黒幕の正体
気を失った炎堂は美咲と茜によって両手両足を縛られ、倒されずに残った大木の幹にくくりつけられた。屋敷の中で動けなくなっていた無堂も篠原と玄内が縛り、同じく大木の幹に炎堂と隣り合わせにくくりつけられた。
「貴様に乗せられた結果がこれだ! どうしてくれるんだ!?」
無堂が炎堂に怒鳴り散らした。
「うるさい! お前が自分でやらせてくれって言って来たんだろう? 何を今更俺のせいにするんだよ!」
炎堂は怒鳴り返した。
「やかましんだよ!」
玄内が二人の口に落ちていた小枝を噛ませて猿轡の代わりにした。それでも二人はぎゃあぎゃあ騒ぎ立てたので、
「うるさい!」
葵がグーで頭を殴った。それでようやく二人は静かになった。
「大原さんに事情を説明して、無堂は公安調査庁の職員を殺害した罪で連行してもらいます」
茜が告げると、無堂がまた何かを叫び始めた。だが、葵に睨まれ、おとなしくなった。
「炎堂は無堂と共同正犯か、共謀共同正犯かで、判断が分かれるかもね」
葵は無堂と炎堂を交互に睨んだ。無堂はおとなしいままだったが、炎堂は葵を睨み返した。
「それから、おっさんの背後にいる黒幕を聞き出さないとな。警察じゃ無理そうだから、俺のところで吐かせようか?」
篠原が嬉しそうに葵に提案した。
「あら、防衛省にそんな恐ろしい部隊がいるの?」
葵は目を見開いてわざとらしく尋ねた。篠原は肩をすくめて、
「表沙汰にはできないけど、いるんだなあ、これが」
何故か得意そうに応じた。
「吐かせるまでもありません。おおよその見当はついています」
小夜が口を挟んだ。
「え? そうなのか、小夜さん?」
何故か嬉しそうに小夜に近づく玄内だったが、美月と紅に止められた。美咲と茜はそれを見てクスッと笑った。
「私と天音は、炎堂に操られてはいましたが、その間の記憶は残っています。炎堂が取引していたのは、ロシアです」
小夜の言葉に篠原はギョッとした。
「ええ!? そんな国際的な感じなんですか?」
葵も玄内ももちろん、美月、紅、美咲、茜も驚いている。
「ロシアは今、戦闘員不足です。動員をかければ、国内で人は集まるでしょうが、それでは膠着状態を抜け出せません。圧倒的な戦力を獲得するために、そして、炎堂は世界に乗り出すために、利害が一致したのでしょう」
玄内は眉間にしわを寄せて、
「そうか、羅刹の輸出をするつもりだったのか? そんな事が可能なのか?」
また小夜に近づこうとしたが、美月と紅ががっちり腕を掴んで止めた。
「今となっては、羅刹の気を会得する方法は炎堂しか知りません。それを伝授できるかは未知数ですが、炎堂だけでも、通常の戦闘員の何百倍も戦えるでしょうし、忍びの実力があれば、戦わずして敵地を占領もできます」
小夜の言葉に篠原は、
「まるでかつてのイスバハンじゃないか……」
葵を見た。葵は炎堂に詰め寄り、
「何をバカな事を考えているのよ!? 現時点でも、多数の死傷者を出しているのに、そんな事をしたら、止め処ない事になるでしょう!」
襟首を捻じ上げた。
「そいつはそれだけで終わるつもりはなかったろうな。世界にはもっとたくさん紛争状態の地域がある」
玄内は葵を止めながら言った。
「炎堂は異能の力で、私と天音をその最前線に行かせようと考えていました。他の一族の者達も同様に」
小夜の言葉に玄内が炎堂の襟首を捻じ上げた。
「てめえ、小夜さんと天音ちゃんにそんな事をさせるつもりだったのか!?」
あまりの強さに炎堂の呼吸を止めそうになったので、
「ちょっと、何してるの!」
今度は葵が玄内を止めた。
「だが、おっさんにそんな伝手があるのか?」
篠原は葵を見た。葵は頷いて、
「日本政府あたりに協力者がいないと、無理ね。ロシアに伝手がある政治家が絡んでいるわ」
また炎堂に詰め寄った。そして、小夜に目を向けた。
「それは私達は耳にしていません」
小夜は残念そうに葵を見た。
「私も」
天音が言った。
「だったら、また岩戸の長老に訊くしかないか」
篠原が呟いた。
「神戸さんにも訊いてみます」
美咲が言うと、
「神戸さん、美咲さんの電話に出てくれます?」
茜がニヤリとして口を挟むと、
「出てくれるわよ!」
美咲はムッとして茜を睨みつけた。
「ロシアとつながっているのは、何も政治家だけじゃない。今回の戦争で、大損をしている企業もいる。そこらへんも突っついてみる必要がありそうだ」
篠原の言葉を受けて葵が、
「そうね。そっちはあんたに任せる」
「おう!」
篠原は葵に頼られて嬉しいのか、ニコニコした。
「それはこの人に尋ねるのが早いですよ」
小夜はスッと炎堂の前に立つと、
「素直に吐きなさい。吐かないと、わかっているわね」
いきなり股間を掴んで力を入れた。
「がああああ!」
炎堂は冷や汗を垂らして叫んだ。小夜の行動に玄内は驚いてしまい、動けなくなった。葵と美咲は顔を赤らめ、大原と連絡を取っていた茜は何が起こったのかわからず、キョトンとしている。
「なるほど。この攻め方が、殿方には一番ですね、玄内様」
美月と紅が玄内に詰め寄った。
「や、やめてくれよお……」
玄内は顔を引きつらせた。篠原は炎堂の痛みがわかるので、苦笑いをした。
「言う、言うから、やめてくれえ!」
猿轡にした小枝を取ると、炎堂は涙ぐんで叫んだ。
「そう。じゃあ、言いなさい」
小夜は手を緩めて炎堂に顔を近づけた。炎堂は汗まみれになり、黒幕の名を告げた。
「そう。ありがとう」
小夜は微笑んで応じると、
「ぐぎゃああ!」
もう一度炎堂の股間を強く握りしめ、遂に潰してしまった。炎堂は痛みのあまり、気絶した。
「ひいい……」
それを見ていた玄内と篠原、そして無堂までもが、顔を引きつらせた。
「やっと恨みを晴らせました」
にっこり笑って小夜が振り返ったので、
「そ、そうですか」
葵と美咲は顔を引きつらせて微笑み返した。
「お母様、両方潰してしまったの? 一つは私に残して欲しかったわ」
天音がしれっとした顔で告げたので、茜は唖然とした。
「あら、ごめんなさいね、天音」
小夜は微笑んだ。そして無堂を見て、
「こっちにまだ二つ残っているわよ」
それを聞いた無堂は、
「いや、その、小夜様、それはないですよ。私は別に貴女達には何も……」
必死になって弁明したが、
「そうですね、残っていましたね」
天音は無堂に近づくと、容赦なく股間を握った。
「ぎゃあああ!」
しかも、炎堂と違って、猶予も与えられず、そのまま一気に潰されてしまった。無堂は目を見開いたままで気を失っていた。
「うわ……」
今度は見ていた茜は呆気に取られていた。
「あれは、最後の手段ですからね。すぐに使ってはダメよ」
美月と紅は美咲と茜に念を押した。
「使いません!」
美咲はムッとして母親に言い返した。
「そ、そうね」
茜は苦笑いをして応じた。
「あんたも同じだからね」
葵は篠原に囁いた。
「あ、ああ……」
篠原は青ざめた。
(俺の場合、ちょん切られて、潰されるかも……)
身震いしてしまう篠原であった。
(阿部定事件より怖い結末かよ)
篠原はがっくりと項垂れた。
やがて、無堂と炎堂は警察の到着を待つために屋敷の中へ運ばれ、葵達は玄内が乗って来たワゴン車に同乗する事になった。
「護様」
葵が玄内と揉めている隙に、天音がそっと篠原に近づいた。
「何ですか、お義姉さん?」
篠原は葵の様子を伺いながら、天音を見た。
「お義姉さんだなんて、他人行儀ですね。天音でいいですよ」
天音は篠原に胸を押しつけて来た。
「あ、いや、その……」
篠原はギクッとして天音を押し退けた。
「つれないのね、護様は」
天音は微笑んで、
「待っていますね。葵さんと喧嘩したら、いつでもいらっしゃってくださいね」
そして去り際に、
「貴方の子種は冷凍保存していますので、気が向いたら、使いますよ」
止めの一撃を食らわして、小夜と共に屋敷の中へ行ってしまった。
(うわあ……)
ある日突然、
「貴方の子です」
天音が月一族の里に現れる恐怖を思い、篠原はまた身震いしてしまった。