鬼VS羅刹
「羅刹は無敵! 鬼の行など児戯に等しい!」
炎堂は葵を罵り、突きを繰り出した。
「遅いのよ、炎堂!」
葵はそれをかわすと、よろけた炎堂の背中に裏拳を叩き込んだ。
「グオ!」
炎堂は呻き声をあげて、地面にうつ伏せに倒れた。
「やった!」
茜はガッツポーズをした。しかし、葵は戦闘態勢を解いていない。
「いえ、まだよ」
美咲は眉間にしわを寄せた。
「え?」
美咲の表情を見て、茜は顔を引きつらせた。
「舐めるなよ、水無月葵。羅刹の力はこの程度ではない!」
炎堂は飛び起きると、葵を睨んだ。そして、
「はああ!」
雄叫びを上げ、闘気を発した。
「何?」
葵は炎堂が何をしようとしているのかわからず、眉をひそめた。
「ぐ……」
その途端、小夜が苦しみ始めた。
「ううう……」
更に天音も苦悶の表情を浮かべ、片膝を突いた。
「小夜、天音、お前達が作り出した憎しみの気、俺によこせ! それこそが羅刹の力の源!」
炎堂は高笑いをして小夜と天音に両手を突き出した。
「何が始まるの?」
葵は炎堂と小夜、天音を交互に見た。
「気を吸い取っているのか?」
薫が呟いた。
「遠隔操作できるというのか?」
玄内は目を見張った。
「羅刹の力の源は憎しみ。それを得る事によって、無限に強くなれる。月一族の鬼の行とは次元が違うのだ!」
炎堂は蔑んだ目で葵を見た。
「くうう……」
小夜と天音はその場に倒れ伏してしまった。
「まだ足らぬ。お前もよこせ、星薫!」
炎堂は薫に右手を突き出した。
「くはっ……」
薫は歯軋りして堪えていたが、遂に両膝を突いてしまった。
「何故薫さんが?」
茜が涙ぐんだ。
「薫は小夜さんの気を吸ったから、小夜さんの憎しみの気を取り込んでいる、という事ね?」
葵は炎堂を睨みつけた。
「そういう事だ。俺の策を憎むがいい、水無月葵。そうすれば、俺が全部その憎しみの気を吸い取って強くなってやる」
炎堂は高笑いをした。
「炎堂……」
薫は炎堂を睨みつけた。
「そうだ。そうやって俺を憎め、恨め。負の気は羅刹の力となる。さ、もっと憎め!」
炎堂は薫をせせら笑った。
「惑わされるな、葵。炎堂は誰の憎しみの気も吸い取れる訳ではない。小夜さんの気を吸った薫だから吸い取られた。だから、炎堂は小夜さんと天音ちゃんを操って、俺達を憎ませ、負の気を増幅させたんだ」
玄内が真顔で告げた。
「余計な事を! 貴様を先に始末する!」
炎堂は玄内に標的を変更した。
「美咲、茜、小夜さんと天音さんを避難させて。これ以上、炎堂の糧にされないように」
葵は炎堂を睨んだままで言った。美咲と茜は小夜と天音を抱きかかえるようにしてその場から離れた。
「構わんさ。もはやその二人は利用価値のない存在。どこへでも連れて行け。あとは星薫の憎しみの気を全て吸い取るのみ」
炎堂はニヤリとすると、玄内に突進した。葵はハッとして炎堂を追撃した。
(薫もダメージを受けている。美咲と茜では太刀打ちできない。だとすれば……)
葵は篠原をチラッと見た。篠原はそのアイコンタクトに頷き、走った。
「がはあ!」
玄内は炎堂の飛び蹴りをかわし切れず、地面を転がった。
「炎堂!」
葵は炎堂に飛びかかった。炎堂は葵を見ずに裏拳を繰り出した。葵はそれを見切ると、炎堂の前に回り込み、両腕をクロスさせて炎堂の喉を狙った。
「笑止!」
炎堂は葵の攻撃をしゃがんでかわし、葵の腹にアッパーカットを見舞った。
「ぐふっ……」
葵はそのまま仰向けに倒れた。炎堂は続けて葵を攻撃しようとしたが、
「どあ!」
薫の右回し蹴りを喰らってもんどり打った。
「くそ、何故動ける?」
炎堂は口から流れた血を右手で拭うと、薫を見た。
「性欲の権化の気を吸い取った」
薫は地面に突っ伏している篠原を見た。
(すまない、葵。俺じゃ無理だとわかったので、薫ちゃんの回復を優先した)
合わせる顔がないので、篠原は地面に顔を埋もれさせている。
(情けないわね、全く)
葵は呆れたが、
(確かに、ここは薫を回復させるのが最善かもね)
葵はそう判断すると、炎堂に向かった。
「あんたには訊きたい事がある。だから、力ずくで吐かせる!」
葵は炎堂に連続技を繰り出した。突き、蹴り、正拳、裏拳、回し蹴り、膝蹴り。しかし、炎堂はそれを全てかわし、反撃して来た。
「くう!」
葵はまさか全部かわされると思っていなかったので、炎堂の反撃に一瞬怯んでしまい、正拳突きを顔面に喰らってしまった。
「貴様は私が殺す!」
薫は膝を突いたのが屈辱だったらしく、猛攻を仕掛けた。それでも炎堂は薫の攻撃をかわし、彼女の顔面を裏拳で殴った。
「ぐう!」
薫は鼻血を撒き散らして後退した。
「姉さん!」
篝と鑑が叫んだが、
「お前達は手出しするな。足手まといだ」
薫は妹達を睨みつけて威圧した。篝と鑑はその迫力に硬直した。薫は鼻血を拭うと、
「貴様は只殺さない。徹底的に甚振って殺す!」
また炎堂に猛攻を仕掛けた。炎堂は薫の攻撃をことごとくかわした。
(薫も以前よりずっと強くなっているのに、攻撃が当たらない。どうする?)
葵は薫と二人で仕掛ければ、炎堂を止められると考えたのだが、薫が苦戦しているのを見て迷った。
「葵、お前の戦略は間違っていない。戦術を変えろ!」
起き上がった玄内が叫んだ。
(戦術を変えようにも、薫が連携してくれない。こうなったら、私が薫に加勢する形で……)
葵は薫が炎堂に仕掛けるのを助けるために動いた。炎堂が薫の攻撃をかわすところへ反対側から攻撃を仕掛けた。
「温い!」
炎堂は葵の攻撃をかわして、葵と薫が同士討ちするように動いた。
「わわ!」
葵は慌てて薫に当たりそうになった拳を引いたが、薫は構わずに葵を殴って来た。
「ちょっと!」
葵は直撃を免れたが、左頬を掠められて血を流した。
「ちゃんとかわせ、姉上」
薫は無表情に言い放った。
「あんたねえ!」
葵はそこまで叫んでハッとした。
(もしかして……)
薫は葵に合わせようとしてくれているのだと理解した。
(それなら!)
葵は隙ができたと考えた炎堂が仕掛けて来たのを見て、攻撃はせずに引いた。
「逃げるか、水無月葵!?」
炎堂が激怒して更に葵に迫った。その時、薫が炎堂の背後を取り、首筋に手刀を叩き込んだ。
「グア!」
不意を突かれた炎堂は前のめりに倒れた。
「小賢しい事を!」
炎堂は薫を睨んですぐに立ち上がると、
「気を吸い尽くしてやる!」
薫に右手を向けた。
「隙あり!」
葵はすかさず炎堂の背中を右のミドルキックで攻撃した。
「おお!」
薫と葵の連携攻撃が機能し始めたので、玄内はガッツポーズをした。
「さすが、我が娘達! 形勢逆転だ!」
嬉しそうに言ったのだが、葵も薫も無視した。玄内は美月と紅を見たが、無表情だった。美咲と茜は離れたところまで小夜と天音を連れて行ったので、こちらを見ていない。更に篠原はまだ突っ伏したままである。
(どの攻撃よりも、ダメージがでかいぞ……)
玄内は涙ぐんでいた。
「くは……」
薫はまた気を吸われていた。顔が歪み、苦しんでいる。
「薫!」
葵は炎堂の集中を切らせるために背後から攻撃したが、
「邪魔だ!」
葵を見ずに右回し蹴りをして来た。
「うわ!」
葵はそれをかろうじてかわした。
「くうう……」
薫は気を大量に吸われて、また両膝を突いてしまった。
「そのまま息絶えろ、星薫!」
炎堂の顔がまさに羅刹と化し始めた。目は血走り、口が大きく裂けたようになった。
「人でなくなる……」
離れて見ていた小夜が呟いた。美咲と茜はギョッとして炎堂を見た。
「止めないと……。羅刹になってしまったら、炎堂は日本中で殺戮をして、命が尽きるまで人を殺し続けます」
小夜の言葉に天音は目を見開いた。
「止めるにはどうすればいいのですか?」
美咲が小夜に尋ねた。茜は黙って答えを待っている。
「殺めるしかありません。それ以外、炎堂を止める手立てはありません」
小夜は目を潤ませて告げた。美咲と茜は息を呑んだ。