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真の黒幕

 葵達は憔悴し切った与党進歩党の最高顧問である平屋ひらや広俊ひろとしを篠原護の実の姉である皐月さつき菖蒲あやめが勤務する大学病院に送ろ届けると、激怒する菖蒲を篠原に任せ、次の目的地へと向かった。

「やあ、葵ちゃん、美咲ちゃん、茜ちゃん、久しぶりだね」

 葵達が訪れたのは、表を蔦に覆われた古めかしい喫茶店だった。そこで待っていたのは、進歩党の前の最高顧問だった岩戸老人である。岩戸は久しぶりと言ったが、実際には連絡はまめに入れているので、葵はそれ程久しぶり感はない。岩戸老人は相変わらず紋付袴姿で、矍鑠かくしゃくとしていた。

「岩戸先生、お元気そうで」 

 葵は微笑んで応じた。岩戸老人は玄内に気づくと、

「おや、そちらの方は初めてだと思うが、どなたかな?」

 視線を向けた。葵は苦笑いをして、

「私の父です。玄内と言います」

 紹介した。岩戸は目を見開いて、

「ほお、そうでしたか。これはこれは、失礼しました。葵さんには何かとお世話になっております、岩戸です」

 頭を下げた。

「いやいや、こちらこそ、葵がご迷惑ばかりおかけして、もっと早くお詫びに伺わなければならないのに、またこちらの勝手でお呼び立てして申し訳ない事です」

 玄内は慌てて頭を下げ返した。

「お一人ですか?」

 葵は周囲にそれらしいお付きの人がいないので、岩戸老人の向かいの席に座りながら尋ねた。岩戸は席に戻って笑うと、

「議員を辞めて、只のジジイになったから、SPもおらんよ。まあ、その方が気楽でいいさ」

 葵は隣に座った美咲と顔を見合わせた。

「岩戸先生、私より美咲さんの方がよかったですか?」

 茜が隣に座った。六人掛けのボックス席なので、玄内が美咲の隣に座った。

「何を言っとるんだ、茜ちゃん。私はもうそんな元気はないよ」

 岩戸老人は頭を掻いた。

「元気がないって、美咲さんと何するつもりなんですか?」

 茜は容赦なく突っ込んだ。美咲は呆気に取られていて、葵はキッと睨んだのだが、茜は気づいていない。

「何って、男と女がする事といったら、ねえ、玄内さん」

 岩戸老人は苦笑いをして玄内に同意を求めたが、玄内は微笑んで、

「いや、娘と何をするおつもりかは存じませんが、お元気なのは良い事です」

 岩戸老人は玄内の言葉に驚き、

「いや、葵さんではなくて、美咲さんの事を言ったつもりなのですが……」

 すると葵が、

「実はですね……」

 事情を説明した。

「ほお……」

 岩戸老人はまた目を見開き、顎を右手で撫でた。

「それはまた羨ましい、あ、いや、その何だ、忍びの長とは大変なお立場のようですな」

 岩戸老人は、ご時世の流れをおもんぱかったのか、言葉を濁した。

「という事ですので、この三人は皆我が娘なのです」

 玄内が何故か誇らしそうに言ったので、葵は玄内を睨み、

「偉そうにいう事じゃないでしょ! 元はと言えば、お父さんがいい加減だから、そういう事になったのよ!」

 美咲を押し退けて怒鳴った。

「葵お姉さん、ここ、お店ですから」

 美咲がいきり立つ葵を宥めた。すると岩戸老人が、

「構わんよ。ここは私の店だから、他に誰も客はいない。だからここにしてもらったんだよ」

 大笑いした。

「す、すみません……」

 葵は自分の行動を恥じ、謝罪した。

「さてと。そろそろ本題に入ろうか。確か、平屋のバカ者を病院に連れて行ってくれたそうだね?」

 岩戸老人は微笑んで葵を見た。

「ああ、はい。しばらく入院になりそうです。もう少し発見が遅かったら、命に関わるところでした」

 葵は薫がその場で平屋を殺さなかったのは簡単に死なせるのは面白くないと思ったのだろうと推測した。

「あいつはそんな簡単に死にはしないさ。進歩党の最後の悪党だからね」

 岩戸老人はあっけらかんとしている。

「それから、奴がロシアとつなぎを取ろうとしていたというのは、ちょっと眉唾だな」

 岩戸老人の言葉に葵達はハッとした。岩戸老人は葵達を見渡して、

「奴はむしろ、中国に太いパイプを持っている。ロシアは門外漢だよ」

「え? そうなんですか?」

 葵は面食らって、美咲と顔を見合わせた。

「それから、君達にいろいろと妨害されたと言ったそうだが、直接痛手を被ったのは、今は平議員の橋沢龍一郎だ。平屋は橋沢が失脚したおかげで幹事長になれたのだから、君達には何の恨みもないし、むしろ感謝している立場のはずだよ」

 岩戸老人の話は、葵達には驚く事ばかりだった。

「という事は?」

 葵が先を促した。岩戸老人は頷いて、

「平屋の更に背後に真の黒幕がいる。そいつこそ、ロシアに太いパイプを持っている男だよ」

 葵と美咲は息を呑んだ。

「なるほど。今は隠居をしているようですが、政財界に未だに隠然たる影響力を持っている浅田虎治郎。浅田製薬の相談役」

 玄内が口を挟んだ。岩戸老人は玄内を見て、

「さすがですな。浅田の事をよくご存じのようで」

「浅田製薬と言えば、表向きは製薬会社ですが、浅田虎治郎が個人的に所有している株式を調べると、名だたる大企業にその名を連ねている大株主。自動車、ゼネコン、スポーツ、メディアに至るまで、彼の影響下にない業界はないと言われる程ですよね」

 美咲がパソコンを取り出して検索してみせた。

「どうしてそんな大物が私らを狙っていたのですか?」

 葵は岩戸老人を見た。岩戸老人は、

「君達が大統領と補佐官の悪事を暴いて、アメリカの政財界を震撼させた事があっただろう? あの時、浅田はアメリカ株で大損したらしいんだよ。それが理由だと思われる」

 葵は眉をひそめて、

「あれは一切表には出ていないはずです。何故浅田が知っているんですか?」

 岩戸老人は腕組みをして、

「橋沢のお喋りが告げ口したんだよ。それしか、漏れる可能性はない」

 葵は両手の拳を握りしめて、

「あのオヤジ、まだ逆恨みしているんですか!? もう一回とっちめてやらないとダメですね」

 息巻いた。

「まあ、浅田をとっちめてからの方がいいね。橋沢のような小者はいつでもとっちめられるから」

 総理大臣まで務めた人物を小者と言ってしまう岩戸老人である。

「しかし、浅田が天一族の事を知っているとは思えない。誰かが間に入り、動いていると考えた方がいい」

 玄内が提言した。

「それはむしろ、炎堂の方が接触したと考える方がいいと思う。奴は世界に羅刹を広めるつもりだったのだから」

 葵は玄内を見た。

「その橋渡しを、まさに橋沢がしたのだろう。奴は私が動いているのをどこで知ったのか、すでに雲隠れしている」

 岩戸老人は肩をすくめた。

「相変わらず、そういうのは鼻が効くんですね」

 葵は溜息を吐いた。

「そして、自分の名前が出るのを恐れ、平屋に押し付けた。平屋は悪党だが、義理堅いので、橋沢の名を出す事はないと踏んでいるのだろう」

 岩戸老人は続けた。

「だが、今度は逃げ切れんよ。天乃炎堂は、配下の天乃無堂を使って、公安調査庁の人間を何人も殺させている。公安が地の果てまでも追い詰めて、橋沢を確保するさ」

 葵は公安調査庁の執念深さはよく知っているので、橋沢が遂に観念する時が来たと思った。

「あ、大原さんからです。無堂と炎堂を確保して、これから長野県警で取り調べるそうです」

 茜がスマホを見ながら告げた。

「無堂と炎堂も入院するみたいで、治療が終わってから取り調べみたいですね」

 茜は苦笑いをした。

「葵さん、またやり過ぎたのかな?」

 岩戸老人が尋ねた。

「いえ、私ではないです。私の異母姉の天音とその母の小夜がちょっと恨み骨髄のため……」

 葵は何をしたのか具体的には言わなかった。

「そうなのか。何をしたのかね?」

 岩戸老人が重ねて訊くと、

「実はですね……」

 玄内が話してしまった。美咲は赤面してしまい、葵と茜は俯いてしまった。

「それはそれは……」

 岩戸老人も男なので、炎堂と無堂の痛みを想像して顔を歪めた。

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