更なる真実
葵達のミニバンは東名自動車道から降りると、最短経路を通って、長野県の木曽地方へと向かった。
「もうちょっといい道なかったの?」
大揺れの後部座席の葵が美咲にクレームを入れた。美咲はハンドルを操作しながら、
「これが一番早いんですよ。篠原さんがどうなってもいいのなら、全部高速道路で行きますけど?」
いつになくお怒りモードで言い返した。
「わかったわよ」
葵は美咲が怒ると怖いのはわかっているので、仕方なく引き下がった。
(美咲さん、怖い)
茜は葵に反論する美咲をあまり見た事がないので、身震いした。
(護……)
強がっている葵であったが、心の中では護の身を案じていた。
「ここからは国道に入りますから、揺れも少なくなります」
美咲はルームミラーに写る葵を見て告げた。
「ああ、そう」
葵は顔を引きつらせて応じた。美咲がムッとしたままだからだ。
(美咲はどうしてあんなに怒っているの?)
葵は美咲の感情が読めなかった。
(薫さんにあんなに突っかかるような言い方をしなければ、もっといろいろ訊き出せたかも知れないのに、所長ったら、ずっと喧嘩腰なんだもの)
美咲は葵の態度に怒っているのだ。
(まあ、薫さん達も篠原さんを利用しようとしているのだから、所長が突っかかるのもわからなくはないんだけど)
美咲は一部だけ、葵に同情していた。
「美咲さん、木曽に着いてからのルートはどうするんですか?」
茜が恐る恐る尋ねた。美咲は前を向いたままで、
「木曽にいるのであれば、そこから先はよくご存じの方がいらっしゃるでしょ?」
「え? 誰ですか?」
茜はポカンとしたが、
「父よ」
葵が言った。
「え?」
茜は目を見開いて葵を見た。葵は溜息を吐いて、
「父は、昔、天一族の里に行った事があると言っていたでしょ? だから、父に訊けば、かなり正確な位置がわかるはずよ」
「ああ、そうでしたね」
茜は苦笑いをした。葵はスマホを取り出すと、すぐに父である玄内にかけた。
「どうした? もう護を奪還したのか?」
玄内の呑気な応じ方に葵は呆れ顔になり、
「そんな訳ないでしょ! 今、天一族の里に向かっているわ」
「そうか。場所はわかるのか?」
玄内はとぼけているのか、そんな事を言って来た。
「お父さんが知っているから、訊きたいの! ふざけないでよ!」
葵はムッとしてスマホに怒鳴った。
「わかったわかった。そう怒るな。それで、どうして護は天一族の里にいると思ったんだ?」
葵は仕方なく、玄内に薫からの情報を話した。
「そうか。星もやはり護を狙っているのか。さもあらん、だな」
「どういう事?」
葵はスマホをスピーカモードにして訊いた。
「実は事務所で話しそびれた事があってな」
「話しそびれた?」
葵は茜と顔を見合わせた。
「そうだ。お前の母である藍が他界して、俺は失意のどん底に陥った。飯も喉を通らず、日に日に痩せ衰えた」
葵は玄内の昔話を話半分以下のつもりで聞いていた。
「そんな中、俺は何もかも嫌になって、里を抜け出した」
玄内の作り話に葵は限界を感じて、
「もういいわ。結論から言って。それは何の話なの?」
嫌な予感しかしないが、聞くしかない。葵は諦めていた。
「実は、俺は星一族の者にその時、拉致されたのだ」
玄内の話のオチは、葵の想像を超えていた。
(拉致されたというより、自分から捕まった可能性すらある)
葵は父親の言葉をほとんど信用していない。
「連中は俺が月一族の長の息子だと知った上で、拉致した。そして、自分達の長の娘と夫婦になるように強要して来たのだ」
「それで、据え膳食わぬはで、またその娘と契ったって訳ね?」
葵は話の先取りをした。
「どうしてわかったんだ? まさにその通りなんだよ」
玄内の口調は白々しかった。葵だけでなく、美咲も茜も呆れていた。
「長の娘が妊娠した事がわかると、俺は身の危険を感じて、すぐに奴らの里を脱走した。奴らは一族総掛かりで追いかけて来たが、何とか逃げ切り、里に戻った」
葵達はすでに話を聞くつもりはなかったのだが、玄内は続けた。
「星一族も、我らと全面的に戦うつもりはなかったのか、引き上げてくれた。そして、現在に至る、という事だ」
玄内の言い訳話はようやく終わった。
「で、美月さんと紅さんはそれをご存じなの?」
葵は一応確認した。
「もちろん、二人には話した。それでも、俺のために子を産みたいと言ってくれたんだよ」
嬉しそうな玄内の声に、美咲と茜は複雑な顔をした。
「つまり、その時できた子が、あの薫なのね?」
葵は念を押すように尋ねた。
「そうだ。星薫が飛び抜けて強いのは、俺の遺伝子を受け継いでいるからだと思う。だから……」
玄内は更にとんでもない事を言い始めた。
「はいはい。そんな事より、天一族の里の場所を教えて」
葵はまだ話し足りない様子の玄内を遮った。
「相変わらず、つれないな。わかったよ。メールで送るよ」
玄内は寂しそうな声で言うと、通話を切った。
「どこまで真実かわからないけど、薫とも姉妹だってわかって、ますます複雑な心境ね」
葵はスマホを操作しながら言った。
「そうですね」
美咲と茜は異口同音に呟いた。
「あ、来たわ」
葵はスマホのメールを開いた。
「天一族の里の場所、ナビに転送するわね」
葵はスマホを操作して、メールをミニバンのナビに送った。
「届きました。すぐにここへ向かいます」
美咲はナビを起動して、天一族の里を目指した。
「そうか。月一族の者が、ここに向かっているのか」
大きな茅葺き屋根の屋敷の一室で、天乃小夜は手下からの報告を受けていた。明かりはLEDである。内装は最先端だ。
「何もするな。ここまで来させろ。その方が、手っ取り早い。水無月葵も我が一族の子を産むのだからな」
小夜は不敵な笑みを浮かべた。
「水無月玄内、あの時の屈辱、今こそ晴らさせてもらうぞ」
小夜は目を細め、虚空を睨んだ。
「お母様、水無月葵は殺させて。あんな女に我が一族の子を産ませるのは納得できないわ!」
漆黒のスカートスーツを着込んだ天音が異を唱えた。
「お黙り、天音! これは私の復讐でもあるのだ! 玄内に同じ思いをさせる。だから、水無月葵には望まない子を産ませる!」
小夜は天音を睨めつけた。
「はい……」
母の凄まじい剣幕に、天音は身じろぎ、後退った。
「父の話、どれが真実で、どれが都合のいい捏造か、全くわからないけど、護は必ず生きて取り戻すわよ」
葵は静かに言った。
「はい」
美咲と茜は頷いて応じた。
(もし、護と天一族の長の娘が契ってしまった後だとしても、私は護を責めない。元はと言えば、父のバカな行動のせいなのだから)
葵はむしろ、篠原を助け出したら、謝ろうと思っていた。そして、里へ行き、玄内にも謝らせようと思っている。
(待ってて、護。必ず、助けるから)
葵は篠原に会ったら、自分の気持ちを伝えようとも思った。茜は葵が押し黙ったので、前を向いた。
(所長、篠原さんの事、本当に心配なんだなあ)
茜は自分と大原の事に重ね合わせて、しんみりしていた。
「玄内様、真実をお話にならなかったのですか?」
そばで聞いていた美月が尋ねた。紅も心配そうな顔で見ている。
「まあな。本当の事を言うと、葵の奴、俺を殴りにくるだろう? いや、下手をすると、殺されるかも知れない」
玄内は苦笑いをして美月と紅を見た。
「でも、お嬢様が天一族の長に会えば、全てわかってしまいますよ」
紅が言うと、玄内は、
「その時は仕方がない。葵にこの首、差し出すまでさ」
首を手で切る真似をした。美月と紅は顔を見合わせて溜息を吐いた。
「そうならない事を願っているがな」
玄内は自嘲気味に告げた。