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参日目 1

 朝方まで考え事をしていたせいで、頭が重たい。


 肝心な問題は二つある。

 一つ目は、あの陰陽師が誰なのか。そして二つ目は、何のために島を滅ぼそうとしているのかだ。

 手段は分かっても、目的が分からなければ止めようがない。そういう意味では、僕らはまだスタートラインに立ったところだ。そしてこのマラソンには、あと8日というタイムリミットがある。しかも、僕がこの島に居られるのはたったの2日半だ。


「それまでに、何とか当日の敵の場所の見当くらいはつけておきたいな......」


 そうすれば、最悪姫が警察に適当な通報でもすれば計画は壊れる。現状、これが僕たちにできる最適なプランに思えた。


 トーストを少し齧り、眠気覚ましにコーヒーを二、三杯飲み干して顔をぱんぱんと叩いただけで朝食を終える。

 もともと少食だからそんなには怪しまれなかったと思うが、「妖怪」島津の眼だけは注意しなければならない。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「やっほー、ハル君元気だった?」


「昨日会ったばかりだろ」


 待ち合わせの饅頭屋......つまり姫の家の前て軽く手を振る。

 僕の話を全部疑っているとすれば今日一日を僕に付き合って棒に振ったりはしないはずだが、全部信じていたとしたらこの態度はなかなか取れない。

 つくづくミステリアスな女だ。肝心の色気は全くないが。

 というか、店の前で彼女の母親に物凄く好奇の目で見られたような気がするのだが、何か訂正しなくて大丈夫だろうか。


「どう?何かわかった?」


「うーん、正直さっぱり。この島と陰陽道に別段繋がりもないみたいだし。......あ、でも、村長さんなら何か知ってるかと思って連絡取っといたよ。今からなら空いてるって」


 今からとは随分唐突だが、他に手がかりのない僕らからすれば願ったり叶ったりだ。島の歴史にも詳しそうな村長なら、ひょっこり重大な事実を話してくれることも十分にあり得る。


「分かった。それなら早速向かおう。案内してくれるかい?」


「あっ、その前に」


 そう言って姫が店の奥から持って来たのは、焼いたばかりとみられる饅頭だった。


「これ食べながら行こっ。どうせ朝ごはんちゃんと食べてないんでしょ?」


「......どうしてそれを」


「わかるよ。ハル君のことならだいたい」


「昨日会ったばかりだろ」


僕はため息をついた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「よく来たね、ヒミコちゃんと......電話で聞いたよ、ハル君だろ?」


「正確には、安倍晴明といいます」


 僕は速攻で訂正する。いくら自分の名前が好きじゃないとはいえ、五十以上も年上の人にそのあだ名で呼ばれたらかなわない。

 そんな村長は、せっかくの自由行動だというのにわざわざ自分に会いたいなどと言ってくる高校生に気さくに接してくれる。姫が一緒にいるということもあるようだが、これなら話も聞きやすそうだ。


「......あまり時間を取らせるわけにもいかないので、手短にお話します。僕は自由研究でこの島の歴史について調べているのですが、資料館の資料だけでは足りなくて」


「ああ、そういうことなら遠慮なく聞くといい。お役に立てるかは分かりませんが」


 もちろん自由研究云々は全て嘘だ。だが、本当のことを話すわけにもいかないので仕方がない。人を騙すのは好きではないが、緊急事態、例えば島の存亡がかかっている時などは別だ。


「ありがとうございます。では......この島と、陰陽師に何か繋がりはありますか?」


 正直、ダメ元で聞いた質問だった。この件については既に姫が調査済みで、新しい情報は何もないはずだった。

 だが、それを聞いた村長の反応は、明らかにおかしかった。


「......陰陽師?」


「......はい。何か知ってるんですか?」


 一瞬で真顔になった村長に問いただすと、村長は我に帰ったように体を震わせた。


「いいや?ここは離島だから、昔の文化はそんなに伝わらなかったんじゃないかな?......なんでそう思ったんだい?」


「いや、大したことじゃないんですが......」


 聞き返されて言葉を濁すと、村長はほっと息をつく。そして、いきなり厳しい目つきになって、


「用件はそれだけかな。私も忙しいから、帰ってくれないか」


 と告げた。決して怒鳴ったわけではなく、あくまで丁寧な口調だったが、その眼には有無を言わさない雰囲気があった。

 豹変した村長に姫も驚きを隠せないようで、、制服の裾を引っ張って帰ろうと合図する。だが、僕としてはここで引き下がる訳にはいかない。


 村長は、明らかに何かを知っている。


 不意に、棚の上の普通では気づかないような隅の方に置かれている写真に目が留まる。埃の被ったその写真には、高校の入学式に臨む二人の男性が写っていた。

 一人は、今よりも幾分か若く見える村長。

そしてもう一人は、高校生にしてはあどけない表情で笑う青年。かなり雰囲気が変わってはいるが、彼は......。


「......なるほど、そういうことか」


 村長は黙っている。目を伏せて、涙を堪えて、それでも黙っている。


「陰陽師はこの島とは関わりのないものだった。ですが......村長、貴方にとっては、忘れられないものだったのですね」


 村長の隣で笑う青年。彼は、間違いなく僕らの敵......あの陰陽師だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「やはり......私の息子が、何かしでかしたのか」


 村長は観念したかのように椅子に座り込んだ。

 滅多に目にしない隅に追いやられていた息子を、それでも守りたかったのか。一回り小さくなったようにも見えるその身体は、悲壮感すら漂わせた。

 仕方がないので、事の次第と僕らが持っている仮説を説明する。


「というわけで、まだ何もしていないはずです。......しかし、時間の問題でしょう。村長さん、知っていることを話していただけますね?」


「あぁ......」


 呻くように話し始めた彼の話をまとめると、どうやらこういうことらしかった。


 村長の息子は、品行方正で頭脳明晰な優等生だった。将来はお飾りの村長を継ぐのではなく、島の外に出て立派に働くのだと言っていたし、皆もそれを信じていた。

 それがおかしくなったのは、彼が高校一年生の時......つまりあの写真から一年も経たないうちだった。

 彼はインターネットで知り合ったという胡散臭い陰陽師に言葉巧みに操られ、自分も大学卒業後は働きながら陰陽師になると言い出したのだ。

 当然村長は激怒し、何度も怒鳴り合いの喧嘩を繰り返したが彼は一歩も折れない。ついに堪忍袋の尾が切れた村長は、彼に高校を中退させ島から身一つで追い出した。

 それ以来、彼とは十五年間音信不通だという。


「馬鹿な息子だ。さんざん親に苦労をさせておいて、まだ迷惑をかけようとしている!......ああそうさ、息子は私を恨んでいるだろう。親の金で大学まで通った後、働きながら陰陽師を目指すなどという自分勝手な人生設計が崩れたんだから。だが私をナイフで刺し殺すならまだしも、関係のないこの島を巻き添えにするなど言語道断だ!」


 息子のこととなると我を忘れるのか、声を荒らげる村長。おかげで姫は怯えてしまい、僕と村長の会話を聞いていることしかできない。


「.......それで、彼がこの島で特に執着のある場所はありますか?特に、南西方向で」


 スマートフォンに地図を表示させ、村長に示す。

 村長は落ち着きを取り戻し、目を細めながら考えるようにそれを見て、島の中心にやや近いところを指した。


「南西.......それなら多分、この廃校だろう。ここは、彼が通っていた高校の跡地だからね。......だが変だな。どちらかと言うと彼は、もうこの高校に近づきたくもないと思っていたが」


「だからこそ、敢えて島の終わりを見届ける場所にそこを選んだということかもしれません」


 必要な情報は揃った。最後に村長に礼を言って、僕らは外に出た。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ふと空を見ると、もう夕日が沈みかけていた。


「今日はそろそろ、旅館に戻らないと」


「うん。また明日ね」


 せっかく大きな手がかりを掴めたというのに、という歯痒い気持ちはあるが、ここまで来れば後は陰陽師の潜伏場所を見つけるだけだ。

 陰陽道に関する知識も必要ないだろうし、危険な目に合わないことさえ気をつければ姫一人でも捜索は出来るだろう。それに、当日の敵の居場所の見当がついたのも大きい。朝に考えていた通り、最悪の場合は通報という手段が取れる。



 だというのに、胸に残るこのもやもやは何だ。

 まさか、何か根本的な見落としがあるのか?

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