伍日目
最終日。
島津は何だかんだ海の方を見てくれていたらしく、あの後僕の方に近づいてきた。
「......見たよ。見ちまったよ、あの馬鹿でかい鯱。......何つーか、その、悪かったな」
でもレポートは無しにならないらしい。理不尽だ。
陰陽師の行方はわからない。
気付いたときには船から姿を消していた。やはり十二天将を呼び出すには力が足りなかったのか、大シャチ様が飛び出した時の衝撃で海に落ちてしまったか、それとも......。
村長さんにも挨拶をしてきた。G20に向けて、セキュリティを一層強化していくらしい。
「今回は君たちに助けられたが、島を守るのは本来私の役目だからな」
自嘲気味に話してくれた彼だけれど、きっともう大丈夫だろう。
あと、忘れちゃいけない、饅頭屋にも立ち寄ってきた。
姫の母親は僕がいなくなることを残念がっていたけれど、ありがとうとお礼を言ってくれた。お礼を言うべきなのは僕の方だというのに。
肝心の姫は、疲れてしまったのか熱を出して寝込んでいるようだ。船が出港する時までには治すと意気込んでいるらしいが、どうだろう。もちろん僕も寂しいが、僕のために無理はして欲しくない。
クラスメイト達とは、ほんの少しだけ互いを理解できたような気がする。
結果的に、臨海学校の本来の目的......クラスの絆を深める、が達成されているんだよな、と思うと笑いがこみ上げる。そんな子供っぽいものとは無縁だったはずなのに、ね。
そして、僕は今、船の中にいる。出航時刻までは20分ほどか。
僕は家に電話を掛けた。
「もしもし?......うん、もうすぐ帰るよ」
「どうだ?いい旅になったか?」
電話に出たのは父さんだった。呑気でひょうきんだけど、たまに意味が分からないことをすることがある。でもそういう時は、必ず後でそれが役に立つのだ。
「......うん。きっと、一生忘れられない思い出になったよ」
「おいおい、どうした?何か変だぞ」
「別に、何でもないよ。......そうだ、父さんから貰ったお守り、役に立ったよ」
「そりゃよかった。な?持っといて正解だったろ?だいたい俺はな......」
僕は笑って電話を切った。お守りとは言わずもがな、あの時呪印を吹き飛ばした父さんの式神のことだ。
僕の先祖は、平安時代の大陰陽師、安倍晴明だ。その名残で、父さんも式神を扱うことができる。残念ながら、僕はからっきしだけれど。
だったらなおさら、普通息子に晴明なんて名前つけないよなぁ。
僕の父さんはやっぱり少し変わっている。
「ハル君!」
その時、声が聞こえた。姫が汗をたらたらかきながら走ってくる。
「姫!」
「......あのね、私、神話で鬼と共に暮らして、一緒に泣いていたお姫様の子孫なの。昨日ハル君の話を聞いたときには、そんな雰囲気じゃなかったから言えなくて」
開口一番がそれか。
でも、覚えている。絵巻物で、姫とどことなく似ていると感じた女性だ。
「そうか。じゃあ、僕らはビッグネーム同士ってだけじゃなくて、凄い人の子孫同士でもあったって訳だ」
「すごい偶然だよね」
「案外、運命かも」
軽い冗談に、姫はやだ、と飛び上がる。
「......手紙を書くよ。それにそのうち、また来る」
「やだなハル君、いくらここが離島だからってネット回線くらいあるよ?」
「......手紙が良いんだよ。僕が手紙を出すなんて生まれて初めてだぜ?素直に受け止れよ」
大きく汽笛が鳴る。出航の合図だ。
「ハル君!」
姫が叫ぶ。
あまり大きな声を出さないで欲しいんだけどな。さっきからクラスメイトが殺気立った目でこちらを見てきて、また仲が悪くなってしまいそうだ。
ありがとう、とか、好きだ、とか、伝えようと思ったらいくらでも伝えられる。
でもそんな事はもうお互い分かってるから、敢えて言ったりはしない。
ただ、大きく手を振るだけ。それだけでいい。
それだけで、僕は世界の誰よりも幸せになれる。
遠くで黒い影が跳ねた、気がした。
「レプンカムイの咆哮」最後までご覧いただきありがとうございます!
次作はうって変わって一風変わったチートファンタジーを予定していますので、そちらも是非よろしくお願い致します。