10 シングルマザーの気持ちが、少しわかりました。
赤ちゃんのこと、どう説明しよう……。
メルルは、困っていたのでした。
「アルト先輩……実はこの赤ちゃんは……」
私があたふたしてると、アルト先輩は、サッと手を出しました。
「ダメ! 答えを言わないで、こんな面白い問題ないよ! 自分で解いてみたい」
「……あ、そうですか」
「ところで、その猫ちゃんは奴隷商人に捕まっていたようだね」
「はい、ほっておけなくて」
「偉いなぁ、メルルちゃん。君は本当に優しい心を持っているよなぁ、ほんと天使」
「いやぁ……」
言えない。
強いやつをいじめて、ジャイアントキリングしたかったなんて、言えない。
「それにしても、この猫ちゃん森に帰ろうとしないね……なぜだろう?」
「そうなんですよね」
「あ! メルルちゃん、猫の足を見て」
「これは……」
「ああ、ジャマー石でつくられた腕輪だな、こいつは魔力を封じ込める効果がある、もしかするとこの猫ちゃんは獣人で、人間の姿に戻りたいのかも」
よく見るとそこには、鈍い光を放つ銀の腕輪がはめられていました。
黒猫は、そいつを爪でガチャガチャとやっています。
どうやら、外したいようですね。
「アルト先輩の洞察力って素晴らしいですね、やっぱり天才」
「ん? 褒めても何も出ないよ」
きらり、とグルグル眼鏡が光ります。
満更でもなく、嬉しいようですね。
「ジャマー石の腕輪か、どうやって外したものか……魔力が通じないのだからな」
「それなら簡単では?」
「え?」
「物理的に壊してしまえばいいのです」
「なるほどぉ……って言っても、華奢なメルルちゃんと僕ではどうにもならないじゃん」
「ああ、こんなときにお兄様がいてくれたら……」
呼んだか?
お兄様、召喚!?
背後からイケメンボイスが聞こえてきました。
振り返ると、たくましい殿方がいるではないですか!
「お兄様!」
「壁の修理をして駆けつけてみれば妹よ、まず聞きたいのだが……」
「はい」
「その赤ちゃんは、なんだ?」
「えっと、この赤ちゃんは……」
「まさか、メルル、隠れて出産してたんじゃないよな?」
「ま、ままま、まさか!」
私が、あたふたしていると、横からアルト先輩が助け舟を出してくれました、
「クリスくん、すぐに答えを聞き出そうとするのはやめてくれたまえ」
「……はぁ?」
「これは面白い問題なのだ。なぜ可愛いメルルちゃんが赤ちゃんを抱いているのか?」
「では聞こう、アルトの答えを」
オホン、と咳払いをすると、アルト先輩は声を高らかに言いました。
「これは、処女懐胎だ!」
ポカン
私とお兄様は、あっけに取られました。
イヴだけが、私の腕のなかで、キャキャ、と笑っています。
「おい、アルト、つまりメルルは処女なのに妊娠したと言いたいのか?」
「ああそうだ」
「おいおいおいおいおいおい! 大昔に流行った宗教じゃあないか、そんなもの俺は信じんぞ、可愛い妹のメルルが妊娠なんて……そんなバカなことがあってたまるか」
「動揺しているようだが、安心したまえクリスくん」
「あ?」
「赤ちゃんには羽がある。よって父親は神だから、おそらくメルルちゃんは無双級の加護を受けているだろう」
「本当なのか? メルル」
うっ、と私が言葉につまっていると。
ピコッ
また例によって光の神ポースが現れました。
「ピンポン、ピンポーン! 大正解でーす!」
そのとき、お兄様とアルト先輩の常識がひっくり返った瞬間を、私は目撃しました。
「うわぁぁぁ!」
と悲鳴をあげたお兄様は、なんと私の裏に隠れてしまいました。
あらあら、お可愛いこと。
「……!? まさか、これは古代魔法では? いや、ありえない! 天地戦争にて古代魔法を使えた一族は絶滅したと聞く」
とか言いながら、アルト先輩はグルグル眼鏡をちょっとズラして裸眼でウィンドウを見つめていますね。
あれ? 眼鏡をとると、超絶のイケメンでは?
「アルト先輩、これも答えは言わない方がいいですか?」
「当たり前だ! このような現象、神でもなければ……はっ! おまえは光の神ポースではないか?」
ふふふ、と不敵に笑うポース。
「わけあって、メルルに神の子イヴを育ててもらうことにしました」
勝手に決めるな! とお兄様の怒声が聞こえます。
ですが、アルト先輩が腕を伸ばして、それを和らげました。
「ポースよ、イヴの父親である神はまさか、ルギア?」
「ご名答! 創造神ルギアです」
「なるほど……これでだいたい読めた」
「ほう、それならメルルとともにイヴを育ててくれませんか? 勇気ある人間よ」
「まあ、いいだろう」
「ありがとう、ならばアルト、あなたにも光魔法の加護を与えよう」
その必要はない、とアルト先輩はキッパリと断りました。
「え? なぜ?」
「これからの時代は魔法ではない、ということだ」
アハハハハハ
急にポースは、狂ったように笑い出しました。
「アルト、あなたはすごくいいですね! 下界にこんな面白い人間がいるなんて、人間を侮っていました」
「簡単に説明してやる、魔法はマジックポイントがなくなったらそこで終わり、だが機械なら話は別になる」
「キカイ?」
「ああ、魔道具を超えるものだ」
「フハハハ、未来を見据えているのですね……まあいいでしょう。とにかく、赤ちゃんを頼みますね」
「ああ、責任を持って育てるよ、メルルちゃんが」
ちょっとアルト先輩、私だけに全振りするの、やめてくれませんか?
シングルマザーの気持ちが、少しわかりました。
それでも……。
「メルルちゃん、おめでとう」
そうアルト先輩が言ってくれたので、肩の力が抜けました。
まさか、まさか、祝ってもらうだなんて。
結局、前世の記憶が戻った私にとって、赤ちゃんを育てることはマウントでしかありません。
これで私もお母さんになれるのだ、と。
そうですね、前世の私は、クズだったかもしれません。
スマホを見ては、有名人の妊娠報告を受けとめて。
おまえもかー!
と、裏切られた気持ちを抱き、勝手に精神的ダメージを食らっていました。
SNSでは、友人の結婚報告や妊娠報告にすら喜べず、心の底では、クソーなんて心穏やかではいられなかった二十四歳のOLです。
そんな私が、神の赤ちゃんを育てて母親になるなんて。
どうしましょう?
処女喪失の痛みも、出産の痛みも知らずに、楽しいところだけ美味しいとこどりですか?
そんなふうにツッコミを入れられても、なんらおかしくありません。
それに、お父様やお母様に、どうやって説明したらいいのでしょう。
婚約破棄もくらったのに、いきなり、処女懐胎でーす!
なんて言ったら、お母様は気絶しますね、これ。
まぁ、深く考えると、いろいろと難しい問題を抱えていますが、私はアルト先輩の笑顔を見ていると、気持ちが救われました。
「メルルちゃん、出産祝いのプレゼントをつくってあげるから、お楽しみねっ」
「ありがとう」
いえいえ、と言って笑顔で返すアルト先輩。
クリスお兄様は、やれやれ、とため息を吐いています。
ポースはというと、ウィンドウの奥でガサゴソ何かやっていますね。
疑問に思った私は、話しかけました。
「どうしました、ポース?」
「光の神からも出産祝いのプレゼントをしなくては、と思いまして……あ、あったあった!」
「なんですか? ってか出産していませんけど……」
「うふふ、メルル、ウィンドウを開いてください」
「こうですか?」
ピコッ
私が手をかざすと、青白い光を放つウィンドウが現れました。
お兄様とアルト先輩は、びっくりして口を開けています。
やはり、この魔法はただものではないようですね。
「メニューを開いてください」
「はい」
「そこにストレージとありますよね、触れてください」
「これですね……ほにゅうびん、おくるみ、粉ミルク∞、おむつ∞、とありますが、これがプレゼントですか?」
「はい、さらに指でタッチしてください」
ピッ
すると不思議なことに、ほにゅうびんが、ポンッと現れました。
それは空中に浮いているので、私は受け取ります。
「∞とあるのはなんですか?」
「無限に使えます」
「それはすごい!」
「お湯はメルルが用意してくださいね」
「わかりました、でも、おっぱいあげてみたかったな……」
私は、自分のおっぱいを見つめました。
「いや、出るわけないでしょう?」
ポースにツッコミをされ、うふふ、と私は笑います。
「あ、ゲームオタクのメルルには愚問かと思いますが、戦闘のチュートリアルも話しておきますね」
「はい」
「メニューからステータスを選んでください」
「こうですか?」
【 メルル HP 80 MP 999 】
「見てもらうとわかるように、メルルの#MP__マジックポイント__#はマックスです」
「おお、すごいですね!」
「これが人間が持てる魔力の最大値です。そして0になったら魔法は使えないので注意してください」
「はい」
「それと、#HP__ヒットポイント__#は0になっても死ぬわけではなく、運動機能が低下します。つまり動けなくなりますから、敵にとどめを刺されないよう気をつけてください」
「わかりました」
私のHPは少ないので、まめに回復してやらないといけませんね。
隣で聞いていたアルト先輩は、グルグル眼鏡の奥底で、ニヤリと微笑んでいます。
「で、その猫ちゃんはどうするの? メルルちゃん」
あ!
さっきから黒猫ちゃんが私の足もとで、すりすり身体をあてていますね。
すっかり忘れていました、ごめんね~。
にゃーん
悲しそうな顔をする黒猫ちゃん。
ガチャガチャ、と銀の腕輪を爪でひっかけています。
「お兄様、あの腕輪をとってあげてください。魔法が効かないんです」
「まかせろ!」
そう言ったお兄様は、腰のベルトに手をやると、小さなダガーを取り出しました。
黒猫の腕輪に切先を入れると、グッと力を入れます。
ガチャン
鈍い金属音とともに、腕輪が破壊されました。
その瞬間、目の前にいる黒猫ちゃんが光り始めますから、みんな驚きです。
ピカーーーー
なんと現れたのは、裸の少年でした。
でも、頭には猫の耳、お尻にはしっぽが生えていますね。
これは本当に猫の獣人で間違いなさそうですが。
それにしたって、ぽっ、私の顔は赤くなってしまいます。
前を、前を、隠してください!
殿方の、あれ、を前世でも見たことないのに……ヤバい!
アルト先輩、クリスお兄様、ポースは驚いています。
イヴは、じたばたと腕を動かしていますね、きっともふもふした耳を触りたいのでしょうね。
はい、私もですよ、うふふ。
「これを着たまえ……えっと、君の名前は?」
「……ジアスです」
お兄様は、ジャケットと中に着ていた白いシャツを脱いで、ジアスに渡してあげます。
あらやだ……お兄様の裸の上半身が見えちゃって、わぁ、まぶしい!
鍛え上げられた筋肉が、美しく輝いて見えますよぉ。
と、私は興奮していたら、お兄様はジャケットを着てしまいました。
いや、チラ見えする腹筋や胸板も、これはこれで、ありよりのありでーす!
「ありがとう、えっと……」
「クリスだ、俺の服は大きいから、足元まで隠せるだろ?」
はい、と答えて服を着るジアスの身長は、150センチほど。
ちょっと、ちょっと、かわいい男の子にデカシャツは反則でーす!
可愛い……可愛すぎて鼻血ですよ、猫耳までついていますからね、尊い……。
「助けてください!」
と言ったジアスが、いきなり膝をつきました。
目には涙を浮かべ、何か取り返しのつかない状況になっているかのように、拳をにぎって大地を殴ります。
「僕に力を貸してください!」
……!?
みんな、ジアスの叫びに耳を傾けます。
「僕の姉が、奴隷商パイザックの手下に誘拐されてしまったんです!」
わぁ、ブクマが増えていました、ありがとうございます!
どんなことでも結構です。
感想、お待ちしておりまーす。
これからも、読者様のために投稿したいと思います!




