1-7「花の祝福」
続きです。
そして、"それ"は現れた。
音も立てず。
影も差さず。
視界にも映らない。
だが、たしかにそこにいた。
そこだけ、蜃気楼のように歪み、人を形取っていた。
『かつて』
先ほどのような声が聞こえた。
こいつは確実に、憤怒に震えていた。
声が出ない。
足が笑って言うことを聞かない。
これはなんだ。
『力を求めた男がいた』
なんで俺は、こんなにも怖れている?
『"花"は其奴に、誰よりも強い力を与えた』
なぜ俺は。
『そして男は間違えた』
こんな"化物"と相対しているのか!
『聞こうか』
"それ"はゆっくりと口を歪め、俺に聞いた。
『貴様は、なぜ"花"を求める』
なぜ?
そんなことは分かりきっている。
俺はもう負けたくない。
他の誰にも。
力が欲しいのだ。
誰よりも優れた力が。
"英雄"のような力が。
なんと言おうか。
周囲を見下せるだけの学力が欲しい?
それとも逆らう者をたたき伏せるだけの武力?
なんでもいい。
誰かが俺の上にいるだけで、もううんざりなんだ。
邪魔者は殺す。
それができるだけの力なら、なんでもいい。
「俺は‥‥」
そう思って、口を開きかけて、気づいた。
俺はなぜ、殺す、などという発想に至ったのか。
例えば、エルマだ。
彼女はたしかにお節介で、煩わしいくらいに俺にちょっかいをかけてくる。
だが、彼女と居て、楽しかったことがないわけではない。
むしろ、昔は楽しいことの方が多いように感じる。
そんな彼女を、俺は今、殺したいと考えてしまっていた。
なぜだ。
わからない。
「俺は‥‥なんで‥‥」
この殺意は本物か。
その問いは、確実に是だ。
そもそも、殺意など、殺したいと思えばそれが殺意なのだ。
本物もクソもない。
だからこそ疑問なのだ。
かつて俺は、彼女が愛しかったはずなのだ。
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