葵の反撃
「浅田は腕利きのボディガードに護られている。まあ、そんな連中は、葵ちゃんの敵ではないだろうが」
岩戸老人は冗談めかして告げた。
「それより、その天一族の天野天音も玄内さんの娘なのには恐れ入ったな」
岩戸老人は玄内を見て苦笑いをした。玄内は頭を掻いて、
「いやあ、若気の至りという奴でして」
すると茜が、
「星一族の薫さんもそうですよ」
余計な一言を言ってしまい、葵に睨みつけられた。
「はあ……」
岩戸老人は呆れを通り越して、驚嘆していた。
「それで、浅田はどこにいるのかご存じですか?」
葵は茜を威嚇してから、岩戸老人を見た。
「浅田は軽井沢の別荘にいると思うよ。暑いのが嫌いな男だから、雪が降るまでそこにいるはずだ」
岩戸老人が言うと、
「雪が降るまで?」
葵は眉をひそめた。岩戸老人は笑って、
「奴は暑いのが苦手で、寒いのも苦手だから、雪が降ったら、沖縄の別荘に行くんだよ」
葵は目を見開いて、
「自分勝手な男みたいですね。懲らしめ甲斐があります」
指をぼきぼきと鳴らした。それを見て、茜はビクッとした。
「軽井沢の別荘は表向きは社員の保養所になっている。実際には、自分しか使っていないので、確かに自分勝手だね。沖縄の別荘もそうだよ」
「知り合いにマルサがいますから、その辺をきっちり詰めてもらいましょう」
葵はニヤリとした。
「それは面白いな。徹底的に詰めてもらおう」
岩戸老人もニヤリとした。
(葵お姉さん、また悪い癖が出そう)
美咲は顔を引きつらせた。
「別荘の実態を調査すれば、浅田に現物の役員報酬を支給したとみなして、所得税の過少申告に該当するかも知れませんね」
美咲が言い添えた。
「なるほど。場合によっては、実刑になるかな?」
岩戸老人は嬉しそうだ。
「それはどうでしょうね。浅田虎治郎は国税にも顔が利くでしょうから、お咎めなしの可能性がありますよ」
玄内が元も子もない事を言った。
「浅田の周りには、財務省のOBがゴロゴロいるから、国税にも圧力をかけられるか」
岩戸老人は腕組みをして唸った。
「だからこそ、私が行けば、何のしがらみもないから、圧力もかからないし、きっちり懲らしめる事ができるわ」
葵はフッと笑った。
「確かにな」
玄内は肩をすくめた。
「引退に追い込むくらい後悔させてやってくれ。あいつは財界の面汚しだから」
岩戸老人は憤激していた。
「もちろんです。二度と表舞台に立ちたくなくなるくらい、詰めてあげます」
葵は脚を組んでドヤ顔をした。
「あ」
その時、葵のスマホが鳴った。篠原からだった。
「お疲れ様。どうだった?」
葵がいつになく優しい口調で篠原に問いかけたので、
「どうしたんだね?」
岩戸老人は不思議に思って小声で茜に尋ねた。
「葵お姉さん、篠原さんに告白したんですよ」
茜も小声で応じた。
「ほお」
岩戸老人は目を見張った。
「そう。わかった。ありがとう」
葵はスマホをスーツのポケットに入れると、
「平屋幹事長は、病院に党幹部を集めて、幹事長を辞任する意向を伝えたそうです」
岩戸老人は頷いて、
「まあ、そうだろうな。星一族に殺されかけたんだ、怖くて政界にいられないだろう」
「薫とも一度きっちり話さないといけません」
葵は神妙な顔で告げた。
「彼女達の指名手配はまだ解けていないのだろう? 会って大丈夫なのかね?」
岩戸老人は事情を知らないので、葵を心配した。
「まあ、あの姉妹は警察に捕まっても、すぐに脱走してしまうでしょうから、通報するだけ無駄なんですよ」
葵は苦笑いをして応じた。
「なるほど。ところで、星三姉妹は三人共玄内さんの娘なのかね?」
岩戸老人は違うことが気になっているようだ。
「いえ、次女と三女は違います」
玄内は頭を掻きながら告げた。
「もしそうだったら、一族の長を解任して、親子の縁を切っています」
葵は冗談めかして言った。
「おい、葵……」
洒落にならなかったのか、玄内は顔を引きつらせた。美咲と茜は顔を見合わせた。
「玄内さん、葵さんもいい人が決まったようだし、そろそろ隠居ですかな?」
岩戸老人まで玄内をいじった。
「いやあ、まだ美咲と茜が嫁ぐまでは頑張りたいですね」
玄内は精一杯の冗談を言ったつもりだったが、美咲と茜に半目で見られ、落ち込んでしまった。
「私はもう婚約していますから」
茜が嬉しそうに岩戸老人を見た。
「ああ、例の警察庁の大原君かね?」
岩戸老人は手をポンと叩いた。
「はい、そうです。結婚式に招待しますので、絶対来てくださいね」
茜はニコニコした。
「それなら、なるべく早く頼むよ。老い先短い身なのでね」
岩戸老人は冗談のつもりだったのだが、
「わかりました。できるだけ早くします」
茜が真顔で応じたので、呆気に取られた。
「バカなんだから……」
葵は呆れて頭を抱えた。美咲は苦笑いをしていたが、
「そう言えば、美咲さんはどうなんだね?」
岩戸老人は話題を変えたいのか、美咲を見た。
「え?」
美咲は来るのではないかと思っていたが、まさかすぐに振られるとは思っていなかったので、ピクンとした。
「美咲さんは引く手数多なので、まだ決まっていないんですよ」
茜がまた余計な一言を発した。
「そうなのかね?」
岩戸老人は美咲に水を向けた。
「引く手数多なんて事ありませんよ。私、全然モテないので」
美咲は謙遜したのだが、
「それ、本気で言ってるの?」
葵が参戦して来た。
「ええ? どういう事ですか?」
美咲はギョッとして葵を見た。
「外務省君が聞いたら、ショックを受けると思うよ」
葵はニヤニヤした。美咲はムッとして、
「神戸さんはそういう方ではありません」
葵は肩をすくめて、
「前にも言ったと思うけど、神戸君の前でもそれ言えるの?」
美咲は顔を引きつらせた。
「それはええと……」
神戸が本気なのは美咲にもわかっているので、本人の前では言えないのだ。
「コワモテの刑事さんも、ショックだろうなあ」
茜が調子に乗って被せて来た。
「おやおや、私が知っている川本議員も合わせて、三人もいるのかね?」
岩戸老人は本当に驚いている顔だった。
「皆村さんも川本さんも、お付き合いをしている訳ではないです!」
美咲の声が大きくなった。葵はやり過ぎたと思って口をつぐんだが、
「私は、コワモテさんが結構お似合いだと思ってます」
茜はヘラヘラして続けた。
「茜ちゃん、後で覚えてなさいよ」
美咲は茜を睨みつけた。茜も美咲が本気で怒っているのを知り、顔を引きつらせた。
「ああ、すまなかったね、美咲さん。今時の会話ではなかった。許してくれ」
岩戸老人は事を収めるために謝罪した。
「いえ、その、大丈夫です」
美咲は岩戸老人に謝られたので、矛を収めるしかなくなった。
「まあ、取り敢えず、浅田のところへ挨拶に行って来ます。結果はまた追ってお知らせします」
葵は岩戸老人に頭を下げた。
「わかった。楽しみにしているよ」
岩戸老人は微笑んで応じた。
「俺も一緒に行くぞ」
玄内が言ったが、
「来ないで。お父さんが来ると、ややこしくなりそうだから」
葵にけんもほろろに断られた。
「ええ?」
まさか断られるとは思っていなかったので、玄内は露骨にがっかりした。
「しくじったのか? それで君はどうするのだ?」
軽井沢の社員保養所と表札を掲げている大きな別荘の書斎で、葉巻を燻らせてスマホで話している白髪の老人。濃紺のダブルのスーツを着こなし、黒の革張りの回転椅子に沈み込むように座っている。浅田虎治郎その人である。恰幅がいいので、シーツのボタンは弾け飛びそうである。
「なるほど。雲隠れという訳か? それで、平屋は詰め腹を切らせれたのか? 哀れだねえ」
浅田はフーッと煙を吐き出し、葉巻を灰皿にねじ伏せた。
「たかが探偵如きにそこまで警戒する君の気持ちがわからんよ。この別荘は最新の警備体制で守られている。ネズミ一匹入れはしない。心配無用だ。じゃあな」
浅田はスマホを切って、机の上に放った。




