表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
変態騎士は妖精使いに転職しました。  作者: 黒川レン
第一部 可愛いモノ好きで何が悪い
1/1

プロローグ

 『変態』。


 その男を一言で表すとすれば、この言葉以上に適するモノはないだろう。

 男はこう語る。

 

 ――まだ見ぬ変化へ想いを馳せることにこそ趣がある。


 変化を好む、と言えば聞こえは良いのかもしれないが、男が好むのは変化の中でもとりわけ成長期の少女に起こる変化、所謂発達の過程だった。十代前半を迎えた頃から始まるそれは、これまで区別のなかった幼い身体にそれぞれの違いが生じるものだ。

 変化前、断崖絶壁などと呼ばれていた平たい胸板には2つの双丘が隆起し始め、四肢には母性を表すかのようにふっくらと肉が付き出す。顔立ちはハッキリと整っていき、身体全体として滑らかで柔らかな曲線美を創る。これは生物としての人間が編み出す一つの芸術だと言えるだろう。

 しかしながら、男のように発達の時期の少女を好む者は、この時代の世間一般では『異常性癖を持つ者』として認識される。

 何故なら健全な青少年であれば発達途上の未熟な身体よりも、発達しきった身体を好むからだ。

 その身体には『双丘』の代わりに『双球』が備え付けられており、ふっくらとした身体はよりふっくらと、柔らかな曲線はより柔らかに変化している。このような雌としての魅力を持つ方に惹かれるのは雄としての性である。だが、『変態』たちはそれを頑なに受け入れようとしない。


 ――若さこそ正義。


 これは男の言葉だが、『変態』たちはこのように自分の趣味に関して何らかの矜持を持ち合わせているのである。ちなみに、いくら発達過程が好きだからと言って、成長の早い少女を好まないかと言えばそんなことはない。

 男は『双丘』を備えた女性よりも、『双球』を備えた少女を好む。

 さらに言えば、ロリババアという存在がいる。見た目は幼女のくせして中身は見た目の倍以上の年齢だというような存在だ。男はこれを認めない。

 男は変化を好むのであって、見た目を好む訳ではないからだ。身体は発達しきってるわ中身は成熟しきっているわでは、ただの空虚なモノに過ぎないのである。

 中身と外身、それぞれの変化には違った良さがしっかりと存在している。

 前置きが長くなってしまったが、つまるところこの男の主張は――――



「いたいけな美少女と一緒に冒険がしたいんだが、なんとかしてくれないか?」

「警備隊の詰所はあちらにございますよ?」


 爽やかな笑顔を浮かべる青年、もといその変態は艶やかな黒髪を持っていた。前髪は目にかからない程度に整えられており、全体として長すぎずさっぱりとしている。開かれた両眼は少し吊り上がっているも、ぱっちりとしていてその色は髪と同じく黒だ。

 彼は己の片肘を受付のテーブルに置いて脚を組みながら、目の前で迷惑そうな顔をしている受付の女性に相談をしている最中だった。

 そして自分の発言を明らかに嫌味気に返されたにも関わらず、落ち込むどころかむしろ笑顔をもって言葉を返した。


「あはは、面白いことを言うなぁここ受付の人は。一体この俺のどこを見れば警備隊に行くような変質者と見間違うんだ?」

「そうですね、もう一度ご自身の発言を振り返ってみてはいかがでしょうか」

「はて、どこにおかしなところがあったのやら」

「安心してください。あなたならきっと警備隊にも歓迎されること間違いなしです。なんなら私もご同行いたしましょうか?」

「斬新な提案だけどやめておいた方が良い。俺は君に懐疑の目が向けられるのなんて見たくないからさ」

「はぁ……そうですか」


 全く動じる気の無い青年を前に更に嫌悪の表情を浮かべた受付嬢は、テーブルに置かれた一枚の紙をつまみ上げると、それを勢いよく青年の鼻先に突きつけた。


「そもそも、一体全体これはなんなんですか!こんなふざけた要求通るわけないでしょう⁉︎」

「え、通らないのか?」

「ここをどこだと思ってるんですか⁉︎」


 ついに我慢の限界を迎え声を荒げた受付嬢の様子に気づき、この建物の中にいた者たちが何が起こったのかと好奇の視線を向け始める。

 よく見ると視線を向け始めた者たち、つまりこの場にいる者たちの殆どがなんらかの装備に身を包んでおり、その背中や腰には各々の得物が掛けられていた。加えて、顔や身体の所々に傷のついた様相は、彼らにより一層荒々しさや凶悪さを与えている。

 そんな者たちに囲まれている状況の中、青年は彼女の問いを受け、顎に手を当て考える素振りを見せる。彼が答えを出そうと唸っていると、不意に彼の背中に影が差した。


「傭兵ギルドだよ、この馬鹿野郎」


 いつの間にか青年の背後に立っていた男は、本来彼が答えるハズだった答えを忌々しそうに代弁した。


「ジエンさん!いらしてたんですね!」

「おう、さっき帰った。で?この馬鹿はここで何をしてるんだ」


 受付嬢にジエンと呼ばれた男は壮年の男だ。褐色の髪を短く切りそろえており、頭頂部のみを逆立てている。眼の下には隈が付いており、顎に生えている無精髭も相まって年相応以上の顔に見えた。 青年よりも頭一つ分ほど長身である彼は、厚手で黒みがかった膝ほどの丈の外套を羽織っていた。


「あ、久しぶりだなジエン。そうだ聞いてくれよ!この受付嬢、俺の要求全然通してくれないんだぜ?」

「何言ってるんですかこの変質者!とぼけるのもいい加減にしてください!」


 ジエンの中では温厚なハズの彼女の口調がより激しさを増したことに何かを察したのか、彼はどこか申し訳なさそうにため息をついた。

 そして腰に当てていた引き締まった腕を持ち上げると、その手で青年の首ねっこをガッシリと掴んだ。


「すまんな、こいつは俺の知り合いなんだ。こっちで対応するから仕事に戻ってくれて大丈夫だぞ」

「ありがとうございます。お手数をおかけしてすみません」

「おいちょっと待てよ!俺まだ言いたい事が……」

「お前は黙ってろ」

 

 受付嬢の持ってあった紙を受け取り、青年の首根っこを掴んだまま連れ受付横の扉まで歩いて行く。そんな彼の後ろ姿に軽くお辞儀をすると、彼女はそのまま何事もなかったかのように仕事を再開し始めた。


  ☆


「で、お前は何しにここに来たんだ?」


 受付を後にした彼らは、その奥に位置する部屋に来ていた。

 二人が現在いるのは縦横約五メートルほどの広さの部屋で、入ってきた扉の反対側には、高級感あふれる木製の事務机と革製の椅子がある。そこにジエンは腰掛けていた。対して青年は部屋の中央にある長机を挟んだ二つのソファの一方に座っていた。


「見ての通り転職だよ。そこの紙にも書いてあるだろ?」

「ふむ、第一希望は……『可愛い少女が大勢所属している職業』。お前ふざけてんのか?」

「いやふざけてねぇよ。見ろよ、この混じり気のない澄んだ瞳を」


 青年は自身の瞳を人差し指で指しながら、ジエンの方に身を乗り出す。


「燻んだ瞳の間違いだろ」

「上手いこと言おうとしてるけど、ジエンの瞳の方がよっぽど燻んでるからな」


 青年の言葉を受たジエンは呆れたように嘆息すると、手に持っていた羊皮紙を勢いよく破り捨てた。


「ああぁっ‼︎せっかく書いた紙がっ‼︎」

「こんなくっだらねぇこといい歳して書いてんじゃねぇ!恥を知れ恥を!」

「はぁ⁉︎どこに恥ずかしがる要素があんだよ!自分の欲望に忠実になって何が悪い!」


 ついに爆発したジエンに対し、青年はだだをこねる子供のように負けじと反論する。


「一般的にそういった奴を変態って呼ぶんだよこの変態。……そう言えば、お前に紹介したい職業があったのを思い出した、たった今な」

「本当か!どんな職業なんだ?」


 期待させるような言葉に勢いよく食らいつく青年。しかしそんな彼にジエンがまともな答えを返す訳もなく……、


「『囚人』って言うんだが知ってるか?」

「ん…シュウジン?聞いたことないな」

「安心しろお前にピッタリの職業だよ。それに転職することが世のため人のためだ。これからお前のために推薦状を書いてやる」


 彼はそう宣言すると、重厚な雰囲気を醸し出す木製の机の引き出しを勢いよく開け、そこから一枚の羊皮紙を取り出した。そして机の端に立てかけられている羽ペンを手に取って、その『誓約紙』と書かれた紙に目にも留まらぬ速さで筆を滑らし始めたのだった。


「おい!それ《制約紙(ギアスロール)》じゃねぇか!アンタ俺に何を誓約させるつもりだよ⁉︎」

「………」

「無視ですか⁉︎今『何があっても責任は問わない』って文字が見えたんですけど⁉︎」

「心配すんな。お前はきっと何の抵抗もなく職場に馴染めるから」

「それ《誓約紙(ギアスロール)》の効果だよね⁉︎ホントに洒落になってないから‼︎すいませんでした!調子に乗ってすいませんでしたぁあ‼︎」


 青年の必死の制止を見て、本日何度目になるか分からないため息をつくと、《誓約紙(ギアスロール)》を書く腕の動きを止める。そしてジエンは手に持った筆を元の位置に戻し、無精髭をさすりながら緩んだ表情を一変させ、青年に問いかけた。


「で、繰り返すようだが本当にお前は何しに来たんだ。俺だって暇じゃあない。お前のノリに付き合う時間はないんだよ。金か?人手か?仕事で必要ならその分手を貸す。だから今すぐ用件を言え」


 部屋にいるのはジエンと青年の二人のみ。それ故にジエンの質問に対し青年が口を噤んでしまったことによって起こった沈黙が、より一層部屋の静けさを引き立てる。

 しばらくうつむいたままだった青年は、沈痛な面持ちのまま顔を上げると口を開いた。


「ジエン、今から言うことを誰にも漏らさないって、約束してくれないか?」

「…………」


 ジエンはその言葉に返事をしなかった。ただ目の前の青年が重大な告白をしようとしていることに対して、下手に何かを言うべきではないと思ったからだ。


「……沈黙ってことは肯定と捉えて良いんだな?」


 青年は確かめるようにジエンに言葉をかける。彼は無言のままだったが、青年から向けられる視線から目を背けはしなかった。


「……それじゃあ、言うぞ」


 ゆっくりと息を吸い込むと、覚悟を決めておもむろに口を開いた。



「俺、騎士団クビになっちった」


  ☆


「冗談じゃなかったのか……」


 しばらくの後。青年の暴露を聞いて、開いた口が塞がらなかったジエンは彼を質問責めにし、やっとのことで納得したかと思うと、頭を抱えて唸り始めた。


「だから冗談な訳ないだろ。さっき転職って言ったはずだぞ」

「あの紙を見て、誰がお前の転職を本気で信じると思ってんだよ」


 青年の退職を聞いて焦っているジエンとは対照的に、当の本人はあっけらかんとしていた。


「まあそんな訳で、この町にいる知り合いを考えた時、真っ先に思い浮かんだのがアンタだったって訳だ」

「それでここに来た訳か……。ったくこっちはとんだ迷惑だっつーの」


 うんざりとした様子でジエンは、青年に視線を送る。元から目つきの悪い彼の睨むような視線に、常人ならば竦んでしまう所だが、青年は全く動じない様子で言葉を返した。


「正直な話、騎士団から解放し、せっかくだから自由に旅なんかしたい所なんだけど、その、まあ何というか……」

「金がない、か」

「そうそう、流石はジエン!分かってる」


 ジエンの方に指を向けながら嬉々とする青年を、先程の嫌悪感に満ちた目とは異なる目でジッと見つめ、しばらくの後ふぅっと息を吐いた。


「ここで『金を貸せ』なんて言い出した日には本気で出禁にする気だったが……。《就職希望書》を書いたあたり一応働く気はあるみたいだな」


 つい先程破り捨てた紙に視線を送りながらそんなことを告げるジエン。それを見た青年は顎を上に上げ、自慢気に胸を張った。


「そりゃあ俺だって元騎士だぞ?民草から金を借りるわけにはいかないさ」

「その民草に現在進行形で迷惑かけてんのは何処のどいつだよ」


 気取ったように騎士道のなんたるかを言い放つのを聞き、たまらずツッコミを入れる。それを聞いて笑っていた青年は、長椅子に座り直すと逸れかけていた話を戻すため口を開いた。


「で、俺は結局就職させて貰えるのか?貰えないのか?」

「そりゃあ就職はさせてやるよ。実力のある奴は基本歓迎だからな。そういや、お前はウチの雇用の仕方がどういうものなのか理解してるのか?」


 《職業システム》。それはジエンの所属する傭兵ギルド《月夜の銀狼(ムーンリット・ウルフ)》における特徴的な雇用形態だ。

 そもそも傭兵ギルドとは、その言葉の通り傭兵をまとめ、その仕事を彼らに斡旋する組織のことだ。依頼される仕事には、用心棒や警備、旅人の護衛などだけでなく、《瘴獣》と呼ばれる自然界に満ちる《瘴気(ミアズマ)》を取り込み過ぎたせいで凶暴化してしまった動物を撃退および退治するという仕事なども請け負っている。

それらの際に、依頼をこなしやすくするために作られたのが《職業システム》だ。


「確か、ギルドの適性検査に基づいて『職業』を選んで、ギルド側がその『職業』に関する支援をしてくれるっていうシステムだろ?受付で聞いたぞ」

「ああ、そうだ。『職業』には大きく分けて三種類ある。戦士と術師、そして補助員だ。戦士は剣や弓を使う前衛、術師は魔法を使う後衛、補助員は魔法や道具なんかで他人をサポートするようなものが含まれるな。まあ一部例外もあるが、基本的には三種類の『職業』が最低でも一人づついるパーティを組んで活動してる」

「うへぇ、俺パーティ組むの拒否感あるなぁ」


 青年がジエンの言葉を受け苦そうな顔をする。

「そりゃまたどうして?」

「だってギルドに所属してるのなんて大体むさ苦しい男しかいないだろ?そんなヤツらと徒党を組んで働くなんて真っ平御免だな」

「じゃあ誰となら良いんだ?」

「それは勿論、可愛い幼じ……」

「うん、やっぱりお前は『囚人』が似合ってるみたいだ」

「シュウジン……ってああ!『囚人』かよ⁉︎……分かったから《誓約紙(ギアスロール)》を書こうとしないで!俺が悪かった!すいませんでした‼︎」


 ジエンが机の上にある羊皮紙の続きを書こうとしたところで青年は即座に謝罪をした。

 今のままでは働く気が起きる気配のない青年を見兼ねたジエンは、席を立つと部屋の片隅の資料が綺麗に整えられている棚へと足を向けた。


「ジエン、何してるんだ?」

「お前があまりにも働く気がなさそうなんでな、ちょっとでもマシな労働条件を探してやってんだ、感謝しろよ」

「ありがとう愛してる!」

「幼女の上に同性にまで手を出すのはやめとけ変態」


 しれっと毒を吐きつつ資料がぎっしりと挟まれているであろうファイルを手に取り、ものすごい速さで目を通していく。そうして数分後、およそ十冊目のファイルに突入して間もなく、とあるページでピタッと手を止めた。


「ジエンさん、何か見つかったのか?」

「いや…ククク、お前にピッタリの労働条件、いや『職業』が見つかってな」


 ジエンはファイルを片手に口を手に当て顔を綻ばして笑っていた。

 何がそんなに面白かったのか、クツクツ笑っていた彼は次第に口を開けて大仰に笑い出した。


「なあ、勿体ぶらないで早く教えてくれよ」

「ハハハ、すまんな。最近この『職業』に就くヤツがいなかったもんで完全に忘れてたんだよ」


 ジエンは目の端に薄っすらと浮かんだ涙を指ですくいながら、無意識のうちに席を立ってしまった青年に向き直るとこう告げた。


「――《妖精使い》だ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ