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無堂の野望

「こいつらを殺したのは貴様か!?」

 篠原は無堂に叫んだ。

「そうです。邪魔したので、始末しました。どうやら、公安調査庁の連中のようですね。星一族の方にとっても、害悪でしたでしょう? 感謝して欲しいくらいです」

 無堂はフワッとビルの屋上から舞い降りて来た。

(何だ、こいつ? 重力を無視した落下速度だ……)

 その登場の仕方に篠原は息を呑んだ。

「つまらんトリックだな。ピアノ線を使っているだけだろう?」

 薫は無堂を鼻で笑った。

(相変わらず、人の神経を逆撫でするのがお上手で……)

 篠原は薫の超上から目線に顔を引きつらせた。

「私をあおっているつもりですか、星薫さん? その美しいお顔に似合わない口の悪さは、大きなマイナスポイントですよ」

 無堂は感情の見えない笑顔で応じた。

(こいつ、心の内が読めないようにしているのか? それとも生まれつきのサイコパスなのか?)

 篠原は眉をひそめた。

「お前にポイントを付けられるいわれはない。次につまらん事を言ったら、容赦しないぞ」

 薫は無堂を睨みつけた。篝も鑑も無堂を睨んでいる。

(それにしても、どうやって公安の連中を始末したんだ?)

 篠原はそれが気になっていた。無堂は篠原を見てニヤリとし、

「貴方は我が一族の種馬ですが、水無月葵には私の子をひたすら産み続けるメスになってもらいます。これは決定事項なので、異論は受け付けません」

「何だと!? ふざけるなよ、外道が!」 

 篠原は頭に血が昇っていた。無堂は次に薫、篝、鑑を見渡して、

「貴女方は、ポイント次第で、私の子を産む権利を獲得できますよ。どうです、栄誉な事でしょう?」

 薄気味悪い笑みを浮かべた。

「はあ? 何言ってるのよ、おっさん? あんたの子なんか、誰が産むもんですか! バカじゃないの!」

 鑑が真っ先に反応した。篝は薫を見た。

「何のつもりだ?」

 薫は冷静に応じた。篠原は自分が激昂してしまったのを恥じた。

「貴女達を我が側室として子を産んでもらうという事ですよ。私程の美しい人間の子を産めるのですから、誉れでしょう?」

 無堂の顔が更に薄気味悪くなった。鑑は身震いした。篝は不愉快そうに舌打ちした。

「お前のような下衆の子種では、我らは妊娠しない」

 薫は無表情な顔で言い返した。

「叩きのめしてやる!」

 鑑が無堂に向かった。

「鑑、やめろ!」

 篝が止めようとしたが、遅かった。

「く……」

 鑑は無堂に攻撃をかわされ、羽交締めにされた。

「殺しはしませんが、その減らず口を叩いた罰は与えましょうか」 

 無堂の右の口角が吊り上がった瞬間、鑑は目を見開き、その場に崩れ落ちた。

「何だ?」

 篠原は無堂が何をしたのかわからなかった。

「鑑!」

 篝が助けに行こうとしたのを薫が止めた。

(鑑ちゃん、何をされたんだ? 奴は彼女に触れているだけで、何かをした様子はなかった。どういう事だ?)

 篠原の背中を冷たい汗が流れ落ちた。

「薫さん、篝さん、妹さんはしばらくしたら回復します。しかし、これ以上我が一族の邪魔をするつもりであれば、公安の連中と同じ目に遭わせますよ」

 無堂は一瞬のうちに篠原の目前に移動すると、

「戻ります」

 篠原の左頬を右手で撫でた。

「う……」

 その途端、篠原は意識を失った。

「では、失礼します」

 無堂は篠原を軽々と右肩に担ぐと、消えてしまった。

「姉さん」

 篝は薫を見た。薫は無堂がいたところを睨んだままだ。篝は仕方なく鑑に駆け寄り、

「大丈夫か?」

 目を見開いたままで微動だにしない鑑に声をかけた。しかし、鑑は無反応だった。

「鑑は脈拍も呼吸も正常ですが、全く呼びかけに応じません」

 篝は薫に告げた。薫はハッとして篝を見た。

「そうか。里へ向かうぞ。臨戦態勢を採る。奴らが仕掛けて来る前にできる事はするぞ」

 薫は鑑に近づくと、彼女を右肩に背負い、篝に目配せして、プレハブ小屋に戻った。そして、床の一部をはね上げると、そこに現れた階段を駆け降り、その先にある地下通路のような場所を走った。

(天一族、何を企む? いや、あの下衆個人の野心か?)

 薫は眉間に皺を寄せた。


「あ、薫さんからだ」

 助手席に乗っている茜のスマホが着メロを奏でた。かつてトップアイドルだったトリプルスターのヒット曲である。

「あんた、まだその曲を使ってるの?」

 後部座席の葵が半目で尋ねた。

「いいじゃないですか、別に。はい、茜です」

 茜は嬉しそうに通話を開始した。

「はい、代わります」

 茜は寂しそうに応じると、

「所長、薫さんが話があるそうです」

 スマホを葵に差し出した。

「私に?」

 葵は眉をひそめてから、スマホを受け取り、

「久しぶりね。公安の連中を殺したの、まさかあんた達じゃないでしょうね?」

 早速嫌味を言った。茜は顔を引きつらせ、運転席の美咲は苦笑いをした。

「違う。殺したのは、天一族の天乃無堂という男だ」

「アマノムドウ? 何者?」

 葵は居住まいを正した。

「天一族の手練れだ。お前に子を産ませると言っていた」

 薫の言葉に葵は右の眉を吊り上げ、

「何ですって!? どういう変態よ。それより、あんた達と一緒にいた護はどうしてるの?」

「愛しい男の事が心配か?」

 薫が嫌味を言い返して来たので、

「ええ、心配よ。悪い?」

 葵は開き直った。薫はまさかそんな返しをされるとは思っていなかったのか、

「そうか。一度は助け出したのだが、その天乃無堂に連れ去られた」

「何ですって!? 一度は助け出したって、どういう事よ?」

 葵は薫の真意を確認した。

「我が一族も、天一族と同じで、男が圧倒的に少ない。篠原のような性欲の塊が必要なのだ。だから、天一族から奪っただけの事だ」

 薫のあけすけな答えに葵は呆気に取られたが、

「残念ね。あいつは私にベタ惚れだから、あんたには何の感情も湧かないわよ」

 強烈な嫌味を言い放った。茜はギョッとして葵を見た。美咲は大きな溜息を吐いた。

「そうか。あの男は貧相な女が好きなのだな」

 薫は更に煽って来た。葵は唇を震わせて、

「ええ、そうね。あんたみたいにでかい胸の女は嫌いのようよ」

 いつ切れるか分からない顔になった。気づいた茜が慌てて前を向いた。巻き込まれたくないからだ。

「まあ、いい。篠原は長野県の木曽山中だ。奴らはお前達が深読みするのを見越して、居場所を変えなかった」

 薫は煽り合戦に飽きたのか、話を変えた。

「木曽? 何の捻りもなくって事?」

 葵も嫌味をやめた。茜はホッとして美咲を見た。美咲は微笑んで応じた。

「そういう事だ」

 薫は無感情な声で応じた。

「本当でしょうね?」

 葵は疑いの眼差しになった。

「嘘を吐いてどうする? 我らには何の利もない」

 薫の言葉は正論だった。

「わかった。取り敢えず、信じてあげるわ」

 葵は喧嘩腰のままだ。

「只、我らも篠原の種馬計画は諦めた訳ではないので、お前達よりも早く動く。それだけは言っておく」

 薫はそれだけ告げると、通話を切ってしまった。

「美咲、急いで! 薫達より早く、木曽へ行くのよ!」

 葵は身を乗り出して、美咲に言った。

「わかりましたよ。きちんと席に座ってください。違反で止められたら、取り返しがつきませんから」

 美咲はムッとして言い返した。

「わかったわよ……」

 葵は口を尖らせて後部座席に戻った。茜は笑いを噛み殺してそれを見ていた。


「姉さん、木曽に行くの?」

 レンタカーを借りて移動中、後部座席で動けない状態の鑑を看ながら、篝が薫に尋ねた。

「行かない。まずは月と天に潰し合ってもらう。それからが我らの出番だ。漁夫の利を得るのだ」

 薫は前を向いたままで応じた。

「そうなんだ」

 篝はホッとした。

(姉さんは個人的に月一族の男が気になっている。だから、水無月葵を急き立てて、あの男を取り戻させるつもりだ。そして、月一族があの男を奪還したら、横取りする。でも、どうしてあんな男を好きになったのだろう?)

 篝は、薫がどうして篠原を気にしているのか理解できなかった。

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