8話
先生の部屋の前に立ち、ひとつ深呼吸をしてからノックをする。
「先生、ユリシア・ハーバヌリスです。」
「入れ。」
先生の許可を得て部屋に入る。
扉を開けるとツンとした薬品の匂いが鼻についた。
右側には書物が沢山並んでおり、左側には研究に使うのだろう道具が整頓されている。
中央には長テーブルとソファが備えられており、奥にはデスクがあった。
先生はデスクの前に立っており、ソファの方にかけろと手で指示してくる。
私はおずおずと長ソファの端っこに座る。
「何故今日の授業で上の空だったんだ?何か悩みでもあるのか?」
先生が話しかけながら隣に座ってくる。
真正面にもソファがあるのに何故隣に座ってくるのよ。
「えと……、昨日の夜遅くまで予習をしてまして寝不足だったんですよ!」
私は目線をどこに向けていいか分からずうろうろさせる。
先生の顔がイケメン過ぎて見つめることは出来ないし、かといってそっぽを向いて話をするわけにもいかない。
「それにしては、挙動不審に見えるんだがな。
何かあるなら言ってくれ、私は君の力になりたいんだ。」
先生の言葉で思わず見てしまう。
今まで先生を避けていた為、あまり関わりがないはずだ。なのにどうしてその様な事を言ってくるのか。
先生のダークブラウンの瞳に引き込まれてしまう。
「君は最近ため息が多いし、笑顔の回数が少なくなった。私は心配なんだ、君が笑いかけてくれる回数が少なくなって、君の口から楽しそうな笑い声が聞けなくなって、君が美味しそうにご飯を食べる姿が見えなくなって、君が一生懸命何かに挑んでいる姿が見えなくなって、君が私に駆け寄ってくれる回数が少なくなって、君が私を心配してくれる事がなくなって……私は何時も君を見ている、側に居るよ。
だから話してくれないか?君の心に巣食っている悩みを、私が解決しよう。君が悩んでいい事は私に対してだけにしてくれ。他の物には目を向けず私だけを見ておくれ。」
先生が何を言っているのか意味がわからない。
誰の事を言っているのか、これはもしかしたらゲームの修正力が働いているのではと思ってしまう。
結局のところどんなに足掻いても、最終的にはシナリオ通りになってしまうのか。
先生の手が私の頬に向かって伸びてくるけれど、私は動く事が出来ない。
先生の手が私の頬に触れるという所でノックが聞こえ、返事も待たずに人が入ってきた。
入ってきた人物はキリアだった。
キリアは私の腕を掴み部屋から出て行く。
怒っているのだろうか、私の顔を見てくれない。
でも、後ろ姿からして怒っている雰囲気はある。
キリアがこの後感情を露わにする事を知らずに、私は声をかけるのだった。