9話目
やってしまった……この一言につきる。
何が怒ってないだ、僕の口から出てきた言葉は誰がどう聞いても、怒っているとみて取れる言葉だった。将来、執事になる者として冷静に物事を捉え、客観的に見て発言できる様にならないといけない。
なのになんだ、さっきの事は何処からどうみても感情的になっているじゃないか。
帰りの馬車の中も、食事の時の給仕もお嬢様と目を合わせる事がなかった。
今までかなりの確率で目が合うので僕の方が逸らしてたり、視界に入らない様に注意していたけれど、今日はおかしな事に一切目が合う事がなかったので、いつもと逆に僕が視界の中に入る様な位置にいたぐらいだ。やっぱりお嬢様を傷つけてしまったかもしれない。
僕は自室で反省会をしていた。
「今からでももう一度お嬢様に謝りに行った方がいいのか……。」
今後の対策もあるし、自室でうじうじと悩んでいる訳にもいかない。
僕は手元にあるカイルから貰った資料を眺める。
お嬢様が1人だけ思い当たる方が居ると言っていた人物のことが書かれてある。
さすがカイルだ、すぐ集めて持ってきてくれた。
僕はその資料を持ち部屋から出てお嬢様の自室へと向かう。
旦那様達が暮らしている屋敷と、使用人が住んでいる部屋は別の棟になっていて一旦外に出て向かわないといけない。
この様な時間帯に尋ねるのは悪いが、お嬢様の机に入っている手紙によると1週間後に何かしら危険が及ぶかもしれない。時間はないのだ。
僕は外に出て旦那様達が暮らしている屋敷の前にある花壇の所でお嬢様がベンチに座っている事に気付いた。
「お嬢様、この様な時間帯に外に出られては風邪を召されますよ?」
食後の後に散歩といっても時刻は8時手前だろう、夜の外の風は少し肌寒い。
「キリア、今日の事をもう一度話そうと思ってここで悩んでたの。」
話し合いにその手に持っているオペラグラスはいるのだろうか、僕は内心首を掲げる。
「お嬢様、放課後のことは大変申し訳ありませんでした。従者のやる事としては失格です。今後この様な事が起こらない様努めます。」
「そんな事はいいのよ、むしろもっと私の前では感情的になって欲しいわ。」
お嬢様が僕に近づいて言ってくるので仰け反ってしまう。
「仕事柄そういう訳にもいかないんですが。」
「他の方なら許されないけれど、私にだけは感情的にもなって欲しいの!
……私ったら何いってるのかしらっ。」
お嬢様が頬を染め上げ恥ずかしがっているが、なんか気持ち悪い……。
どうしたんだ、マレウス先生に何か飲まされたのか?
「えぇと、お嬢様、とりあえずお座りにになって下さい。私も隣に座ってもよろしいでしょうか?」
「えぇ、どうぞどうぞ。座ってちょうだい。」
お嬢様が隣を開けてくださるので僕は失礼する。
「お嬢様再度お願いしますが、今後も絶対に1人で行動しないようお願いしますね。例え先生に呼ばれたとしても、マナリア様か私を待って一緒に行動して下さい。」
「わかったわ、この件が落ち着くまで単独行動は控えるわ。」
「お願いしますね。ところで今日のマレウス先生はどのような要件でお呼びになったんですか?」
「マレウス先生は私に何か悩みがあるんじゃないかと心配して下さって個別で相談に乗ってくれようとしてたんだと思うんだけれど……。」
そこでお嬢様は言葉を詰まらせる。
「どうされたんですか?」
「その、様子がおかしかったの。いつも寡黙で近づきづらい先生なのに私の事をずっと見ているとか、他の人の事を心配しないでとか。とにかく怖かったわ。」
僕はそれを聞いて呆然としてしまう。
フラグ立ってません?お嬢様何処で建ててきたんですか?今すぐへし折って来てくださいよ!そのまま行くと僕もお嬢様も死亡ルートな気がしますが……。
「キリア?」
「少し驚いて。マレウス先生はそのような一面があったのですね。」
どうしよう。警戒しないといけない人がもう1人出てきたよ。
てか、これって通報案件だよな?先生なにやっちゃってるんだ。
「お嬢様、絶対お1人でマレウス先生には近づいてはなりませんからね、絶対ですよ。何かあったからでは遅いんですからね。」
「怖い目に会ったばかりなのよ、近づかないわよ。」
「わかりました。お嬢様のお言葉を信じます。
お話は変わりますがお昼に言ってた件です。1人心当たりがあると言った方はこの方ですか?」
僕はカイルから貰った資料を手渡す。
そこに書かれている人物は僕達の後輩にあたる
サリス・ウォルガナである。
公爵家長男にあたり一人っ子なのでかなり甘えたさんに育てあげられたらしい。ワンコキャラで女子受けがいいが男性からは疎まれるタイプだ。
「そう、この子よ。なんでわかったの?」
「カイルからの情報です。」
「そうなのね、それでどうするつもりなの?」
「朝早くに学園に行き、手紙を入れてる瞬間で現行犯逮捕です。それでどうしてこのような事をしているのか話を聞き出します。」
休み時間に尋ねても、何のことだと知らぬふりをされる可能性がある。
ならば現行犯で捕まえた方が確実だろう。
「お嬢様それでよろしいでしょうか?」
「いいわよ、キリアに任せてるんだから。そうと決まれば明日は早起きね。もう部屋に戻って休みましょ。」
「そうですね、今まで不安でしたでしょう。今宵からは安心してお休みください。」
「ありがとうキリア。お休みなさい、良い夢を。」
そう言って立ち上がり、僕に微笑む。
月明かりに照らされ白銀の髪が輝やいてみえる。お嬢様は今にも消えてしまいそうな儚い存在があるが、力強い赤い瞳に吸い寄せられる。
これがヒロインの力か!
「……お休みなさい。」
心を鋼にしないと僕もヒロインの笑顔にやられそうだ。