恨みの深さ
葵達は最後の砦に来ていた。
「侵入者、侵入者、侵入者!」
防犯機器の音声が鳴り響き、邸の中からドヤドヤと二十人程の黒尽くめの筋骨隆々の男達が現れた。皆、葵達より頭一つ大きい。男達は葵達を見て拍子抜けしたように顔を見合わせると、肩をすくめている。
「頭数、少ないわね。二百人いても勝負にならないわよ」
茜が進み出て啖呵を切った。男達はますます顔を見合わせて、笑い出した。
「ここは子供の来るところじゃないんだよ、お嬢ちゃん。さっさと帰りな」
中の一人がせせら笑って茜にシッシッと手で追い払う仕草をした。
「茜、容赦はいらないから、叩きのめして」
葵は半目で言った。
「ボーナス、懸かっているわよ」
更に煽りを入れた。
「はい!」
茜は鼻息荒く、男達に突進した。男達は茜を見くびっているので、笑ったまま待ち構えていたが、目の前で茜が消えたので、ギョッとして周囲を見回した。
「ここよ!」
茜はジャンプして男達の頭上にいた。
「はあ!」
そのまま一番前にいた男を飛び蹴りで倒すと、次にいた男に反動で宙返りしながら回し蹴りを入れ、更にその次の男をエルボースマッシュで倒した。その間、わずかに数秒であった。
「うげ」
リーダー格の男は一番後方にいたが、その様子を見て呻き声を上げてしまった。
「な、何だ、お前達は?」
リーダーは顔色を変えて問いかけた。茜はフッと笑って、
「如月茜。探偵よ」
どこかの誰かを真似したセリフを言い放った。葵は美咲と顔を見合わせた。
「気をつけろ。そいつら、只者じゃないぞ!」
リーダーが叫んだが、
「誰に言ってるのよ、おじさん?」
葵が尋ねた。
「はっ?」
リーダーは葵を見た。すると、残りの部下達も全員、葵と美咲に倒されていた。
「……」
リーダーは止め処なく額から滝のような汗を流し、声を失っている。
「貴方達の雇い主は在宅のようね? お邪魔するわよ」
葵はリーダーの首筋に手刀を叩き込んで気絶させると、奥へと走った。
「おい、どうしたんだ? 返事をしろ!」
邸の玄関で警備会社の重役がスマホに怒鳴っていた。リーダーの応答がないので、怒り心頭であったが、
「無駄よ。貴方の部下達は全員夢の世界だから」
葵が玄関のドアを開いて入って来た。
「ええ!? そのドアは暗証番号を入れないと開かないはずだぞ……」
重役は目を見開いて後退った。
「これですか?」
美咲がドアから引きちぎった暗証番号を入力するタッチパネルを見せた。重役は唖然とした。
「やはり、お前らでは足止めにもならないか。やれ」
奥から聞き覚えのある声がした。
(今の声は橋沢龍一郎?)
葵は眉間にしわを寄せた。次の瞬間、また羅刹の気が近づいて来るのがわかった。
「美咲、茜、警戒して! また来る!」
葵は重役から離れて身構えた。すると、ロビーの向こうから、大柄の男が一人、姿を見せた。黒尽くめで、防刃服を着ており、頭と顔も特殊な繊維の帽子とマスクで覆われている。目はすでに羅刹になっているせいか、虚ろである。
(こうも簡単に羅刹を量産するなんて、一体何をしたの?)
葵はその大男が今まで出会った羅刹の中で一番強い気を発している事に気づいた。
(これは本当にまずいわね。美咲と茜には逃げてもらった方がいいかも)
今度こそ、羅刹の真価を見せられる気がした。
「岩戸のジイさんが喋ったらしいな。あのジイさんも早めに始末しておくべきだった」
橋沢は、羅刹に隠れるように姿を現し、大口を叩いた。
「しかも、浅田もすぐにやられたようだな。浅田邸に差し向けた者の報告だと、一撃で死んでいたそうだ。とうとうお前達、殺人も厭わなくなったのか?」
橋沢は蔑んだ目で葵を見た。
「何ですって!?」
浅田が殺されたのを知り、葵は目を見張った。
(もしかして、薫?)
葵は星薫が来たのではないかと思った。
「取り敢えず、この女達三人を殺せ! 死体の始末はこちらでする!」
橋沢は狂気の目で命じた。羅刹は小さく頷くと、まずは茜に向かった。
「茜、逃げて! 美咲も!」
葵が叫んだ。茜は反射的に飛び退き、美咲は持っていたタッチパネルを大男に投げつけた。大男はそれを防御もせずに受けたが、ピクリともしなかった。その代わり、タッチパネルは粉微塵に砕け散った。美咲はギョッとしたが、茜と共に玄関から飛び出して行った。大男は二人を追う事なく、すぐに葵に向き直ると、飛びかかって来た。
「はああ!」
葵は鬼の行を発動して、大男を待ち構えた。大男は一瞬葵の鬼の行の気に動きを止めたが、すぐにまた走り出した。
「大男、総身に知恵が回りかね!」
葵は素早く大男の突進をかわすと、背中に回し蹴りを決めた。しかし、大男はよろけもせず、振り返って葵に掴みかかった。
「はあ!」
葵は右手の手刀を大男の喉に突き入れたが、
「くう!」
指が折れそうになり、慌てて引き、飛び退いた。
(こいつ、只の羅刹じゃない……。肉体を薬か何かで強靭にしている……)
葵の額に汗が流れた。
(タッチパネルが砕け散った時、それに思い至るべきだった。こいつ、本当の化け物だ)
葵は大男との間合いを離した。大男はその分詰めて来た。
「離れろ」
その時、声がした。
「え?」
その声に葵は驚いたが、すぐに大男から距離を取った。その次の瞬間、大男に何かが投げつけられた。大男は身じろぎもしなかったが、当たったのはガラスの小瓶で、中の液体が大男に降りかかった。そして、大男は火だるまになった。
「わっ!」
それを見た橋沢が叫んだ。大男は火だるまになっても大きな反応を見せず、両腕を振るうと、炎を薙ぎ払ってしまった。
(耐火の繊維なの?)
葵はそれを見て確信した。
(これは橋沢個人にできる事じゃない。どこかの政府の機関が関わっている……)
葵は最悪のケースを考えた。
(まさか、別ルートですでにロシアが?)
戦争をしているロシアには、羅刹は是非とも欲しい存在である。こんな化け物が戦地に送られたら、戦況は一変してしまうだろう。
「ははは、残念だったな! その男は無敵だァ!」
たじろいていた橋沢がまた元気を取り戻し、大声で叫んだ。
「薫なの?」
葵は玄関の方を見て訊いた。
「そうだ、姉上」
薫はフッと笑って姿を見せた。橋沢は薫を見てギョッとした。葵は「姉上」と呼ばれた事にムッとした。
「お前は、星一族の……」
橋沢は震え出した。そして、
「その女を先に殺せ!」
羅刹に命じた。薫が自分を殺しに来たと判断したようだ。羅刹は薫を見た。
「姉上、こいつは人ではない。殺しても差し支えないだろう? 何を躊躇っているんだ?」
薫は葵に皮肉を言った。
「うるさいわね! そういう問題じゃないでしょ!」
葵は怒りが収まらない。
「羅刹の完成形は死ぬまで殺戮するものだそうだが、どうやらこの羅刹はコントロールが効くようだな。だったら、コントロールしている奴を制圧してしまえば、それまでのはず」
薫は橋沢を睨んだ。
「ひい!」
橋沢は薫の鋭い視線に悲鳴をあげた。薫は橋沢に近づこうとした。すると羅刹は橋沢を庇うように動き、薫の前に立ち塞がった。
「言っておくが、私を殺したら、そいつは制御不能の殺戮マシーンになるぞ!」
橋沢は薫に反論した。羅刹は薫に突進した。
「そうか」
薫はニヤリとして羅刹をかわすと、背中に小刀を突き立てた。
「無駄だ!」
橋沢は高を括ったが、薫の小刀は防刃服を貫き、羅刹の背中に突き刺さった。
「がああ!」
流石の羅刹も激痛に堪え兼ね、叫んだ。
「星一族を舐めるな、クズが!」
薫はそのまま小刀を羅刹の身体にめり込ませて、離れた。橋沢は呆然としていた。
(こういう時には頼りになるわね)
葵は複雑な心境で薫を見ていた。




