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彷徨えるココロ  作者: NON ♪
16/17

ココロの居場所

そして義母の葬儀の準備に慌ただしく時が過ぎてゆく。この近辺では、よほど盛大な葬儀で無い限り自治会館を利用する習わしになっていた。ましてや義母の様に年老いて亡くなった場合など弔問者も多くはないので、私たちもそうする事となった。遠方から来る親族の為の宿泊部屋もあり、トイレにキッチン、浴室まである。私たち夫婦に異存は無かったし、誰も反対はしなかった。私の実家からも葬儀の手伝いに来てくれた。列席者としてではなく、自治会の方たちと色々と立ち回って手伝ってくれた。通夜を済ませて弔問者が帰った晩、夫の兄や姉たちは『それじゃあ、また明日があるので帰るから、後はよろしくね!』と言い残して帰っていったのだ。私の両親と姉の前を通り過ぎて、挨拶もなくである。流石に『親が亡くなったというのに、何なの?』と驚きを隠せない様子だったが、私は何も言わずに放っておいた。それ程までに義母は疎まれていたのだろうか?実の母親だというのに?何をされたというのだろうか?何もしなかったというのに?ただ不思議でしかなかった。私は喪主である夫の挨拶文を義母の傍らで書きながら、この人の人生は幸せだったのだろうか?と考えていた。認知症で良かったのかも知れない。こんな風に最期を迎える前に、我が子たちの態度を知らずに済んだのだから。


そして葬儀の当日、喪主である夫の挨拶が始まった。義父の葬儀の時には長男である夫の兄が務めたのだが、その挨拶が余りにも簡素で思いの込もっていない挨拶だったので、今回は時間をかけて挨拶文を書いて夫に渡していた。ご近所の方々に迷惑をかけた事への詫びを述べ、また色々と助けて下さった事への感謝を述べた。変なところに拘っている自分が可笑しくもあったが、全てを自分たちだけでやり遂げるという事に私は意地でも拘っていたのだ。 葬儀を終えて火葬場に向かい義母を荼毘に臥す。そして一旦、自治会館に戻って親戚たちと精進落としの膳を食べる。その間も立ち回って動いてくれたのは、私の両親と姉であった。夫の兄や姉たちは、何も手伝おうとはしなかった。ただ弔問者のように座って膳を食べながら、親戚と話し込んでいる。そんな様子を見ながら姉はかなり腹立たしそうにしていたが、私は『もうこれでお終いなんだから放っておけばいいんよ。それより本当にありがとね!』そう言って無視しておくようにと頼んだ。いよいよ荼毘に臥された義母のお骨上げの時間が近づいていた。そして葬儀社の人が皆にマイクで呼びかけた。私はこの時をじっと待っていたのだ。さぁ、茶番劇の仕返しの時だと。


『さて、それではご遺族の方々には、お骨上げへと向かっていただきますので、どうぞマイクロバスへ御乗車願います…』私たち夫婦と息子たちが先づ席を立った。そして同じ様に夫の兄と姉たち家族も立ち上がった。重い腰を上げた、という風に見えたのは私の思い込みに過ぎないのかも知れないのだが。私はそこで最後まで何も手伝おうとしなかった夫の兄や姉たちに向かって、親戚たちにも聞こえるように如何にも他人行儀に言い放った。『あ、お骨上げは私たち夫婦と息子たちだけでさせて頂きますので、どうぞそのままお待ちして下さって結構ですので。今まで私たち夫婦と幼い息子たちだけで、義母の面倒を看て参りましたので、お骨上げもそうさせて頂きたく存じます。もしお待ち頂くお時間がなければ、昨夜の通夜の後と同じようにお帰り頂いても一向に構いませんので。それでは行って参ります。本日は義母の為に御足労頂き、ありがとうございました。という事でマイクロバスは必要ありませんので…』私は動揺を隠せない夫の兄や姉たちに、笑顔を大安売りしてから車へと向かった。葬儀社の方は勿論の事、夫にさえも私は何も相談していなかった。さぞかし驚いた事であろう。背後ではザワザワとした様子が伺える。『いったいどう言う事なんだ!』と誰かが怒鳴っている声も聞こえたが、そんな事はお構い無しに私は振り返りもせずに会館の外に出た。空を見上げると、ぬけるような青空が広がっていた。


『少しは気が晴れた?』車の中で夫が私に聞いた。私は笑って夫を見返した。夫もまた笑っていた。私の勝手な行動に、今頃親戚たちは義兄や義姉たちに文句を言っているであろう。それを取り繕う姿が目に浮かぶ。滑稽だったに違いないその様子を、後で私の姉に聞くのが楽しみだ。私たち夫婦は、不謹慎ながら喪服に身を包んだまま声を出して笑った。笑いながら義母の待つ火葬場へと車を走らせた。白い骨になった義母は、許してくれるだろうか?義父もまた『ありがとうなぁ〜』と言ってくれるだろうか?きっとそうに違いないと信じながら、車は火葬場へと向かった。彷徨える義母のココロを、しっかりと捕まえて帰る為に…


完。


*注*

この物語は、著者の体験に基づくものであるが、登場する人物、団体、場所等は、架空のものである。



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