羅刹の行方
葵達は五人分の気を得た羅刹と対峙していた。
「こいつ、どれだけ強くなったのよ?」
葵は最後に残った羅刹の放つ気の大きさに戦慄していた。
「こんな奴が海外の紛争地帯に送り込まれたら、死体の山ができちまう。何としても、ぶっ倒さないとダメだ」
篠原は真顔で呟いた。
「そこまでいかなくてもまずい事になる。浅田の意に沿わない人間を狙い撃ちできるという事よ。とんでもなく恐ろしいテロが繰り広げられる。その元凶が製薬会社の重役だなんて、笑い話にならない」
葵は羅刹を睨みつけた。
「そうだな。武器も持たずに乗り込むんだから、監視カメラも金属探知機も役に立たない。肉体そのものが凶器だからな」
篠原は羅刹の動きに注視しつつ、葵との連携を模索していた。
「只殺戮をするだけの羅刹なら、そんな事は不可能だけど、コントロールできるとなれば話は別。強権国家が喉から手が出る程欲しい兵器になる」
葵は羅刹を威嚇した。しかし、先ほどまでと違って、羅刹は怯える事はない。進化しているのだ。
「もっと言えば、羅刹がこの五人だという確証がないですね。他にいる可能性もあります」
美咲が口にしたのは、葵が一番考えたくない事だった。
「そうだとしたら、厄介この上ないな」
篠原が舌打ちした時、羅刹が動いた。羅刹は一番弱いと判断したのか、茜に襲いかかった。
「きゃあ!」
茜は身がすくんでしまい、反応できなかった。
「茜!」
葵は動き、羅刹に掴みかかったが、羅刹はそれよりも速く、茜を捕まえた。
「がああ!」
羅刹は茜の首を絞め、雄叫びを上げた。
「このっ!」
葵は羅刹の背中を思い切り殴りつけたが、羅刹は茜から離れない。
「くうう……」
茜の顔色がどんどん失せていく。
「茜ちゃん!」
美咲が近くにあった鉄柵をねじ切り、羅刹の脇腹に突き立てた。
「グオオ!」
羅刹は悶絶して茜から離れ、攻撃対象を美咲に変更した。
「来い!」
美咲は鉄柵を構えて、羅刹を挑発した。羅刹は美咲に突進した。
「この人、防刃服を着ていますね。こんな鉄では刺す事もできません」
美咲は鉄柵を振り回して、羅刹の接近を阻んだが、羅刹はダメージが少なく、疲労もしていない。
「こいつ、まだ戦闘には不慣れみたいだな。攻撃が単調だ」
篠原が言った。葵は頷いて、
「訓練がそこまで行き届いていないのよ。唯一の救いかもね」
羅刹に背後から迫った。羅刹は美咲を諦めて、葵に向き直った。
「だとすると、まだ他にも羅刹がいるわね」
葵は嫌な予感が当たったので、歯軋りをした。
「はああ!」
葵は気を高めて、羅刹の攻撃をかわすと、背後を取り、首を絞めた。
「寝てなさい!」
葵は羅刹の頸動脈を絞め、気絶させた。
「循環器系は通常の人間と変わらないみたいね」
葵は気絶した羅刹を特殊な繊維でできた縄で縛り上げた。
「浅田のジイ様に訊かないとね。吊し上げてでも」
葵は浅田の寝室へ走った。篠原は美咲を助け起こすと、茜と共に美咲を抱え、葵を追いかけた。
「そうだ。探偵風情が乗り込んで来たんだ。早く追加を送って来い! こんなところで挫折する訳にはいかんのだからな」
浅田はスマホで誰かに連絡を取っていた。
「誰に連絡をしたのかな、おじいちゃん?」
葵達が入って来たので、浅田はビクッとしたが、
「お前達、この私が誰だか知っているのか? 浅田虎治郎だ。政財界にその名を知られた、大物だぞ。こんな事をして、只ですむと思うなよ」
葵に毒づいた。しかし葵は、
「あんたこそ、誰に喧嘩を売ったのか、わかっているの? 只ですまないのはそっちだよ」
鼻で笑った。
「あの連中、弱点があるのよ。それが私達月一族の禁じ手である鬼の行。その気を吸わせると、たちまち弱くなるのよ、おじいちゃん」
葵はニコッとした。浅田は目を見開き、
「何ィッ!? 月一族だと!?」
浅田は炎堂からその名を聞いていたのか、蒼ざめた。
「倒した連中の身元確認を警察庁の知り合いに頼んだら、すぐにわかったわ。指定暴力団の構成員だったようね。どうりで弱いはずだわ」
葵は肩をすくめた。
「弱い?」
浅田は眉をひそめた。
「あんた、もっと頭使いなさいよ。どうせ羅刹にするなら、自衛隊の精鋭とか、いるでしょ? 暴力団じゃ、大して活躍できないわよ」
葵が凄い事を言い出したので、防衛省情報本部の篠原は苦笑いをした。
「覚悟していてね、おじいちゃん。私達に喧嘩を売ったお礼、きっちりさせてもらうから」
葵は浅田に詰め寄り、
「他にも羅刹はいるの? いるとしたらどこにいるの?」
浅田の襟首を捻じ上げた。
「い、いない! 天乃炎堂とかいう男が、あまりにも金額をふっかけて来たので、あの五人だけを羅刹とかいう化け物にしてもらったんだ。他にいたら、すぐに呼んでいる!」
浅田はわかり易い嘘を吐いた。
「さっき、電話していたのが、羅刹の部隊の関係者ね?」
葵は浅田からスマホを巻き上げると、履歴を調べた。
「あらあら、見た事がある名前があるわ。これね」
葵は浅田に履歴を見せた。
「……」
浅田はまた蒼ざめた。
「じゃあね、おじいちゃん。お礼は改めてするからね」
葵はフッと笑うと、美咲達と共に別荘を出て行った。浅田はしばらく唖然としていたが、
「あの女共、許さんぞ! 国家権力を総動員しても、必ず叩き潰してやる!」
スマホを手に取ると、通話を開始した。
「私だ。浅田虎治郎だ。大至急、探し出して欲しい連中がいる。探偵事務所の女達だ。え? 名前? そんなの、そっちで調べろ!」
浅田は苛ついていた。
「ああ、そうだ。多分その女達だ。それから、男も一人一緒だった。そいつも探し出せ。何としてもだ! これは私の命令だ。できないというのであれば、献金は全てストップするぞ! 政治資金パーティの券も一枚も買わんぞ!」
浅田は相手を脅し始めたが、
「何!? ご勝手にとはどういう事だ!? たかが探偵如きに何故それほどまで怯えるのだ!? やれと言ったら、やれ!」
相手は何か言った。すると、浅田の顔がひきつっていく。
「もういい! 私が自分で何とかする!」
浅田は通話を切ると、別の誰かにかけた。
「私だ。浅田虎治郎だ。始末して欲しい女達がいる。そうだ。名前は恐らく、水無月葵。他に二名。そして、男が一人……」
そこまで話すと、相手が何か言い出した。
「どういう事だ? それは踏んではいけない虎の尾だと? お断わりするとはどういう……」
話の途中で、相手は通話を切ってしまった。
「役に立たん連中だ!」
浅田はそれから何件も電話をしたが、ことごとく断られてしまった。
(どういう事だ? 名だたるヤクザ共が口を揃えて「手を出しちゃいけません」と弱気な事を言いおって!)
浅田は月一族が羅刹の宿敵なのを炎堂から聞いていたが、月一族の恐ろしさを知らされていなかった。
「進退窮まったな」
そこへ一人入って来た者がいた。
「だ、誰だ?」
浅田は後退りして尋ねた。
「星一族の星薫だ」
入って来たのは、薫だった。
「星一族?」
浅田はまた眉をひそめた。
「近いのか?」
葵を追いかけながら、篠原が訊いた。
「ええ。『早く追加を送って来い!』って言っていたから、すぐそばにいるはずよ」
葵はまだ朝靄が煙る道を走った。
「ここね」
葵はある邸の前で立ち止まった。
「ここは……」
篠原は表札を見て息を呑んだ。
「橋沢……」
美咲が呟いた。葵はニヤリとして、
「あらかじめ、情報屋さんに居場所を調べてもらっていたのよ。浅田の履歴を見て、確信したわ」
門扉を見上げて、
「美咲、お願い」
「はい」
美咲は頑丈な門扉を掴むと、一瞬にして引きちぎり、開いてしまった。途端に非常ベルが鳴り、番犬の吠える声が聞こえて来た。
「茜」
葵は茜を見た。
「はい!」
茜は隠し持っていたドッグフードを取り出すと、走って来たジャーマンシェパードやドーベルマンに放り投げた。犬達はそれに一目散に駆け寄ると、貪るように食べ、眠ってしまった。




