篠原、驚く
篠原と薫は深い森の中を疾走し、しばらくして舗装道路に出た。国道だった。
「ここはどこなの?」
人心地ついた篠原は道路にしゃがみ込んで、辺りを警戒している薫を見上げた。
「長野県の木曽山中だ。奴らの本拠地」
薫は周囲を見ながら答えた。篠原は目を見開き、
「ええ? それじゃあ、まだ安心できないじゃん」
キョロキョロし始めた。薫はフッと笑って、
「お前も月一族では手練れだろう? 何をそんなに怖がっている?」
「いや、怖がるも何も、俺、身包み剥がれて、何も持ってないし」
篠原は立ち上がって現状を訴えたが、
「忍びとは何も持たずとも戦える者の事だ。お前は子供か?」
薫に軽蔑の眼差しで見られた。
「それ言われちゃうと、何も言い返せない……」
篠原は赤面した。
「姉さん」
そこへ薫の妹の篝と鑑が現れた。
「その格好ではこれ以上進めないだろう。着ろ」
薫は篝から受け取った黒のジャージを篠原に放った。
「あ、ありがとう」
篠原はすぐにそれを着た。
「ほら」
鑑がぶっきらぼうに篠原に靴と靴下を渡した。
「ありがとう、鑑ちゃん」
篠原は礼を言ったが、
「鑑ちゃんと呼ぶな! 次は殺すぞ」
鑑に凄まれ、苦笑いをした。
(姉ちゃんと同じ事言うのね)
篠原は靴下を履き、靴を履いた。
「それにしても、まさか本拠地に連れて来られるとは思わなかったよ。警戒して、別の場所に監禁されているのかと思ったんだけど」
篠原は薫を見た。薫は、
「水無月葵達が深読みをするように動いたのだろう。多分、木曽にはいないと考えさせる策だ」
篠原は薫の言い方が引っかかったが、それを指摘すると揉める元なので、何も言わなかった。
「薫ちゃ、いや、薫さんはどうして俺に危険が迫っている事を教えてくれたのさ? 放っておけば、俺は種馬にされて、そのうちに始末されたのに」
篠原は真顔で尋ねた。薫も真顔で、
「天一族の本拠地を探るために利用させてもらった。それから、お前には我が一族の種馬になってもらう」
「はあ?」
篠原はギョッとして薫から離れた。
「まずは鑑からだ。お前は若い娘が好きだろう?」
薫はニヤリとした。鑑は顔を赤らめ、俯いた。さっきの威勢はなくなっている。
「俺を大原と間違えないでよ。ロリコンじゃないから」
篠原は顔を引きつらせて応じた。
「私は大人だ! ロリコンの対象ではない!」
鑑は顔を赤くしながらも、そこは反論した。
「そうか。それなら、私からいくか? 里にはもっと多くの女がいるぞ」
薫は艶っぽい目で篠原を見た。
「え?」
篠原は薫の妖艶さに鼓動を高鳴らせた。
「冗談だ。だが、我が里には一緒に行ってもらうぞ」
薫は背を向けて歩き出した。
「ええ!?」
篠原は予想しなかった展開に大声を出した。
「天一族もそうだが、我が一族も男が少なくてな。お前のような性欲の強い男が必要なのだ」
薫はスタスタと歩いて行ってしまう。
「姉さん、結構あんたの事気に入っているみたいよ」
篝が耳打ちした。
「ホント?」
篠原はついにやけたが、
「篝、後で仕置きするぞ」
薫の冷たい声が響いた。
「はい」
篝は肩をすくめて薫を追いかけた。鑑はムッとした顔で篠原を見ると、篝を追いかけた。
「おい、待ってくれよお」
篠原は三人を追いかけた。
(俺、大丈夫なのかな? 葵達、俺がいなくなったのに気づいているのかな?)
篠原はいろいろと不安になっていた。
(やはり、星一族も同じ事を考えているのですね)
木の陰から無堂がそれを見ていた。
翌日になった。葵達はまだ篠原の行方を掴みかねていた。
「あの後の足取りが全く掴めません。篠原さんも例の女も防犯カメラにもNシステムにも引っかかっていません」
美咲がパソコンから顔を上げて告げた。
「そう……」
美咲と茜から見ても、葵は一睡もしていないのがわかった。服は昨日のままで、髪はボサボサなのだ。
(でもよかった。所長はやっぱり、篠原さんの事を好きなのね)
美咲は内心ホッとしていた。
「所長、少し休んでください。長期戦になるかも知れませんから」
美咲は葵に寝る事を促したのだが、
「寝られないのよ。横になっても、全然眠くならないの」
葵は苦笑いをした。
「ヒットしましたあ!」
茜はスマホを操作していて、雄叫びを上げた。
「え? どこに?」
葵はソファから立ち上がって、茜に詰め寄った。
「新大阪駅の新幹線ホームです」
茜は大原から送られた映像を美咲のパソコンに転送した。
「あ、本当だ」
美咲はファイルを開いた。それには、ジャージ姿の篠原と黒のスカートスーツ姿の薫、篝、鑑が映っていた。薫はカメラに向かって不敵な笑みを浮かべている。
「何で、あの三姉妹と一緒なのよ!? 護はどうしたの!?」
葵は激怒したが、立ちくらみしてしまった。
「所長!」
美咲が葵を支えた。
「あの三人、指名手配を解かれていないのに、堂々とし過ぎでしょう!? 大原君は何もしていないの?」
葵は更にヒートアップした。そして、また眩暈を起こした。
「大原さんも、当然三人に気づいて、すぐに大阪府警に指示を出したそうです。でも、多分、捕まらないでしょうけど」
茜は顔を引きつらせて応じた。葵が鬼の形相で画面を睨んでいるからだ。
「それもそうね。この映像はどれくらい前のものなの?」
葵は茜を見た。茜はスマホを見て、
「三十分くらい前です」
「大原君、凄いわね。そんな短時間で見つけるなんて。今度奢らせてって伝えて」
葵が言うと、
「大原さんは私一筋なので、変なちょっかいはしないでください」
茜は真顔で言った。葵はムッとして、
「何言ってるのよ? 私だって、あんたの彼氏なんか盗らないわよ」
「彼氏じゃなくって、婚約者です!」
茜は顔を真っ赤にして叫んだ。
「ええっ!?」
葵と美咲は異口同音に叫んでしまった。
「あんた達、いつの間にそこまでいったの?」
葵が訊くと、茜はモジモジして、
「つい一週間前です。大原さんのご両親にも挨拶しました」
「あんたのお母さんには?」
葵はハッとして尋ねた。すると茜は、
「絶対に反対されると思って、まだ言ってません。大原さんにも母の事は何も話していないので」
「まさかとは思うけど、他界したとか言ってないでしょうね?」
葵は半目で茜を見た。茜は苦笑いをして、
「さすがにそこまでは……。只、母の話になると、話題を逸らしたりして、濁していました」
「それでよく、大原さんのご両親は承知したわね。驚いたわ」
美咲はすっかり呆れている。
「これ、大原さんには絶対に内緒なんですけど、お母様に言われたんです。『あの子は貴女みたいな童顔の子が好きなのよ』って」
茜はちょっと不満そうだが、喜びが勝っているようだ。
「そうなんだ」
葵と美咲はまた異口同音に言った。
(大原君のお母様、彼の特性をご存じなのね)
葵は苦笑いをした。そして、
「大原君に伝えて。護の行き先は、恐らく四国。四県の警察本部に手配をするようにって」
茜はぽんと手を叩いて、
「そうか、星一族の里があるところですね」
葵は頷いて、
「そう。薫達も護を種馬にするつもりなのよ。私達も四国に行くわよ」
立ち上がった。
「所長、その前にシャワーを浴びてください。頭が結構臭いますよ」
茜が言うと、
「わかってるわよ!」
葵は大股でシャワー室へ歩いて行った。
「四国のどこにあるんですか、星一族の里は?」
茜は美咲に訊いた。美咲は、
「四国だという事しか判明していないの。それ以上はわかっていないわ」
「ええ? そんな状態で探しに行くんですか? とんでもないですね」
茜が不満を述べると、
「だったら、あんたは行かなくていいわ。紅さんに婚約の事、話してあげるから、里まで説明しに行きなさい」
素早くシャワーをすませた葵がバスローブ姿で戻って来た。
「それだけはやめてください! 喜んで四国中探しますので!」
茜は涙ぐんで懇願した。