上、こうして同居を続けていれば、いずれ陽太に限界は来るのだ。その時に、陽太がどんな行動を起こすのか。そして理紗がそれに対してどう反応するのか、その結果が引き起こすもの。それは、少なからず二人の心の傷となるだろう。啓祐はそれが怖かった。

 高校生の行動力を甘く見れない。理紗はそれをわかっているのか。周囲を気にせず、後先も考えないで突っ走る事が出来るのは、きっと十代の特権だ。その特権を持つ陽太が起こす行動が、啓祐や理紗の斜め上、もしくはさらにそれを突っ切るようなものだった時。そこまで陽太を追い詰めた理紗はどうするのだろうか。


(……なんで俺がこの二人の関係を心配してんだ?)


 考えながら首をかしげた。それでも、心配してしまう。理紗は(一方的に)友人で、陽太は面白……じゃなくて、からかいがい……でもなくて、大事な観察対象。ではなく教え子。

 陽太の恋心を理紗は刷り込みだと言っていた。けれど、そんな軽いものではない事を啓祐は知っている。当然、理紗も心の奥底では分かっているのだろう。見ないふりをしているだけで。

 理紗は不器用で、恋愛に臆病だ。その原因の一つに啓祐がいる。だから、必要以上に干渉してしまう。当人たちにとって迷惑甚だしい限りだとしても。


「……た」

「は?」

「終わったって言ってんだよ!」


 イライラした陽太の声に、我に返った。見れば、きれいに積まれた、ホチキスでまとめられたプリントの山。啓祐の横には、不機嫌な陽太。

 明確に理紗への好意を示したのは(恋愛感情は皆無だけど)初めてだった。陽太がイライラするのも仕方が無いのかもしれない。


「僕が、理紗さんに恋愛感情を持つのがそんなに嫌?」


 落ちてしまえよ、と思う。理紗が陽太に向ける感情は決して親愛だけでは無いと確信している。ただ、本人が本能的に一歩引いてしまうから、親愛という形におさまっているだけで、一歩踏み出せばたちまちそれは形を変える。


「なぁ、立花。お前、理紗さんが好きなんだろう?」


 陽太は答えない。あえて口にした「理紗さん」という呼び名に対しても、黙って挑むような目を向けるだけだ。啓祐も答えを必要とはしていなかった。ただ、次に言葉を紡ぐために投げかけた形だけの問い。


「俺に奪われる前に、あいつの心を手に入れてみろよ」


 俺、という言葉に陽太は一瞬だけ目を眇めたが、それでも大げさに反応したりはしなかった。

 これは、挑発だ。行動を起こしてしまえ。

 教師としてなら、こうして生徒を焚きつけるのは良くないのかもしれない。成人した社会人と高校生だし。けれど、このまま二人して身動きが取れなくなって、何か取り返しのつかない事が起こる可能性があるのなら。

 そうなる前に。


「お前、俺に勝てるのか? 高校生のガキが、自立した社会人に」


 なんてワルい奴だろうか俺は。しかもちょっと似合っている。

 昼ドラのようなセリフを吐く自分が面白い。しかもそのセリフに煽られている陽太が目の前にいる。気を緩めたら爆笑しそうだ。


「本気なら、勝ってみせろよ」


 バシン、と大きな音を立てて扉が閉まった。キレた陽太が出て行ったのだ。

 意識して、理紗との関係がただの保護者と担任というだけではない事を匂わせた。理紗をあいつと呼ぶ事で。それを陽太が感じ取ったかは知らないが、十分陽太の行動力を煽る事はできただろう。


 結局のところ、二人は両想いになるのだろうから。

 ならばさっさと落ちてしまえ。

 うだうだと考えていたら、結局逃げていくのだろう?


「逃げる権利は無いって言っただろ? せいぜい足掻け」


 ここにはいない、ウナギ女に向けて言った。

 それにしても、ここは本当に環境が悪い。ほこり臭いし、カビ臭い。それに少し湿気ぽい。我ながら、微妙な場所を選択した。今度、生徒に掃除させよう。


 自分でしようとは思わないあたり、どこまでも啓祐だった。



5/7 加筆修正

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