無双無敵の者VS羅刹
葵はかつてない程怒っていた。篠原を殺そうとしている炎堂に対して、殺意すら覚える程であった。
(葵が俺のために怒っている。感激だ……)
篠原は葵の後ろ姿に不適切な事を思い巡らせていた。
(俺って、胸が小さいのが好みなんだよな)
更に葵が知れば激怒するような妄想をしていた。どうしようもないバカである。
「貴様が仮に藍の子だとしても、差し支えない。俺の方が遥かに強いのだからな!」
炎堂は大笑いをして葵を見た。そして篠原を睨み、
「お前も男なら、子種がない事をどれ程悔しく思うか、わかるだろう? それにも関わらず、それを笑ったお前は、絶対に許さん! 八つ裂きにしてやる!」
篠原はまだ自分に怒りの矛先を向けている炎堂にギョッとした。
(こいつ、根に持つタイプなのか?)
葵はそれでも、
「だから、護は殺させない! あんたなんか、叩きのめしてやる!」
気を高めて、炎堂へ突進した。
「バカめ、貴様如き、一捻りにしてやる!」
炎堂は笑みを浮かべて葵を迎え撃った。
「ぬあ!」
しかし、攻撃を仕掛けたのは、葵だけではなかった。薫が小刀で炎堂の脇腹を刺しており、天音が炎堂の首の後ろをハイキックで蹴っていた。炎堂は地面に倒れ、転がった。
「卑怯な……!」
炎堂は歯軋りして薫と天音を見上げた。
「何が卑怯だ。お前が束になってかかっても無駄だと豪語したのだぞ?」
薫が蔑んだ顔で炎堂を見た。
「その通りだ。今更何を言うか!?」
天音が怒鳴りつけた。
「おりゃ!」
そこへ容赦なく葵が踵落としを決めた。
「がはっ!」
炎堂は踵落としを脳天に喰らい、地面に仰向けに倒れた。
「いけるか?」
玄内が呟いた。すると小夜が、
「いいえ、この程度でやられる羅刹ではありません。もっと畳みかけないと、炎堂が回復してしまいます」
玄内は小夜の言葉にビクッとした。
「まだダメなのか、小夜さん?」
玄内は小夜を見た。小夜は頷いて、
「羅刹になった者は、防御に回ると脆いのですが、それでも回復力は人外並みです。回復より早く叩かないと、止め処なく同じ事を繰り返すようになります。もっと連続して攻撃しなければ、勝てません」
炎堂が立ち上がるのを見た。
「なるほど、さすがに羅刹と呼ばれるだけの事はあるな。ならば、戦い方を変える!」
薫は小刀をもう一振り出した。
「だから、殺したらダメだって、薫!」
葵が叫んだが、
「いえ、殺す気でかからないと、この男を止める事はできません、葵さん」
天音が口を挟んだ。
「そうだ。俺は先程の攻撃くらいでは、かすり傷にもならんぞ。もっと攻めて来い」
炎堂は脇腹の血を右手で拭うと、舌で舐めた。
「そうさせてもらう!」
薫は小刀を両手で持つと、炎堂に接近した。天音もそれに呼応するように間合いを詰めていく。
「もう!」
葵は仕方なく、それに追随して炎堂に近づいた。
「小夜さん」
玄内が小夜に近づいた。美月と紅がムッとしたが、
「羅刹になった者は人でなくなるんだよな?」
玄内は小夜に耳打ちした。小夜はそれを、
「ああん……」
気持ちよかったのか、色っぽい声を出した。
「いや、そんなつもりはないので……」
玄内は殺気を感じて美月と紅を見た。
「はい、そうです」
声を出してしまった事を恥じたのか、小夜は顔を赤らめて応じた。
「それなのに、炎堂はまだ人じゃないか? おかしいと思うんだよな」
玄内は葵達の攻撃を反撃して打ち払っている炎堂を見た。
「そうですね。何故なのか、私にもわかりません」
小夜は首を傾げた。
「そうか……」
玄内は小夜の返答にガッカリした。
(奴は葵の鬼の行の気を吸って更に強くなったはずなのに、三人の攻撃に苦戦しているように見える。そこに何かあるのか?)
玄内は眉をひそめて、
「それから、奴は俺の妻だった藍を知っているような口ぶりなのも気になる。どういう事なのだろう?」
独り言を言うと、
「それは、藍が炎堂の許婚だったからです」
小夜の衝撃の言葉に玄内は思わず、
「何だって!?」
大声を出してしまった。美咲と茜、そして美月と紅が玄内を見た。
「もしかして、藍は天一族なのか?」
玄内は声を低くして尋ねた。小夜は玄内を見て、
「藍は私の妹です」
「ええ?」
玄内だけではなく、美月と紅も声を上げた。
(そう言えば、小夜さん、どことなく葵お姉さんに似ている気がする)
美咲は小夜を見つめた。
「ですが、藍は里子に出され、違う姓を名乗っていました」
小夜の言葉に玄内は苦笑いをして、
「そうだったのか。旅先で出会った藍に妙に惹かれて口説いてしまったのは、小夜さんに似ていたからなのか」
小夜は玄内を見つめて、
「その言葉、とても嬉しいです。藍には悪いですけど」
美月と紅からの殺気を感じた玄内は顔を引きつらせた。
「小夜さん」
玄内も小夜を見つめた。
「何してるのよ、バカ親父!」
それに気づいた葵が叫んだ。
「あ、すまん」
玄内は我に返って葵に謝った。
(何て事なの? 小夜さんは母の姉。という事は、私の伯母?)
葵は想像の遥か上をいく展開に驚きながらも、炎堂に攻撃を続けた。
「とんだ父上だな」
薫は呆れながら炎堂を斬りつけた。
「藍は炎堂の暴力に堪えられず、逃げたのです。そのさなか、玄内様と出会ったのでしょう」
小夜の話は続いていたが、葵、薫、天音と炎堂との戦いは更に凄まじさを増していった。炎堂は三人の攻撃を受けながらも、気弾を放ち、反撃を続けていた。周囲の木々が次々に薙ぎ倒され、さながら嵐のような状態になっていた。
「そうだったのか。だから、藍は憔悴していたのか……」
玄内はその当時を思い出し、涙ぐんだ。
「なるほど、お前は藍に似たのか?」
炎堂は葵を見てニヤリとした。
「はあ? 母に似ているのは当たり前でしょう?」
葵はムッとして踏み込み、炎堂の顔面を殴りつけた。
「そうだな。似ているのは当たり前だ。藍も姉の小夜と違って、貧相な身体だったからな」
炎堂は葵の胸を見て笑った。
「何ですって!?」
葵は激怒した。
「私の事だけならまだしも、母まで侮辱するのは絶対に許せない!」
葵の猛攻が始まった。薫も天音も手出しできない程、それは激しかった。
「葵さん!」
天音は葵の激怒ぶりに目を見張った。
(水無月葵、まだそんな力があったのか?)
薫は葵の潜在能力を見て、驚いていた。
「ぬお!」
炎堂は葵の猛攻に押され気味になり、後退った。
「決めちまえ、葵!」
篠原が叫んだ。葵はそれに応えるように攻撃を続けた。
「く……」
炎堂は次第に防戦一方になり、膝を崩した。
「おりゃあ!」
葵の右回し蹴りが決まり、炎堂は涎と血が混じったものを吐き出しながら、もんどり打って仰向けに倒れた。
「よし!」
玄内がガッツポーズを決めたが、
「まだです。回復する隙を与えてはダメです! 天音、畳みかけなさい!」
小夜が怒鳴った。天音はハッとして炎堂に向かった。薫もそれに続くように走った。
「がああ!」
炎堂は血を吐き散らしながら起き上がり、向かって来る天音と薫を睨んだ。
「いい加減、死ね!」
薫が小刀を振るって炎堂に斬り込んだ。炎堂はそれをかわすと、薫の髪を掴み、地面に叩きつけた。
「かはっ」
薫は顔面を打ち、鼻血を噴き出した。
「はあ!」
天音は炎堂にハイキックを見舞った。しかし、炎堂はそれを受け止め、天音をそのまま投げ飛ばした。天音は倒木の中に突っ込んでしまった。
「炎堂!」
葵が続いて仕掛けた。炎堂は葵の正拳突きを受け止め、一本背負の要領で投げた。葵は空中で回転して着地すると、その反動を利用して炎堂に右の飛び蹴りを見舞った。しかし、炎堂はそれをかわし、葵の右脚を掴むと、
「脚は綺麗だな」
ペロッと舐めた。
「ひいい!」
そういう変態的な攻撃には弱い葵は悲鳴をあげて硬直した。炎堂はそれを見て取ると、葵をそのまま地面に叩きつけた。
「ぐう……」
葵は呻き声をあげてうつ伏せに倒れた。
「強い……」
美月は呆気に取られた。紅、美咲、茜も同様だった。