魔法の箱
木下由香は、その日はじめてたばこを買った。
何かが変われば、世界が変わる。
そんな想いとともに。
たばこに火をつけた。
「ゲホゴホゲホ」
思いっきりむせた。
街行く人が忍び笑いを漏らしていく。
熱くなった顔を隠すようにうつむいた。
話し声、足音、流行りの歌。
何ひとつ変わってない。
指に挟んだたばこを見ると、煙が立ち上っていた。
(魔法のランプみたいに、たばこの精が出てこないかな)
とても口には出せない妄想が浮かび、笑ってしまった。
「好きだよ。愛してる」
いきなりの告白に、たばこを落とした。が、そんなことは問題じゃない。問題なのは……
「世界中のだれよりも、きみを想ってる。いや、銀河中かな」
そう言ってさわやかに笑う男を、由香が知らない。ということだ。
「さあ、愛の園へと赴こう」
男がさしているのは、ホテル街だ。
そっぽを向いた。
こういう輩には、関わらないのが一番だ。
「オッケー。行こう」
男は由香の腕を取り歩きだした。
「行かないわよ!」
手を振り解き、にらみつけた。
「はっはっは」
「笑ってごまかすな!」
男は意に介さない。暖簾に腕押し。馬耳東風。そんな言葉がピタリと当てはまる。
「いい加減にしてよ! ウザイのよ!」
肩を怒らせ、その場を後にした。
駅前へと場所を移した由香は、広場に置かれたベンチに腰掛けた。
「なんで今日に限って……って、たばこ(これ)が原因かしら」
ポケットからたばこを取り出した。
「むせるし、体には良くないし、こんなのが五〇〇円もするなんて、絶対おかしいわ」
ベンチ脇のゴミ箱に手を伸ばしたが、寸前で思いとどまった。五〇〇円も出して買ったのに、たった一本吸っただけで捨ててしまうのは惜しい。
「もう一本だけ……ね」
箱から一本取り出し、火をつけた。一口吸ってから、ため息とともに煙を吐いた。今度はふかしたばこだから、むせることもない。
「好きだよ。愛してる」
さっきの男が現れ、またたばこを落としてしまった。
呆れる由香を無視し、男は同じ言葉を繰り返す。
(日が悪いのね……)
駅へ歩き出す由香の後を、男もついてくる。
(なんなの?)
横目でうかがいながら、改札口に急いだ。
(でも、ルックスはかなりいいわね)
男に微笑えまれ、心臓が大きく跳ねた。
(やばい。黙ってればカッコイイ)
あわてて視線を逸らし、ICカードをかざし改札を抜けた。
「気をつけて帰れよ」
聞こえてきた声に振り返った。
「今度来るときは、制服くらい脱いで来いよな。そしたら、ほっといてやるからよ」
手を振り去っていく男を見て、街から追い出されたことに気づいた。と同時に、無性に腹が立った。
「待ちなさいよ!」
改札を飛び越え、男を追った。駅を出てすぐのところで、男はたばこを吸っていた。
「ちょっとあんた」
目の前に立つ由香を、男が不思議そうに見つめた。
「帰ったんじゃないの?」
「文句言いに来たのよ」
「おお! じゃあ、行こうか」
男の手が肩にかけられた。
「なにすんのよ」
乱暴に振り解くと、男が目を見開いて驚いた。
「なによ」
「だってホテル行くんでしょ? なら、肩くらい組んでもいいじゃん」
「行かないわよ!!」
大声で否定すると、
「え~っ!? 一目惚れして追ってきたんじゃないの!?」
男が肩を落とした。
「本気で言ってんの?」
「おう!」
力強く答える男に身の危険を感じ、おとなしく帰路についた。
「はあぁ」
自宅に戻った由香は、長めの入浴を終え、自室のベッドに横になった。
「ため息出ても、笑顔出ずか……」
中学受験に失敗してから、自室に引きこもっている弟。その弟の世話をしているうちに、育児ノイローゼになった母。仕事を口実に、ほとんど家にいない父。
「は、ははは」
問題の多い家族を思い出すと、乾いた笑みが漏れた。
けど、それもすぐに消えた。
問題があるのは、由香も同じだ。自分ではどうすることもできない想いを抱えている。
(田崎くんは、なにしてるかな)
落ち込む気持ちを鼓舞するように、好きな人を思い浮かべた。
(大好きなテニスかな……って、こんな遅くにやってるわけないか)
心が温かくなってきた。枕を抱き、想いを口にした。
「あはは。やっぱり好きだな」
最初に好きになったのは、テニスをしている姿だった。ボールを打つ姿。真剣な瞳。きらめく汗。どれもカッコイイ。けど、一番好きなのは、あきらめない心。
応援していたはずなのに、気づくと応援されている。
負けるな。あきらめるなって。
それからは、どんなときも見てる。
「なんか……幸せ」
暖かい気持ちに包まれ、眠りについた。
友達のいない教室はヒマだ。
あくびをしながら、机に突っ伏した。
「おっはよ~!」
元気な声とともに、女生徒が入ってきた。
「遅い」
「あはは。ごめんごめん」
口だけの謝罪をしながら、小久保友恵が前の席に座った。
「田崎くんのとこ?」
「うん。ごめんね、わたしだけ幸せで」
イヤミ。
さりげなく友恵を小突いた。
「イタッ! なにすんのよ」
そっぽをむいた。
「由香、友達無くすよ」
「けっ、のろけ話を平気でする奴のほうが、友達無くすわよ」
「自分に彼氏がいないからってねたまない、ねたまない」
「ね、ねたんでなんかないわよ」
「あーはいはい」
由香の頭を、友恵が撫でるように抑えた。
「お姉さんはわかってるから大丈夫よ」
「なにを?」
手を払いながら訊いた。
「さあ?」
「なによそれ」
首をひねる友恵に、由香は肩をすくめた。
なんだかおかしくて、二人して笑った。
「どこ行くの?」
席を立った由香に、友恵が訊いてきた。
「トイレ」
「もうすぐホームルーム始まるよ」
「まだ大丈夫」
由香は早足に教室を出た。
用を足し教室に戻ると、友恵の隣には、彼氏の田崎信行がいた。
笑顔で語り合っている二人を見ると、
(なんて幸せそうなの。ああ、ねたましい)
なんてことを思ってしまう。
「邪魔してやる」
つぶやき、席に戻った。
「お帰り」
さわやかカップルが、極上のスマイルを向けてきた。
「ただいま」
席に腰を下ろした。
「今度のデート、どうする?」
デートという単語が、胸に刺さった。
「たまには信くんが決めてよ」
「じゃあ、テニス」
「却下!」
「え~!? 他のデートスポットなんか知らねえよ」
ふてくされるような表情の信行に、
「じゃあ、この雑誌から選んで」
友恵が情報誌を差し出した。
チャンスだ。
「あっ、それ見たかったんだ。ちょっと貸して」
信行が取るより先に、横から掠め取った。
(けけけけけ)
恋人たちの間に割って入れたことに、心の中で笑った。
「ゆ、由香。本気で友達無くすよ」
友恵が驚きと哀れみのこもった眼差しを向けてきた。
「なんでよ。雑誌が見たいから、貸してって言っただけじゃない」
「じゃあ、その雑誌のなにが見たいのよ」
「えっ!? そ、それは……」
するどい追及に口ごもった。
(やばいわ)
適当なことを言って奪ったものの、手の中にある雑誌がなんなのかすら知らない。
(答えられるわけないじゃない)
頬を冷や汗が伝った。
(どうすればこのピンチを逃れるの?)
脳を高速回転させる。
(そうだ!)
名案が閃いた。
「占いよ!!」
女の子向け雑誌に、占い(これ)がないことはない。確信のもと勝ち誇る由香に、
「かわいそうな子」
「まったくだ」
友恵と信行が憐憫のまなざしを向けてきた。
「殴るわよ!?」
「安心して。わたしたちは、あんたの味方だから」
ぐっと握った由香の拳を、友恵が優しく両手で包んだ。
「で、だれが好きなの?」
「はあ!?」
目をパチクリさせた。
「だ・か・ら、あんたの想い人はだれなの」
「なによ、突然」
顔を輝かせ訊いてくる友恵から逃げるように、上体を引いた。
「決まってんじゃない。わたしたちの幸せをねたまないように、由香にも彼氏を作ってあげよう。って言ってんの」
「大きなお世話よ!!」
手を解きながら断った。
「いやいや、そんなことはないぞ。俺たちは、木下の幸せを願ってるんだ」
信行が友恵の肩に手をかける姿は、胸を拉ませた。
(まいったな。言えないよ。あたしが好きなのは田崎くん。あなたなのよ。なんて……)
「ねえ、協力するから」
友恵にそう言われても、由香は苦笑を浮かべるしかなかった。
「ほら、席につけ」
担任が教室に入ってきた。
「ちぇっ」
友恵が前を向き、信行も自分の席に戻っていった。
(先生。ナイスタイミング)
心の中で親指を立てた。
「ホームルームを始める前に、教育実習生を紹介する」
教室がざわついた。
「静かにしろ。じゃあ、自己紹介して」
男が一歩前に出た。
眉目秀麗。長身痩躯。そんな言葉がよく似合う。ダークグレイのスーツの着こなしも決まっている。高そうな腕時計とネックレスでもしていれば、完全にホストだ。
「ん!?」
なんだか見覚えがある。しかし、どこで会ったか思い出せない。
「高月慶一です。担当教科は現代国語です。二週間という短い期間ですが、よろしくお願いします」
高月が軽く頭を下げた。
「あああ!! 昨日のナンパ男っ!」
閃き、腰が浮いた。
教室の時間が止まった。
「本当?」
「いいえ。初対面です」
担任の質問を、高月が即座に否定した。
由香は首をひねった。どう見ても昨日の男に見える。
「昨日、ナンパしてきたよね?」
確認するように、もう一度訊いた。
「昨日は実習の準備でずっと家にいたから、他人の空似でしょう」
そう断言されてしまうと、なんとも言えない。第一、確信を持って追及できるほど、一緒にいたわけじゃない。
「そうですか。それは失礼しました」
腑に落ちないながらも席に座った。
昼休み。由香は友恵と校庭にある芝生の上で弁当を食べていた。
「ねえ、実習生のこと知ってんの?」
今日何度目かの問いに、由香は顔をしかめた。外見のいい高月は、赴任から半日と経たぬうちに、女生徒の注目の的になっていた。
噂話が大好きな女の子たちにとって、朝の騒動は見逃せないらしく、時間と場所を変え、ほぼクラスの全女子に同じ事を訊かれた。
「知らない」
全員にそう答えたが、だれも信じない。
「ナンパされたんでしょ」
「他人の空似」
半信半疑だが、そう言うほかにない。それに、同一人物だからといって、何がどうというわけでもない。今朝だって、たまたま知った人物だったから反応しただけだ。
正直、高月のことはなんとも思っていない。あっちが初対面を装うならそれでかまわない。
「でも」
「見なくていいの」
友恵の言葉を遮り、テニスコートをさした。
そこには信行がいて、試合をしている。相手は高月だ。噂の実習生とテニス部のエースの戦いとあって、観客数は多いし、今も増えている。離れていては、時期見えなくなる。
由香たちは弁当箱をしまい、コートに近づいた。
意外なことに、高月がリードしていた。
その華麗な姿に、女子が黄色い声援を送る。
「で、どうなの? 好みのタイプなの?」
「べつに」
高月をさしながら訊いてくる友恵に、由香は正直に答えた。
友恵はそれ以上追及してこなかった。というより、信行の応援でそれどころじゃない。
「いけーっ! そこだーっ!」
友恵の必死な声援に応え、信行のギアが一段上がった。懸命にプレーする姿は、
(やっぱり……いいな)
と思った。
でも、この想いは報われないし、報われてほしくない。友恵を悲しませてまで、信行とどうこうなりたいわけじゃない。けど、友恵の応援に拳を突き上げて応える信行の姿は、胸を潰す。
ぎゅっと手を握り、痛みに耐える。けど、消えない。
(ヤバイ。見てらんない)
うつむいた。
「コラ、ちゃんと見とけ」
高月の言葉に顔をあげた。けど、高月の視線は由香を越えた後方を見てた。その先には、コートを離れる数名の女子がいた。
「ったく」
後ろ髪をかき、プレーを再開させる高月と目が合った……ような気がした。
(偶然? それとも、あたしに言ったの?)
聞きたいけど、今はできない。試合の邪魔をしてはいけない。由香は黙って高月を見つめた。
競った試合が続くのかと思ったが、除々に高月のプレーからキレがなくなっていく。
原因は体力の低下だ。肩で息をする姿からは、前半のような躍動感がない。けど、あきらめない。信行と同じように、懸命にボールを追っている。
その姿には、好感が持てた。
サーブが決まり、信行が逆転勝ちした。
「あ~っ、くそっ」
悔しがる高月を尻目に、友恵のもとに駆け寄ってきた信行が、
「勝者にご褒美」
そう言って頬を突き出した。
周りにはやしたてられ、顔を赤らめながら、友恵がキスをした。
目頭が熱くなるのを感じ、由香は逃げるように校舎に戻った。
(やだ。どうして)
涙が頬を伝う。拭っても、新たな線がすぐに描かれる。
泣いてる姿を見られたくない。
由香は屋上に向かった。立ち入り禁止だが、関係ない。
外に出た。
溢れる涙がこぼれないように、上を向いた。
視界いっぱいに広がる青空が、とてもきれいだった。青があまりにきれいだったから、しばらく空を眺めていた。
「あたしの心も、このくらいきれいだったらなぁ」
「そりゃ無理だろ」
ひとり言に、答えが返ってきた。
驚き、辺りを見回した。
「よっ」
出入り口に、高月がいた。
「なんでいんの?」
「追ってきたから」
高月が屋上に足を踏み入れた。
「見てた?」
「そばにいたからな」
懐から取り出したたばこに火を点けながら、
「しかしなんだな。昨日の喫煙といい、今日の涙といい、お前さんとは特別なシーンで会うな」
高月がしみじみとそうもらした。
「ほんと……って、やっぱり昨日会ってるんじゃない」
「いや~っ、おれも驚いたんだぜ。まさか、再会するとは思ってなかったからな。でもまあ、もしかしたら……とも思ってたけどな」
「なんで?」
「制服が似てたからな」
「ふ~ん。じゃあ、実習先の生徒とわかっていながら、ホテルに誘ったんだ」
ジト目を向けるが、
「バ~カ。ありゃ演技だよ」
さらりと否定された。
「うっそだ~」
「ウソじゃねえよ。お前を帰すために、わざと言ったんだよ」
事もなげに言われた。それが本音でもウソでも、どっちでもいい。
由香は空に視線を戻した。
また、涙が出てきた。しかし、今度は原因のわからない涙じゃない。この涙の原因は、横から流れてくるたばこの煙だ。
「ケムい」
「おお、わりぃわりぃ」
謝りながらも悪びれた様子のない高月に、ムッとした。
「たばこ吸うのやめて!」
「なぜ?」
「煙が目に痛いの」
「涙が出るほどか?」
「そうよ」
たばこの先が赤く熱を帯びた。
「その涙を、こいつのせいにするのか」
高月が白煙を吐き出した。
「せ、せいになんかしてないわ」
ムキになって否定する由香に、高月が言った。
「金八やってやろうか」と。
意味がわからず、眉を寄せた。
「悩み相談。してやろうかって言ってんだよ。吸えないたばこに手を出したり、泣きながら校舎を駆けずり回るほど、悩みがあんだろ」
言ってることは教師っぽいが、高月の表情は教師っぽくない。
「楽しんでるでしょ」
「おう」
高月が満面の笑みでうなずいた。
「あははははは」
正直すぎて笑えた。だから、
「あたしね、親友の彼氏が好きなの!」
だれにも話したことのない気持ちを打ち明けた。
「そりゃまた……難儀な話だなぁ」
高月の言葉からは、全然気持ちが伝わってこない。
「でしょ。でも、それだけじゃないの。なんとね、家族が問題児だらけなの」
「大変だな」
これにもやっぱり、気持ちがない。
「ほんとよ。弟は中学受験に失敗したぐらいで引きこもるし、母さんは育児ノイローゼになるし、父さんは仕事人間。もう、大変なんてもんじゃないの」
これも、だれにも話したことのない気持ち。
「不幸な子なんだな」
だけど、高月からはなんの感情も伝わってこない。
というか、ほとんど聞いていない。
「先生。興味ないでしょ」
「おう」
予想通りの答えに、
「あはははは」
大笑いした。
「ダメじゃん。これじゃ、悩み相談になってないよ」
笑いすぎで痛いお腹を押さえながら、文句を言った。
「ほんとだな。こりゃ驚いた」
これも口だけだ。
なんだかわかんないけど、とにかくおかしかった。だから、おもいっきり笑った。
涙が出るほど笑った。
「んじゃ、悩み相談でもすっか。何に悩んでいるのかはわかった。なら、これからどうなって欲しい?」
「う~ん。そうだな~」
腕を組んで考えた。
家族の問題が解決し、理想的な彼氏ができる。それがベストだけど、そんなのは無理だ。
「まだかぁ~」
高月がそう言いながら吐き出した白煙を吸い込み、むせた。なんだか、昨日もこんなことがあった。
「そうだ! 何か。今の状況が変わるような、劇的な何かが起こってほしい!」
「それなら簡単だな」
立ち上がった高月が、鉄柵の側まで歩いていった。
「おしっ、まだやってんな」
手招きする高月に近づき、校庭を見下ろした。
テニスコートでは、試合が行われていた。男女混合ダブルスで、信行と友恵がペアを組んでいる。
楽しそうな姿に、視界がぼやけていく。
「想い人と恋人兼親友が、和気あいあいとプレーしてるぜ」
高月の指摘に驚き、涙が引いた。
「な、なんで知ってるの!?」
焦る由香に、高月が事もなげに言った。
「プレー中のお前らを見てれば、一目瞭然だっつうの」
なるほど。
「当たりだろ」
無言でうなずいた。
「なら、舞台はそろってると思わねえか」
高月がいじわるな笑みを浮かべ、ウィンクとともに言った。
「ここから、親友の彼氏に好きだ! なんて言ってみ。目立つぜ。劇的な何かが起こるぜ。絶対に、な」
由香はつばを飲み込み、もう一度下を見た。
友恵と信行が楽しそうにプレーしている。
二人の幸せを、心から願ってる。
けど……
「好きだよ~!!」
気づけば、そう言っていた。
「田崎く~ん!!」
親友の彼氏に向かって。
声に気づいた全員が、屋上を見上げた。
「由香!?」
一番に友恵が気づいてくれた。それが嬉しかった。
「じゃあ、今の告白は……由香!?」
友恵と信行が顔を見合わせ、
『どういうこと!?』
同時に首をひねった。
「ぷっ」
息の合った二人の行動に、吹き出してしまった。ついさっきまで、そんな二人に心を痛めていたのに。
「あはははは」
今は笑えた。笑いすぎで立っていられず、その場にしゃがみこんだ。
「すっきりしたか?」
「うん」
うなずいた拍子に、涙がこぼれた。
「笑顔に涙は似合わないってか」
高月が由香の涙を指で拭った。
急に熱くなった顔を隠すように、空を見上げた。
「うっわ~。あっお~い!」
少し前に見た空より、青さが増していた。
「きれいなもんだ。こんな澄んだ空は、なかなか見れねえよな」
声の感じで、高月も感動しているのがわかった。
その横顔をそっと覗いた。
最初見たときより、キラキラしていた。
振り向いた高月と目が合った。
恥ずかしくて、すぐに空に視線を戻した。でも、チラチラと伺い見てしまう。
(ああんもうっ! なんで!? 気持ちなんてそんな簡単に変わらないはずなのに……なんで!?)
そう思いながらも、高月から視線が外せない。
「で、劇的な何かは起こった?」
少しだけ腰を浮かし、校庭を伺い見た。
「ちょっと由香。由香~っ!」
絶叫に近い声で呼ぶ友恵。
「目立つからやめろって」
止める信行に視線を移し、
「なんで嬉しそうな顔してんの!?」
友恵が眉を吊り上げた。
「いや、嬉しそうになんかしてねえよ」
「ウソだ!」
「ウソじゃねえよ」
友恵と信行がケンカしだした。
いますぐフォローすることもできたけど、しなかった。幸せな二人に贈る、最後の嫌がらせだ。
(ふふ。ゴメンね)
心の中で謝りながら、屋上に横になった。
騒然とする下からの声を無視して、高月に言った。
「愛情が友情に変わっちゃった」
微笑む由香に、
「そいつは劇的変化だな」
高月も笑顔になった。
「でも、それだけじゃないんだ。先生に対する想いも変わった」
「おれのも?」
驚く高月に、うなずいてみせた。
「どんな風に変わった?」
興味深そうに訊く高月に、由香は正直に答えた。
「わかんない」
「なんだそれ」
高月が苦笑した。
「ほんとにわかんないの。でも、これだけは言える」
由香は精一杯の想いを込めて言った。
「嫌いじゃない!」