1 婚約破棄されたあと、赤ちゃんを拾いました。
「婚約破棄……そうおっしゃいましたか? ナルシェ様」
本日は、王立魔法学園の全校集会なのですが……。
講堂にいる生徒たちは、みんな舞台を見て、クスクスと笑っています。
いったい、何がそんなに面白いのでしょうか?
舞台にいる私の婚約者──パシュレミオン公爵家の長子、ナルシェ・パシュレミオン様は、グイッと女子生徒の腰に手を回すと、私を怒鳴りつけました。
「おまえはバカか、メルル! 俺の話をちゃんと聞き取れっ!」
「申し訳ございません。以後、気をつけます」
「ふんっ、もう以後、気をつける必要などないがな」
「え?」
「俺はおまえとの婚約を破棄する! よって、これからは俺に気安く話しかけないでくれ!」
あのぉ、すみません。
今まで私から話かけたことなど、一度もないのですが?
と言い返して、バカ公爵を論破しようと思いました。
ですが、火に油を注ぐようなものなので、なんとか口を慎みます。
あらあら、無駄にハンサムな顔だちが、いまいましく歪んでいますよ?
うーん、論破したい。
それにしても、相変わらず目立っていますね、その服装。
彼の着ている学生服は、他の生徒と違って、宝石や刺繍がある特別仕様。
くせのある赤毛と、悪魔のような八重歯がチャームポイントでしたのに、今では気色悪く感じてしまいます。
あーあ、本当に嫌いです、この人。
っていうか、なんなんですか、彼が抱いている女子生徒は?
新一年生なのでしょうね。
まったく見覚えがなく、初見です。それに……。
片方の耳にだけピアスをしてます。
わぁ、おしゃれ!
なんとも、可愛らしい女性です。
私にはない愛嬌のある笑顔、それに大きな瞳。
パステルピンクのボブヘアが、柔らかそうに揺れていますね、ゆるふわぁ~。
「ざまぁ……」
はい?
彼女の口から、ふつうに私をののしる声が聞こえてきましたけど……。
さらにナルシェ様の耳元に唇を近づけると、コソコソ何か言ってやがります。
するとバカ公爵は、ワハハ、と大声で笑いながら、サッと私を指さしました。
「メルル! おまえはまるで悪役令嬢だな! さあ、この場で土下座しろ!」
「……えっ?」
「俺の新しい婚約者、モニカをいじめた罰だ!」
「新しい婚約者? いじめた罰? ナルシェ様、落ち着いてください。あなたの一存で婚約破棄などできませんよ。それに、そんなことをして一番に困るのはナルシェ様のお父様であるパシュレミオン公爵ですよ?」
「うるさい! 貧乏男爵家が何を偉そうに! おまえが犯した罪を明かせば、父上も納得する!」
あら、この私を貧乏男爵家呼ばわり?
本当にこの人って、周りが見えてないですね……。
このレイガルド王国には、爵位という貴族ランキングがあります。
その段階は、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵という順番なので、私の男爵家は一番下っぱですが、けして貧乏ではないですよ?
むしろ、あなたの家より金持ちなのですが……。
まぁ、いいでしょう。とりあえず、話を合わせておきます。
「……あのぉ、私の犯した罪とはなんでしょうか?」
「モニカのノートに落書きをしたり、靴を隠したり、階段から突き落としたりしただろ? モニカ本人がそう証言しているのだ!」
「……? モニカさんと会ったのは、今日が初めてなのですが?」
「嘘を言うな! はやく土下座しろ! そうだ、光の教会に行って神に懺悔もしてこい! おまえはこの俺様に婚約破棄をされた大罪人なのだからな」
「……」
「わーはははは、泣け、叫べ、そして嫉妬しろっ!」
私は、グッと唇を噛んで、ゆっくりとひざまずきました──
❇︎ ❇︎ ❇︎
数時間後──レイガルド王国王都イディオン、光の教会。
「ああ、神よ! 私、メルル・アクティオスは、婚約破棄されるという罪を犯しました……どうか、どうか、お許しください!」
きらきらと光るステンドグラス、静寂な祈りの場。
私は片膝をつき、両手の指をからめ、胸にあてます。
スッと顔をあげて見つめる先には、壁に描かれた──光の神ポースの絵。
その面影は、女性なのか男性なのか? とても中性的です。
金髪のロングヘアに切長の瞳、美しい白い肌。
その身体には、たった一枚の白い布を巻きつけています。
そんなに肌を露出して、寒くないのでしょうか?
まあ、神だから平気なのですね。
ポースは、ただ、ただまっすぐに慈悲深い笑みを浮かべています。
その伸ばされている美しい両手は、罪を犯した人間を救うためなのでしょう。
どこか温もりを感じました。
「……ふぅ、まあ、このくらい懺悔すれば、許してくれますよね、神様?」
うふふ、と私は笑顔を振りまいて、スクッと立ち上がります。
いつまで懺悔していても、仕方がないですからね?
私は、自分の人生を受け入れ、ただまっすぐ歩くだけ。
婚約破棄されたって、へっちゃらです。
逆に、これで自由に恋愛できるから、よき!
「さあ帰ろう、我が家へ!」
と言って、気持ちを切り替えた、そのとき。
オギャア、オギャァァ
何かの泣き声が、わずかに聞こえてきます。
「ん? 赤ちゃん?」
私は、ふと耳を澄ましました。
オギャア、オギャァァ
やはりどこからか、赤ちゃんの泣き声が響いていますね。
たしか教会では、捨て子窓口、と呼ばれるものがあるそうです。
それは、望まれずに生まれてきた赤ちゃんを抱え、途方に暮れた母親にとっての希望の光。
ああ、今日もどこかで、この腐敗した世界に落とされた赤ちゃんが、無常にも教会に捨てられた、ということなのでしょう。
「はぁ、なんて残酷な……」
ふと気がつけば、私は、仄暗い教会の廊下を歩いていました。
向かっている先は、赤ちゃんの泣き声がするほう。
何かに導かれるように私は、ギィ、と古びた木製の扉を開けます。
オギャア、オギャァァ
外に出ると、さわやかな青空が広がっていました。
しかし皮肉なことに、赤ちゃんの泣き声は、より大きく聞こえてきますね。
私は、その泣き声がする方に急ぎます。
「おや?」
壁の下に取っ手を見つけました。
どうやら箱になっているようです。
私は、手を伸ばし、それを開けてみました。
するとそこには、赤ちゃんが寝かされているではありませんか!
生後八ヶ月、くらいでしょうか?
むちむちの赤ちゃんは、くすんだ布に巻かれ、顔をしわくちゃにして、まるで天地が裂けるかのように、泣いて、泣いて、泣きまくっています。
「ああ、よしよし、もう大丈夫ですよぉ」
私は、赤ちゃんを抱っこしました。
するとそのとき、赤ちゃんの肌に巻かれていた布が、ハラリとはだけます。
「……つ、つばさ?」
私の目に飛び込んできたのは、美しい白い翼。
なんと、赤ちゃんの背中には、翼が生えていたのです!
ふわふわの白い羽、これはまるで……。
「天使の羽!?」
「バブバブ」
「か、かわいい!」
「バッブー」
「うふふ」
嬉しくなった私は、さらに赤ちゃんを抱き上げました。
すると、なぜでしょうか?
青空の下、ひとすじの光が、不思議なことに私の全身にあたっています。
「な、なにこれ?」
きらきらと舞う光の粒子。
私のポニーテールに結んだ黒髪が、風もないのにふわふわと揺れています。
それとなぜか身体の中から、今まで感じたことのない不思議なパワーがあふれてきました。
【 乙女ゲーム 】
こんな言葉も、頭に浮かんできます。
「ああ、乙女ゲーム……なんて素晴らしい響き……」
さらに頭に浮かんでくるのは、ベッドに寝転んでスマホをいじっている前世の記憶。
イケメン王子が映っている画面を見つめて、ニヤニヤしながら……。
ハッとした私は、遠くの空を眺めます。
「ああ、前世の私は、乙女ゲームオタクだったのですね……」
──ん?
『あなたに前世の記憶と加護を与えました。神の赤ちゃんを育ててください』
「え? だれ?」
ピコッ
「……!?」
ふと振り返ると、一枚の絵画が浮かんでいました。
「え?」
『初めまして、メルル・アクティオス』
「わぁぁぁ、しゃべった!」
『うふふ、光の神ポースです』
「……これって神のお告げ?」
『はい! メルル、あなたに神の赤ちゃんを育てて欲しい!』
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