16 我が家に赤ちゃんがきました。
メルルはお母さんといっしょに街を歩くと、姉妹と間違えられます。
お母様は、大好きなお父様に、甘いです。
だいたいのことは、許しちゃうんですよね。
一難去ったようにクリスお兄様は、ふぅ、と息を吐いて胸をなでおろしました。
やはり何か変ですね。
アルト先輩について、隠し事をしているように見えます。
ちなみにお母様は、伯爵家生まれのお嬢様育ちなので、世間体をとても気にします。
平民だったお父様と結婚するときは、わざわざお父様を男爵に位をあげたほどなのですから、骨の髄まで貴族ですね。
一方お父様は、あまり世間体を気にしない実力主義者で、とても楽観的な考えを持っており、たいていのことは笑い飛ばしてしまいます。
このように、価値観も家柄もまったく違うふたりですが、なぜかお母様はお父様にベタ惚れのようで、いっしょに並ぶとまだ若々しいカップルにように見えました。
つまりお父様とお母様は、私の自慢の家族であり、夫婦なのです。
そんなふたりは、互いに向かい合って微笑んでいました。
「そうだ、テミスにも紹介しよう、メルルこっちに来て赤ちゃんを見せなさい」
はい、と言った私は、ゆっくりとお母様に近づきました。
「赤ちゃん?」
「名前はイヴだ。今日からアクティオス家の養子として迎えることになった、よろしくな」
「あのぉ、聞いてませんけどぉ……」
「うん、今日決めたことだからな、メルルが育てるらしい」
「ああっ、そんな! メルルちゃんが出産していたなんて!」
いや、とお父様が否定しますが、お母様は聞く耳を持たず、グイグイ私に迫ります。
「どういうことですか! 相手の男性は誰?」
「お母様、落ち着いてくださいませ! 私は産んでませんから!」
「え?」
「この子は神の赤ちゃんなんです!」
「キャァァァァ! 処女懐胎ぃぃぃぃ!」
バタンッ。
お母様は、お倒れになって気絶されました。
「ああ、やっぱりお嬢様育ちのテミスには刺激が強すぎたか、わははは」
お父様は、笑いながらお母様をお姫様抱っこします。
そして、家のなかに運んでいきました。
「なあ、メルルちゃんの家っていつもこんな感じ?」
きょとん、とした顔をするアルト先輩の質問に、私は笑顔で返します。
「うふふ、まあそうですね……ではどうぞ、お家にあがってください」
アルト先輩を応接室に案内した私は、ソファに座ることにします。
お兄様は、何やら話があるらしく、お父様の部屋にいきました。
あ、いけない!
そろそろイヴのミルクとオムツの時間ですね。
私は、メイドにお湯を持ってくるよう指示しました。
するとアクティオス家のなかは、可愛い赤ちゃんイヴの登場に、わーきゃー盛り上がりを見せています。
おやおや、若いメイドたちが応接室に集まってきました。
どうやら、イヴの世話をしたいようですね。
お湯を持ってきてミルクをつくってくれたり、オムツを変えてくれます。
メイドたちはみんな十代後半、つまり私と同じくらいなので、みんなで赤ちゃんのお世話をするのことは、とても楽しい時間となりました。
「メルルお嬢様、抱っこさせてくださーい」
「次はわたしぃ!」
「では、その次はあたし!」
と、いった感じで、イヴは大人気。
一方、グルグル眼鏡の男の子アルト先輩は、完全にモブキャラ扱いで無視されていますね、お可哀想に。
「あれ? 僕ってお客さんだよね?」
「うふふ、アルト先輩って存在感が薄いですから」
「ありがとう」
「いや、褒めてないですけど」
ガチャ。
扉を開けて、お兄様とお父様、それに回復したお母様が入ってきました。
おや?
お母様は浮かない表情ですが、お兄様とお父様のふたりは満面の笑みを浮かべていますね。
「やったな、メルル」
お父様が、唐突に私を激励します。
はて? 何のことでしょうか?
するとお兄様は、一枚の紙を机に置きました。
よく見るとそれは、例のパシュレミオン伯爵家との婚約破棄の書類でした。
「お父様からサインを頂戴した、これであとはパシュレミオン公爵のサインのみだ」
お兄様はそう言うと、私に向かって微笑みます。
あ! すっかり忘れていました。
ナルシェ様との婚約破棄を正式なものにするためには、パシュレミオン侯爵のサインがいるのでしたね。
しかし、唐突にお母様は、泣き崩れてしまいました。
「ああ! なんてことでしょう、これでアクティオス家が公爵家になる道はなくなりました……」
「泣くな、テミス」
「だって、だって……メルルが婚約破棄されるなんて……」
「テミス……メルルとクリスが立派に育ってくれれば、爵位なんていらないのではないか?」
「……ポロン」
お母様は、じっとお父様を見つめて、頬を赤らめています。
はいはい、一生ラブラブでやっててくださいませ。
私は、お兄様に話しかけました。
「では、ナルシェ様の家に行きますか? サインをもらいに……」
「うむ、そう思っていたのだが……どうやら手間が省けそうなのだ」
「え?」
「アクティオス家に向かってくる一台の車がある」
──土魔法 フィールドワーク(土壌調査)
お兄様が目を閉じて集中すると、あたりの空気がピンッと張りつめます。
そして、ゆっくりと目を開けました。
「この魔法は、周辺の土の動きを調査することによって、こちらに走ってくる車の動きを感知できるのだ」
ピンポーン
突然、玄関の呼び鈴が鳴り響きます。
続いて、執事のアルソスがやってくると、ゆったりとした口調でこう告げました。
「パシュレミオン侯爵様がいらっしゃいました」
その直後、聞きたくもないダミ声が、家じゅうに響いたのです。
「ガハハハ、相変わらず小さい家だな」
応接室にやってきたのは、パシュレミオン侯爵とそれに……。
「ナルシェ様!」
私は、つい叫んでしまいました。
まさか婚約破棄したくせに私の家に来るなんて、いったい何を考えているのでしょうか?
パシュレミオン公爵は、そのでっぷりとお太りになったお腹をなでたあと、自分の息子であるナルシェ様の肩を、ぽんぽんと叩きます。
なんか、めちゃくちゃ甘やかされてそうですね、このバカ息子は。
「いやぁ、息子が間違えて婚約破棄のサインをしてしまったようで、失礼、失礼」
わぁ、ブクマがいっきに3増えました。
ブクマしてくれた読書様、ありがとうございます!
よかったら評価もよろしくお願いしますね。
がんばれます(*・ᴗ・*)وヨシ!