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肆日目

 旅館に戻ると、入り口で島津が仁王立ちしていた。


「......あ」


「あ、じゃねぇよ。お前どこほっつき歩いてんだ?お?」


 島津の顔が見たこともないくらい紅く染まっている。その後ろでは、同じ部屋だったクラスメイト達が俯いて立っていた。


「......すまん。隠し切れなかった」


 彼らを責めることはできない。彼らの顔を見れば、最大限の努力をしたということくらいは分かる。そもそも、理由も言わずに勝手に外に飛び出して巻き込んだのは僕だ。

 だが、優しい気持ちだけでは何も救えない。こんな騒ぎを起こせば、明日、彼は僕から目を離さないだろう。

 これで、本当に終わりだ。僕はしょせん、臨海学校で遊びに来ただけの人間。そんな奴が島を救うなんて、初めから無理な算段だった。


「何でだ?何でこんなことしでかした?」


「......すいません」


 とにかく頭を下げると、島津は困ったような顔をして頭をぽりぽりと掻いた。そして一つ大きなため息をつくと、幾分か抑えた声で言った。


「......あのな、教師生活二十年なめんじゃねぇよ」


「えっ?」


「お前がそこらのアホ共と違って、どうでもいい理由で勝手に外出てくような馬鹿じゃねぇ事くらいわかってんだよ。だから、なんで出てったのか聞いてんだ。聞きたいのは形だけの謝罪じゃねぇんだよ」


 面倒臭そうな感じを出しながらも、その眼は真っ直ぐだった。人よりはこの教師を理解していた自負があったのだけれど、まだまだ未熟だったようだ。

 この人に中途半端な嘘やごまかしは通じない。けれど、まだ何とかなるかもしれない。


 僕は、この島に着いてから起きたことを全部話した。島津は禁煙だというのに煙草をぷかぷか吸いながら、何も言わずにその話を聞いていた。

 話が終わると、彼はまた頭を掻いた。


「......わかったよ。要するに、本当の理由は話せねぇってことだな?」


「いや、全部本当のことで......」


「いいよいいよ、もう勝手にしろ。......それに、その話だと明日の昼も失踪しなきゃならねぇだろ」


「......はい」


 島津はその時、今日初めてほんの少しだけ笑った。


「お前の鰻はねぇからな」


「......はい!」




「あと、帰ってきてから鯱神島にについてのレポート10枚な」


「......はい、仰せのままに」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 そして、運命の日を迎えた。

 島津は他の生徒たちにわからないよう、昼食が始まるギリギリまで皆と一緒にいるよう指示した。そのため、一睡もできなかった僕は伝統的な染め物体験などをやらされながら午前中を過ごした。


 いったん殻が破れると、周囲のことがよく見えるようになってきた。

 この島には魅力がたくさんある。海はとても綺麗だし、長い歴史もある。人々は皆優しいし、それに......美味しい饅頭屋さんもある。


 この島は沈ませない。絶対に。



「......やあ、ハル君じゃないかい」


 12時5分前。息を切らして港に着いた僕を、姫はとぼけたように笑った。

 二人で船に乗り込むと、何でもできるような気がする。けれど、今は手分けして陰陽師を探さなければならない。


 連絡船の船内はそこそこ広い。それに一日に一回の定期便ということで人も相当多く、一階、二階、三階、と見渡すだけでかなりの時間がかかってしまった。

 だが、陰陽師の姿はない。まさかまだ着いていないのかと思ったその時、汽笛が鳴った。

 船が出港する。



 僕らの焦りが嘘のような静寂が、ずいぶん長く続いた。

 いや、実際には五分くらいだったのだが、僕らには永遠に感じた。

僕の推理が全部間違っていたのではないかとも思った。だとしたら、僕らのやってきたことは一体何だったんだろう、と笑ってみたりもした。


 けれど、唸るような地響きが起きた時、僕は安堵なんてできなかった。


「来た!」


 止められなかった。まだ、間に合うか?


「ハル君、デッキ!」


 姫の声に、急いで階段を登る。

 そこには、あの日見た陰陽師が、そのままの姿で座っていた。 けれど、僕らの姿など気づかないかのように、彼は苦痛の表情を浮かべながら床に貼られた呪印のようなものに手を合わせている。


 十二天将を呼び出すのは簡単ではないが、ここまで条件が揃っていて召喚できるほどの力があれば、そこまで手間取ることはない。

 明らかに騙されている。彼を唆した陰陽師は、彼に少しずつ力を与えて金を吸い出そうとしていたに違いない。


「......その呪印から手を離せ」


 僕が言うと、彼はそこで初めて僕たちに気がついたように振り向いた。

 彼はほんの少しだけ笑みを浮かべると、吐き捨てるように言った。


「お前、資料館で会ったガキじゃねぇか。......まさかそれだけで、ここまで辿り着くとは。よっぽど詳しかったんだな」


 彼はそう言いながら、右手で懐から折り畳まれた小さな紙を取り出す。

僕はとっさに身構えたが、彼が紙を投げるスピードはそれよりも早かった。


「ぐ.....うう......」


「ハル君!」


 布のようになった紙......に宿りし式神が、僕の首を締め付ける。

 息ができない。


「なまじ詳しいのが命取りだったな。島の奴らと一緒に、ここで海の藻屑となるがいい」


 がくがくと膝が震える。こんな奴に負けるわけにはいかない。僕らは、僕の人生は、ここからが始まりなんだ。

 海上には、陰陽師が呼び出した貴人の「気」が見える。貴人は天一神とも呼ばれ、十二天将の中でも別格の存在だ。ただ立っているだけでも凄まじい存在感を放っている。

 口から唾液が漏れる。酸素が足りない。


 ()()()()()()()()()()()()()()

 だが、もう少し、もう少し待たなければならない。

 ここから先は、気力のみ。


 その時、陰陽師の呪印に触れている左手の力がほんの少しだけ弱まった。


「今だ!」


 僕のズボンのポケットから、紙飛行機が矢のように飛んでいく。それは陰陽師の左手から呪印を掠め取り、海の中へと沈めた。


「何だと!?」


 貴人の「気」がみるみるうちに消えていく。だが、一度沈み始めた島は再び支えとなるものが戻っでこない限り戻らない。


「姫!後は任せた!」


 僕の合図に合わせて、姫が口笛を吹き始めた。

 ぼくが初めて彼女に会った時、彼女が吹いた口笛。彼女なら、大シャチ様をもう一度島に呼び戻せる。



 ウオオオオオオッッッ!



 海を裂くような雄叫びとともに、水面から天空へと跳躍する黒い影。

 その姿は神々しく、不思議な安心感があった。

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