玄内の覚悟
「ここから先は、俺の戦いだ。誰も手を出すな!」
玄内は進み出て叫んだ。
「そんなに死にたいか、水無月玄内! ならば望み通りに殺してやる!」
小夜が目を血走らせて玄内に向かう。
「お父さん!」
葵が叫んだが、間に入る事はできなかった。葵よりも遥かに速く動いた小夜が玄内に襲いかかっていたのだ。
「くっ!」
玄内はかろうじて小夜の突きを両手で止めていた。
「玄内ィ!」
小夜はまた血の涙を流していた。意に反する動きを強いられ、心と身体が鬩ぎ合っているのだ。
「玄内様!」
美月と紅が涙を流して叫んだ。美咲と茜は互いに手を合わせて見守っている。
「小夜さん、もうよそう。楽になろうよ」
玄内は微笑んで小夜を見た。
「うるさい! お前は殺す!」
小夜は血の涙を流しながらも、まだ怒りの感情を爆発させた。その時だった。
「小夜さん」
玄内は不意に小夜の唇を自分の唇で塞いだ。
「え?」
美月と紅は目を見張った。美咲と茜は顔を赤らめた。
「はあ?」
葵は呆れ顔になった。
「大胆だな、親父殿」
篠原は羨ましそうに見ていた。
「……」
天音は呆気の取られており、薫は無表情に見ていた。篝と鑑はポカンとしていた。
「貴様、どこまで腐っておるのだ、玄内!」
起き上がった炎堂が怒鳴った。
「離れろ、玄内! 小夜は我が妻だ!」
炎堂は二人に駆け寄った。
「邪魔はさせない!」
美月と紅が動き、炎堂の前に立ちはだかった。美咲と茜もそれに続いた。
「もうここで終わりにする!」
天音もそれに加わった。
「あんたの味方はここにはいないわ、天乃炎堂!」
葵が一番前に進み出て告げた。そして、チラッと玄内と小夜の方を見た。二人はまだ口づけを続けていた。
(エロ親父、どういうつもりかわからないけど、今は貴方に賭ける)
葵はもう一度炎堂を見た。
「おのれ……」
炎堂も葵達全員を相手に勝てると思っていないのか、歯軋りしている。
「玄内様……」
玄内が唇を離すと、小夜が言葉を漏らした。目はトロンとしており、先程までの闘気は微塵もない。
「お母様!」
天音が涙を浮かべて近づいた。
「小夜さん、やっと抜け出せたか」
玄内は小夜を見て微笑んだ。そして、血の涙の跡を指で拭った。
「助かりました、玄内様。そしてまた、貴方の愛を感じられて、嬉しいです」
小夜は涙を流して玄内に抱きついた。美月と紅はムッとしたが、堪えた。
「お父様」
天音は玄内に声をかけた。
「天音、お前も戻れたのだな。よかった」
「はい」
天音も玄内に抱きついた。
「おお……」
それを篠原が羨ましそうに見ていたので、
「バカ!」
葵が気づいて、頭を叩いた。
「いで!」
篠原は結構強く叩かれたので、声を発した。
「おい、まだ決着はついていないぞ」
薫が冷静な声で伝えた。
「む?」
葵は炎堂を見た。炎堂の身体から、異様な気が発していた。
「何だ?」
篠原も炎堂を見た。
「まさかこうも早く、天音と小夜を連れ戻されてしまうとは思っていなかったよ。月と星をもっと早めに潰しておくべきだったかな」
炎堂はニヤリとして葵達を見た。
「まさか……」
それを見た小夜が目を見開いた。
「お母様、これは……」
天音も警戒して炎堂を見た。
「遂に正体を表したな、炎堂。貴様、誰に頼まれた?」
玄内は小夜を庇うようにして立つと、炎堂を睨みつけた。炎堂は高笑いをしてから、
「そんな事を知る必要もあるまい、玄内。貴様らはもうすぐ皆死ぬのだからな」
すると小夜が、
「玄内様、危険です。炎堂が使っているのは、我が一族に伝わる秘技の羅刹です。羅刹を成す者、人に非ず。そう伝えられています」
「何?」
玄内は小夜を見た。
「その秘技は天一族で成した者はいないとも伝えられています。何故炎堂がそれを?」
小夜は首を傾げた。
「お前の父親に教わったからだよ、小夜。そして、その事を知っているのはお前の父親だけだったので、死んでもらった」
炎堂はヘラヘラとしながら言った。
「だが、お前も羅刹を知っていたのだな。まあいい。お前と天音はもう一度縛り直して奴隷とする故、生かしておくよ。ありがたく思え」
炎堂の目は狂気が宿っていた。
「貴様、我が父を殺めたのか!?」
小夜が怒鳴った。玄内は小夜を宥めて、
「小夜さんはもう戦わなくていい。この人の皮を被った化け物は、俺が退治する」
前に出た。
「でも玄内様、相手は魔物同然。このままでは勝てません」
小夜が玄内の背中に縋りついた。
「魔物?」
玄内が小夜を見た時、
「そうだ。俺はすでに人を超えた存在。誰も俺を止められない」
炎堂は近くにあった大木を一瞬で何本も薙ぎ倒した。
「ええ!?」
怪力の美咲と美月も驚く程の威力である。
「これはほんの小手調べだ。本気を出せば、貴様らなど、赤子同然に殺せる」
炎堂はまた高笑いをして一同を見渡した。
(ならば、最初からそうすればよかったはず。なのに炎堂は小夜さんと天音さんを使って俺達を殺そうとした。何故だ?)
篠原は炎堂のやり方に疑問を感じていた。
(そうか、奴は羅刹になるために時を稼いでいたのか。だから、小夜さんと天音さん、そしてあの天乃無堂を利用したのか? 羅刹の力の元は何だ?)
篠原は思案した。
「誰からに死にたい? 申し出よ」
炎堂は不敵な笑みを浮かべて言い放った。
「死ぬのはお前だ、炎堂!」
薫がいきなり動いた。
「遅い!」
炎堂は薫の変則的な動きを読み切っているかのように先回りし、彼女を殴り飛ばした。薫は急所を交わしていたらしく、地面を転がったが、起き上がった。
「星一族の一番手は伊達ではないようだな。だがそれでは、俺に触れる事すらできないぞ」
炎堂は勝ち誇った顔で薫を嘲笑った。
「やめろ、お前らでは無理だ」
怒りに任せて突進しようとした篝と鑑を薫が止めた。篝と鑑はビクッとして立ち止まった。
「束になってかかって来てもいいぞ。それでも時間稼ぎにもならんだろうがな」
炎堂は肩をすくめた。
「舐め腐りやがって!」
篠原が歯軋りした。
「時間稼ぎ?」
葵は眉をひそめた。
(それ程強くなれる羅刹を使えるのであれば、炎堂が一人で戦えたはず。それをしなかったのは、羅刹が一人ではなせない秘技だから?)
葵は羅刹の秘密に辿り着こうとしていた。
「ではまずは、我が妻である小夜を穢した玄内、貴様からあの世に送ってやる!」
炎堂はニヤリとすると、玄内に襲いかかった。
「玄内様!」
「お父様!」
小夜と天音が玄内を庇ったが、炎堂は二人をあっという間に弾き飛ばして、玄内に迫った。
「死ね、玄内!」
炎堂の右の突きが玄内の鳩尾に届く寸前に、葵の蹴りが炎堂の左の脇腹に食い込んでいた。
「ぐはあ!」
炎堂は弾き飛ばされて、倒れた大木に激突した。
「周りがお留守よ、炎堂。羅刹とやらもそれ程じゃないわね?」
葵は炎堂を鼻で笑った。
(おいおい、葵、また鬼の行のさらに上に行ったのか?)
篠原は震えてしまった。葵を怒らせたら、病院送りどころか、一生入院生活だと。
「おのれ、水無月葵、最初に貴様を殺しておくべきだったな」
炎堂は大木を打ち砕きながら起き上がった。
(水無月葵、そこまで鬼の行を極めたか。私もうかうかしていられないな)
薫は葵を見てフッと笑った。
「あんたになんか、殺されないわよ、炎堂。今までの所業、たっぷり後悔させてあげるから、覚悟しなさい!」
葵は鬼の行の闘気を発して叫んだ。
「うひゃっ!」
その凄まじさに茜が悲鳴を上げた。
(さすがです、所長。いいえ、葵お姉さん)
美咲は感動に打ち震えていた。
「ほざくな、水無月葵! 貴様如きにはやられぬ! 叩き潰してくれるぞ!」
炎堂は目を血走らせて葵に突進した。