美咲の秘策
「私、見よう見真似で鬼の行をやってみたの」
美咲が茜に囁いた。
「え? それって、危ないんじゃないですかあ?」
茜は目を見開いて美咲を見た。
「その辺は考えている。そこまでいきつけないし、私の気の量では、所長の二分の一にも届かないから、鬼の行なんて到底無理だった」
美咲は薄気味悪い笑みを浮かべて葵を弄ぶ無堂を見た。
「取り敢えず、やれるだけやってみるわ」
美咲は走り出した。
「え? あの、私は……」
茜が泣きそうな顔で問いかけた。
「茜ちゃんはそこにいて! 私がやられたら、とにかく逃げて!」
美咲は振り返らずに言った。
「ええ?」
茜は美咲が自分を犠牲にして葵を助けようとしているのを知り、涙ぐんだ。
「隙を突いたつもりですか?」
無堂は接近して来る美咲をチラッと見て呟いた。
「貴方は月一族を侮っている! 今、思い知らせてやるわ!」
美咲は臆する事なく無堂へ突進した。
(ダメ、そいつは得体の知れない異能を使うのよ、美咲! 近づいたら、ダメ!)
葵は涙を流して美咲に声にならない声で訴えたが、美咲は葵を見ていなかった。
(何か、策があるの?)
葵は美咲が無謀な事をしないのを理解しているので、考えがあると判断した。
「はあ!」
美咲は今できる鬼の行もどきを発動した。
(え? 美咲、鬼の行を使えるの?)
葵は美咲が放つ気を感じて、それを悟った。
(でも足りない。それでは鬼の行に到達できない)
葵はそれもわかった。しかし、美咲がそんな間の抜けた事をするはずがない。これは何かの伏線だ。葵はそれにも気づいた。
「おや? 貴女も鬼の行を使えるのですか? これは驚いた」
無堂も美咲の発する気を感じ取り、ニヤリとした。
「貴方はこれで終わりよ!」
美咲が無堂に襲いかかった。無堂は美咲の突きをかわして、彼女の顔を撫でた。
「あ……」
美咲は無堂に気を吸われて、そのまま床に倒れ伏した。
「貴女も孕ませてあげますよ。安心しなさい。産めなくなるまで、生かしておきますから」
無堂はうつ伏せになっている美咲を見下ろした。
「それは願い下げよ。あんたみたいな変態の子を産むつもりはないわ」
美咲は起き上がった。
「何!?」
無堂は動けないはずの美咲が起き上がったので仰天した。葵も茜も同じだった。
「貴方は相手の気が吸える。だから、公安の人達を瞬時に殺せた。そして、気を最大限に使う所長の鬼の行も貴方にかかれば、無力になる。でも、貴方の異能とやらは、欠点がある」
美咲はゆっくり立ち上がって無堂を睨んだ。
「欠点? そんなものはありませんよ!」
無堂はキッとして岬を睨み返した。美咲はフッと笑って、
「私が動いたら、驚いたでしょう? それが何よりの証拠。貴方はもう負けよ」
「黙りなさい! その減らず口、利けなくしてあげますよ!」
無堂は目を吊り上げ、気を高めた。
(何をする気? まさか、鬼の行?)
葵はギョッとしていた。無堂が鬼の行を使ったら、どんな事になるか想像もつかなかった。
(美咲、貴方は一体……?)
葵は美咲の策がわからなかった。
「はああ!」
無堂は葵から吸った気を使い、鬼の行を発動しようとしていた。
(逃げた方がいいのかな?)
離れて見ていた茜は震えていた。
(所長の気と私の気を合わせて、鬼の行を使うつもりね? 引っかかったわね、天乃無堂)
美咲は作戦通りに事が進行しているので、ニヤリとした。
「笑っていられるのも今のうちですよ。私の鬼の行は、葵さんのものより強烈ですからね!」
無堂は遂に鬼の行を発動した。
「まずは貴女の気を吸って、動けなくしてあげましょう!」
無堂は一瞬にして美咲の目の前に移動した。
「そうはいかないわ!」
美咲はそれを読んでいて、無堂より早く飛び退いていた。
「逃がしませんよ!」
無堂が更にそれを追いかける。美咲はその先手を打ち、また動いていた。
(凄い、美咲さん!)
茜は逃げるのを忘れて、美咲の動きに感動していた。しかし、
「く!」
遂に美咲は無堂に捕らえられ、気を吸われて倒れた。
「ああ、美咲さん!」
茜が叫ぶと、
「貴女を先に殺しておきましょうか」
無堂が茜を見た。
「ひいい!」
茜は顔を引きつらせて後退りした。
「何してるの、無堂? 私は動けるわよ」
ところが、また美咲が立ち上がった。
(そういう事ね)
葵はそれを見て美咲の策を理解した。
「何!?」
無堂はまた立ち上がった岬を見て、目を見張った。
(どういう事だ? あの女、瞬時に気を戻せるのか?)
無堂は茜から美咲に標的を戻した。
「どんな手を使ったのかは知りませんが、次はありません!」
無堂は美咲に襲いかかった。
「貴女、所長より凄いとか言いながら、動きが全然ね。勝負にならないわ」
美咲が挑発した。無堂はムッとして、
「強がりを言わないでください! 私はまだ本気を出していませんから!」
気を高めて美咲に突進した。
「そろそろね」
美咲は無堂から離れ、呟いた。
「そろそろ?」
茜が首を傾げた。
(さあ、鬼の行の恐ろしさ、知りなさい、変態!)
葵は目だけで無堂を追った。
「ぐうう……」
無堂は美咲に襲いかかる寸前に床に倒れた。
「があああ!」
無堂はもがき苦しみ、床を転げ回った。
「茜ちゃん、所長を!」
美咲が叫んだ。
「わっかりましたあ!」
茜は葵に駆け寄り、もう一度気を注ぎ込んだ。
「ありがとう、茜。助かったわ」
葵は茜を見上げた。
「ボーナス、大丈夫ですよね?」
茜は目を潤ませて訊いた。
「一回、助け損ったから、プラマイゼロという事で」
葵がニヤリとして言うと、
「それはないですう!」
茜は涙目で叫んだ。
「な、何ですか、これは!? どんな仕掛けですか!?」
悶絶しながら、無堂は美咲を睨んだ。美咲はフッと笑って、
「それが鬼の行を使った者に与えられる罰よ。しかも、鬼の行をなすために気をこね、身体を鍛錬してこそのものであるのに、貴女は所長の気を吸っただけで鬼の行を使った。行の過酷さに耐えられるだけの鍛錬を積んでいない者に加わる反動は、確かに強烈よ」
「おのれええ!」
美咲の罠にまんまとハマったのを知った無堂であったが、どうする事もできない。
「貴方の気を吸い取る異能は、気の種類が違うと吸わないのに気づいたの。そこで、鬼の行の気を作って、それを貴方に吸わせた。だから、本来の私の気は吸われずにすんだの。それこそが、貴方の異能の欠点なのよ」
美咲はとどめを刺すように告げた。
「あがあ!」
無堂は口から泡を噴き、白目を剥いて気絶してしまった。
「さすが、美咲ね。貴女が味方でよかった」
葵は茜に肩を借りて美咲に近づいた。
「私こそ、所長がお姉さんでよかったです」
美咲は目を潤ませて応じた。茜はもらい泣きしている。
「さすがだな。月一族、我が一族の好敵手にふさわしい」
そこへ小夜が現れた。
「おっぱい女?」
葵は天音と髪型が違う小夜に眉をひそめた。
「私は天乃小夜。天音の母だ。すなわち、水無月玄内に強姦された者だ」
小夜の言葉に葵、美咲、茜は言葉を失った。
「そんな……。父から聞いた話と違う……」
葵がようやく口にすると、
「お前の父は嘘を吐いたのだ。私は玄内に無理やり犯され、天音を妊ったのだ!」
小夜は全身から闘気を噴き出して、葵達を睨み据えた。
「護様、確かに貴方の子種を頂戴しました」
天音はうっとりとした顔で篠原から離れた。
「……」
篠原は呆然としたままで、何も言わない。
「これで私は無双無敵の者を産めます。感謝致します、護様」
天音は篠原に口づけをして微笑むと、服を着て部屋を出て行った。
(葵、すまない……。俺、堪えきれなかった……)
篠原は激怒する葵を想像して、涙ぐんだ。