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天音の秘密

 葵は絶対の自信があったが、天音の不適な笑みに一抹の不安を覚えていた。

(何なの?)

 葵は踏み出せないでいた。

「来ないのなら、私から行くぞ、愚鈍な妹よ!」

 天音は葵に向かって走り出した。

「誰が愚鈍な妹だ!」

 葵は怒りを爆発させ、天音を迎え撃った。

「はああ!」

 天音の右のハイキックが葵の顔面を襲った。葵はそれをかわして、天音の軸足である左脚をスライディングで払おうとした。

「ぬん!」 

 しかし、天音は右脚を鉄にように硬くし、葵のスライディングを跳ね除けた。

「くう!」 

 葵は天音の脚の硬さに顔を歪め、飛び退いた。

「さすがだな、愚鈍な妹よ。鬼の行の闘気がなければ、複雑骨折をしていたぞ」

 天音は葵を嘲笑った。

(この女の言う通り……。危うく右脚を砕かれるところだった。どうする?)

 打撃は危険だった。それを含めての攻撃であったが、予想を上回る天音の硬さに葵は次の動きを取れずにいた。

(何かおかしい。天乃小夜と天乃天音。何か、変だ)

 美咲は天乃母子に違和感を覚えていた。だが、それが何かはわからなかった。

「もはや勝敗は決した。お前の負けだ、水無月葵」

 天音は再び葵に向かった。

(どうする? どうすればいい?)

 葵は考えあぐねていた。

「葵!」

 篠原が叫んだ。

(ならば!)

 葵は天音の右の突きをかわして腕を取ると、背負い投げの要領で天音を投げ飛ばした。天音は床に叩きつけられたが、床が崩れただけで、無傷のまま立ち上がった。

「げえ……」

 篠原と茜が異口同音に呻き声を上げた。

「く……」

 投げ飛ばした葵が、何故か膝を突いてしまった。

「所長!」

「葵!」

 美咲、茜、篠原が叫んだ。

「惜しかったな。私を投げ飛ばすのが速かったおかげで、その程度ですんだのだ」

 天音は葵を見てフッと笑った。

「まさか……」

 葵はふらつきながら立ち上がり、眉をひそめた。

「所長、気を吸われたんですか?」

 茜がハッとした。美咲は目を見開いて天音を見た。

「おい、あの姉ちゃん、異能を二つ持ってるのかよ!?」

 篠原はギョッとして天音を見た。

「さあ、どうかな?」

 天音は篠原を見て不敵な笑みを浮かべた。小夜もその様子をニヤリとして見ている。

(打つ手なし? 殴ればこちらが負傷する。触られれば、気を吸い取られる)

 葵の額を幾筋もの汗が流れ落ちた。

「という事は……?」

 茜が震えながら天音を見た。すると天音は鬼の行の気を発動した。

「そういう事だ。私も鬼の行を使える」 

 天音の鬼の行の気は、自滅した天乃無堂のそれとは比べ物にならなかった。

「そんな……」

 葵は唖然とした。無堂は葵の気を吸い取り、それを増幅させて鬼の行を発動した。ところが、天音は違っていた。葵の気を吸い取ったが、それを増幅させるのではなく、一から鬼の行を発動させたのだ。

(バカな……。私はここまで至るのに何ヶ月もかかったのに、この女は一瞬で鬼の行の上位に達している)

 天音は無堂のように気だけを使ったのではない。すなわち、無堂と同じように自滅する事はないのだ。

「まだわからないのか? 私は無双無敵の者なのだ。天一族と月一族の血を受け継ぐ、最強の存在なのだ」

 天音は高笑いをした。葵は絶句したままで、美咲と篠原は顔を見合わせてから、天音を見た。茜は震えが激しくなっていた。

「ならば、私もそうだな」 

 どこからか、声が聞こえた。

「この声は!」

 茜が急に笑顔になった。美咲はギクッとした。篠原も同じだ。

「あんた、いつの間に?」

 葵は声の主を見た。そこには星薫と篝、鑑の三姉妹が立っていた。

「私は、星一族と月一族の血を受け継ぐ者だ。私も無双無敵。どちらが強いか、試してみるか?」

 薫はフッと笑うと、葵と天音の間に割って入った。

「誰にそれを?」

 葵が尋ねると、

「母からだ。最強の存在は誰か、教えて来いと言われた」

 薫は天音を睨んだままで応じた。

(これはとんでもない事になりそう……)

 薫の強さと容赦のなさをよく知っている美咲は顔を引きつらせた。

「そうか。ならば、先日の礼をしなければならないな」

 天音が薫を睨んだ。

(先日の礼って……)

 薫が天音の頭を砕こうとしたのを知っている篠原は顔色が悪くなった。

(薫ちゃん、どこから話を聞いていたんだ? 天音が気を吸い取れるのも把握しているのか?)

 篠原は薫の身を案じていた。

「待ちなさいよ。このおっぱい女と戦っているのは、私よ。横から掠め取るような真似をしないで」

 葵が口を挟んだ。

「そうか。では、三人で戦うのでもいいぞ」

 薫は冷めた目で葵を見た。

「あんたねえ!」

 葵が激昂すると、

「私はふたりがかりでも構わないぞ。それくらいのハンデキャップは認めよう」

 天音が挑発した。

「うるさい! あんたの相手は私! 父の不始末は私がつける!」

 葵は鬼の行の気を高めた。

「うへっ!」

 篠原はその凄まじさにたじろぎ、後退あとずさった。

「ほお。ではそうするか」

 天音は葵を上回る気を放ってみせた。

「鬼の行は一朝一夕で習得できるものではない!」

 葵は天音に突進した。

「そうはさせない!」

 薫が横から天音に襲いかかった。

「いいぞ、それで。二人がかりでやっと釣り合いが取れる」

 天音の姿が消えた。

「え?」

 茜と美咲は驚いて周囲を見回した。しかし、天音はどこにもいなかった。

「ぐう……」

 薫が口から血を吐いて床に膝を突いていた。

「何?」

 葵はそれを見て足を止めた。その瞬間、葵は跳ね飛ばされ、床に落ちた。

「私の打撃は鉄の球で殴られるのと一緒。いくら鍛えていようとも、防ぎ切れるものではない。だが、お前達は寸前で急所をずらした。それは褒めてやろう」

 天音は立ち止まって二人を見やった。

「打撃と同時に気を吸い取った。だが、お前は一体何をした?」

 天音は薫を見下ろした。

「吸い返しただけだ。この技は、水無月葵と戦うために編み出したもの。こんなところで使うとは思わなかった」

 薫は血が混じった唾液を吐き出して立ち上がった。

「うう……」

 葵は天音に気を吸われ、起き上がるのがやっとになっていた。

「葵!」

 篠原は葵に駆け寄り、自分の気を送り込んだ。

「ありがとう、護」

 葵は微笑んで応じた。

「お、おう」

 篠原は葵が妙に可愛く見え、顔を赤らめた。

(何があったんだ、葵の奴?)

 篠原がそう思った時、

「護様、その女に手を貸さないでください! 貴方は私の夫になる人です!」

 天音が篠原に接近した。その時、

「ええい!」

 美咲が壁の一部を引き剥がして、天音に投げつけた。

「ぬお!」

 虚を突かれた天音はそれを食らってしまい、そのまま反対側の壁に叩きつけられた。

「はああ!」 

 美咲は次に床を次々に剥がし、天音に投げつけた。天音は瓦礫に押し潰されるように見えなくなった。

「篠原さん!」

 美咲は篠原に目配せした。

「わかった!」

 篠原は葵を抱きかけると、部屋を飛び出した。それに続いて、篝と鑑も部屋を出た。

「待て、逃すか!」

 小夜が追いかけたが、

「貴女もその部屋にいてください!」

 美咲は壁を引き剥がし、小夜に投げつけた。

「くう!」

 壁があまりにも大きくて、小夜は避けきれずに倒された。

「おのれ!」

 小夜と天音がほぼ同時に脱出して、廊下に出た時には、薫はもちろんの事、篠原も葵も、そして美咲も茜もいなくなっていた。

「逃げたか」

 小夜が呟くと、

「逃がしはしません」

 天音はフッと姿を消した。

「どうするつもりだ、小夜?」

 廊下の角から、男が現れた。右目に眼帯を着けた恰幅のいい中年の男である。頭頂部の髪は半分程なくなっている。

「何も問題ありません、炎堂様」

 小夜は男を見た。

「そうか」

 炎堂と呼ばれた男はフッと笑った。


「逃げ切れたか?」

 篠原が振り返ると、

「まだ安心するのは早い。あの女、追いかけて来るぞ」

 薫が言った。

「どうしてあんたが一緒にいるのよ!?」 

 葵はふらつきながらも篠原から離れて薫に詰め寄った。

「当たり前だ。私の目的は篠原だからな」

 薫は篠原を見てから、走って来たトラックを見上げた。運転席と助手席には篝と鑑がいた。

「早く乗れ。あの女、すぐに来るぞ」 

 薫はトラックの荷台の扉を開いて乗り込んだ。

「葵、ここは薫ちゃん達の手を借りよう」

 篠原が提案すると、

「仕方ないわね」

 葵は不満そうに荷台に乗り込んだ。

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