激突
葵達を乗せたトラックは国道を走っていた。
「姉さん、妙なバイクが追いかけて来る」
助手席の鑑が荷台と運転席の間にある窓から薫に告げた。
「何?」
薫は後方の扉を少しだけ開き、外を見た。トラックの後ろを疾走する大型バイクが見える。運転しているのは、天音であった。
「あのおっぱい女、追いかけて来たの?」
それを見た葵が闘気を発した。
(葵の奴、天音の胸に嫉妬しているのか?)
後ろで見ている篠原は思った。
「ヘルメットも被らないで、何て自己顕示欲の強い女なんですかね」
茜が途方もない事を言った。
「やっぱりおかしい」
美咲が呟いた。
「どういう事、美咲?」
葵が美咲を見た。
「そんな事もわからないのか、姉上?」
薫が葵をせせら笑った。
「うるさいわね、愚鈍な妹!」
葵も言い返した。篠原と美咲は呆れている。薫は追って来る天音を見て、
「天音は何かに縛られている。正気ではない」
「え?」
葵はハッとして天音を見た。その時、天音のバイクが速度を上げて迫って来た。
「締めろ!」
薫が叫び、美咲と茜が扉を閉じた。次の瞬間、ドンと衝撃が扉に走った。
「何だ?」
篠原が眉をひそめた。また衝撃が走った。とうとう扉が凹み、亀裂が走った。
「天音が殴っているのだ。下がれ、破られる」
薫が荷台の前へ飛び退いた。葵達もすぐにそれに続いた。
「逃がさない」
遂に天音が扉を打ち破って中に入って来た。暗かった中に外の光が差し込んで来た。
「美咲、今度は邪魔するな。この女は私が仕留める」
薫は美咲を一瞥すると、天音に向かった。
「ちょっと!」
先手を打たれた葵が叫んだが、
「薫ちゃんには何か策があるみたいだ。任せよう」
篠原が葵を止めた。
「策?」
葵は訝しそうに薫の背中を見た。
「そんなに死にたいか、愚鈍な妹!」
天音はニヤリとして薫を見た。
「お前に私は殺せはしない!」
薫は無表情のまま、天音に迫る。
(何をするつもりなの、薫?)
葵は今となっては妹と認めざるを得ない薫の策に賭けるしかないと思った。
「いや、殺す!」
天音はニヤついたままの顔で右の拳を繰り出した。薫はそれをかわしながら、天音の懐に飛び込んだ。
「甘いぞ、星薫!」
天音の左フックが薫を捉えた。
「グフッ!」
薫は苦悶の表情を浮かべ、後ろに飛び退いた。
「私の気を吸い取るつもりだったようだが、そんな隙は与えない」
今度は天音が薫に突進した。
「薫さん!」
茜が泣きそうな顔で叫んだ。美咲と葵は黙って薫を見ていた。
「逆にお前の気を吸い取ってやる!」
天音は薫を捕まえ、羽交い締めにした。
「くう!」
薫は天音に気を吸い取られたようで、脱力した。
「えええ!?」
あっさりとやられてしまった薫を見て、茜は絶望した。
「もう一息でお前は呼吸ができなくなり、死ぬ」
天音は更に薫から気を吸い取った。
(そうか。ああやって、天乃無堂は公安調査庁の連中を殺したのか?)
篠原はその手口を知り、身震いした。
(だけど、あの薫ちゃんがそんな簡単に殺されるとは思えない)
篠原はすぐに気を吸われた薫の動きを訝しんだ。
(ああいうところも、父にそっくり)
葵は薫のやり口にうんざりしていた。
「ぬう!」
優勢だったはずの天音が薫を解き飛ばして後退った。薫は倒れる事なく身を翻すと構えを取った。
「貴様!」
天音は薫を睨んで歯軋りした。薫はフッと笑って、
「お前の気を半分以上吸い取った。もはや自分の身体を鉄のように硬くする事もできないだろう?」
天音は薫の言葉にギョッとした。
「さすが、星一族の一番手だな。だが、その程度でやられる私ではない!」
天音は鬼の行を発動した。
「薫、ここからは私の出番よ」
葵が薫を押し退けた。
「まあ、いいだろう」
薫は葵の後ろに下がった。
「本当の鬼の行がどんなものか、教えてあげるわ!」
葵は再び鬼の行の上位まで気を高めた。
「おいおい、葵の奴、まだ上に行けるのかよ」
篠原は葵の気の昂りに目を見張った。
「その程度で偉そうにするな!」
天音も気を高めた。
「ええ!?」
茜は漏らしそうになっていた。美咲も息を呑んだ。
(気の昂りだけなら、天音という人の方が上だ。所長……?)
美咲は葵が負けるとは思わなかったが、勝ったとしても深手を負うと思った。
「どうした、水無月葵? お前の鬼の行はその程度か?」
天音が挑発した。しかし葵は、
「チキンレースをしている訳じゃないわよ、お姉様。貴女は鬼の行の謂れを知らない。だから、際限なく気を高めてしまう」
鼻で笑った。
「何? 強がりを言うな。今の私とお前では、私の方が圧倒的だ。死ね!」
天音が葵に襲いかかった。その気の凄まじさで、トラックの荷台が切り裂かれ、天井が飛び、左右の壁が弾け飛んだ。
「うは!」
篠原は美咲と茜を庇って屈んだ。薫は飛んで来た破片を弾き飛ばした。
「グアア!」
天音が雄叫びを上げた。彼女は全身から血を噴き出して、踠き苦しんでいた。
「な、何ですか?」
それを見た茜が呟いた。
「なまじ身体を鍛えているせいで、通常なら堪え切れないような気の循環に堪えてしまう。しかし、いくら体幹を鍛え、筋力を鍛えたとしても、内臓や血管はそうはいかない。貴女は限界を超えてしまったのよ、お姉様」
葵は気の昂りを解放して鬼の行を止めた。
「グホッ……」
天音は口から血を吐くと、うつ伏せに倒れた。
「心配要らない。鬼の行の気は抜けたわ。さすがのお姉様も、ダメージが大きいようよ」
葵はフッと笑って天音を見下ろした。
「篝、戻れ。母親も縛られている。それを解かないと、また同じ事の繰り返しになる」
薫は窓から篝に命じた。
「はい、姉さん」
篝はハンドルを切ると、トラックをドリフトさせ、天一族の里へ戻り始めた。
「これが片づいたら、我が里へ来い。ハーレムが待っている」
薫が篠原に囁いたのを美咲が聞いていた。
(まさか、篠原さん、行かないわよね?)
そんな心配をしてしまう程、薫は妖艶な目で篠原を誘っていたのだ。葵は天音に気を取られていて、篠原の葛藤に気づいていなかった。
「お姉様、しっかりして。縛りは解けたようね?」
葵は天音に声をかけた。
「ええ……。ありがとう、葵。母を助けて。黒幕は天乃炎堂。炎堂は、月と星を滅ぼすつもりよ」
天音は葵と茜に助けられて起き上がった。
「聞き捨てならないな」
薫が天音に近づいた。天音は葵と薫を見て、
「炎堂は母をその異能で支配して、自分の妻とした。その時すでに私を妊っていた母は、炎堂の支配を受けつつも、私を守ってくれた。しかし、私を産むと、母は完全に支配された。そして私も。炎堂は自分の子を産ませるために母を何度も犯したけど、母は妊娠しなかった。炎堂は密かに信頼する医者に検査をしてもらい、自分が子種を持たないのを知ったの」
「無精子症って奴だな。男にとっては悪夢だ」
篠原は身震いした。
「そのおかげで、私は殺されずにすんで、長を継いだ母の後継者になれた」
朱音と美咲は顔を見合わせた。
「母は私の事を『望まぬ子』と言っていたが、それは炎堂に言わされていたのだと今にして思う。母が本当に愛しているのは、水無月玄内。私の父だから」
天音の話を聞き、葵は複雑な表情になった。
(あのバカ親父、何してるのよ!?)
やはり一発殴らないと気がすまないと葵は考えた。
「要するに、そのおっさんは、あんたと母親が結託するのを阻止したかったんだな」
篠原が腕組みをした。
「恐らく」
天音は頷いた。
「それは私の母も同じだ。母には篝と鑑の父である星巖鉄がいるが、本当に愛しているのは、間違いなく水無月玄内だ」
薫が言ったので、葵は頭が痛くなってしまった。
(全部あのバカ親父が悪い!)
殴るのは一発ではすまないと思う葵である。