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彷徨えるココロ  作者: NON ♪
12/17

体験談を語る?

義母が《愛の園》の住人になって半年程が経った頃に、以前入居していた施設のスタッフから連絡があった。私が悪魔の囁きに負けてその権利を手に入れ、もう面倒が見られないからといって追い出された施設だ。ヘルパーを目指して研修に来られている人たちの前で、実際に認知症もしくは寝たきりの患者を持つ家族の方に体験談を話して欲しい、という事だった。思いもよらないそんな依頼に私は戸惑ったが、私の他にもう一人お願いしているとの事だったので依頼を受けることにした。研修生は30名弱で皆さんまだ素人の方ばかりだという事もあって、それならばまぁいいだろうと軽い気持ちだった。どうやって私が、ここの施設に入居する手段を手に入れたか?そんな話は出来るはずもなかったが、施設のスタッフは知っているに違いない。だから程よく怪我をした義母を放り出した、私はそんな風にも感じて恨んでいたのも確かだった。だから今の義母の状態を知らせる良い機会かも知れないと思い、私は久しぶりにその施設へと出向いた。


今の義母の現状を簡単に説明すると『大変でしたねぇ〜』といったお決まりの返事が返ってきた。『ざまあみろ!』と思っているのかも知れない。まだこの時点では私はここを、そしてここのスタッフを恨んでもいた。そしてもう一人体験談を話すという50代くらいの女性を紹介された。『本日は、お二人にはお世話になります。何も難しく考えずに、実際の体験談のような事をお話しして頂ければと思って、お願いした次第です。お一人様20分程度のお時間で結構ですので、宜しくお願い致します。それではこちらへどうぞ…』そうして研修生の待つ会議室のような所へと案内された。私たち二人が部屋へと入ると、何故か解らないが拍手で迎えられた。何の拍手なのだ?研修生といっても、年令は私よりも年上の女性が殆どであった。子供の養育も一段落し、専業主婦の我が身を持て余し、これからは少しでも誰かのお役に立つような事を生き甲斐にしたい…といった面々に私には見えた。少なくともその中には私のような経験をした者はいないだろうと思う。パートに出て働かなくても充分に生活できる収入もある。でも他の人がカルチャースクールに通ったりしている代わりに、自分たちは人様の為になる事をしたいと思っている。それは決して悪い事などではなく、むしろ皆が善意の気持ちを持って頑張っているのだ。それは素晴らしい事に違いないのだ。


私の前に、もう一人の女性が先に話す事になった。その女性は前もって皆に伝えたい事や自分の体験してきた事を、ちゃんとレポート用紙にまとめてきているようであった。そしてそのレポート用紙を手に、しっかりとした文章を読んでいった。予習…私は何も持たず何も考えずにここへやって来たのだ。やはり簡単に考え過ぎたかと少し後悔したが、もう今更どうしようもない。開き直るしかなかった。その女性は、自分がどれほど大変な思いをしながら介護生活を送ってきたか。しかし愛情を持って介護する事によって心が満たされるようになった。だからどんなに苦しくても決して自分のことを不幸だとは思わなかった。何故ならそこには《愛》というものが存在していたから。それにこの困難は自身を試されているのだと思っていた。だから皆さんも常に愛情を持って介護の仕事に打ち込んでいかれる事を望みます。そうする事によって皆さん自身も幸せになれますし、何よりも患者を持つ家族の方々に感謝される事でしょう。どうぞ頑張って下さい。…そういった内容だった。非の打ち所がない文章だ。その女性の話しを聞きながら皆はウンウンと頷きながら、時にはメモを取り、中にはハンカチで涙を拭う者もいた。そして大きな拍手をして女性を送り出した。そして次は私の番である。皆まだ感動の心持ちで私を迎えている。さて、どうしたものか?


開口一番、私は目の前に座っているヘルパー希望の研修生に向かって言った。『皆さん、今日は私の話しを聞いて気を悪くされるかも知れません。お見受けする限り、私は皆さんより年下でもありましょうし、失礼な事を言うかも知れませんが、どうぞその辺は若気の至りと一笑してお許し下さい。それでは拙い言葉でしかお話し出来ませんが、宜しくお願い致します…』皆が一瞬ポカーンとした表情をしたのが可笑しかったが、私はゆっくりと話し始めた。『私は綺麗事を話す気は一切ございません。かといって、先にお話しされた方の体験談も事実、素晴らしいという事を、改めて心に刻んで帰られる事を望みます。認知症の義母との生活、これはある意味毎日が闘いの日々だったのです。こちらがどれほど愛情を持って相手に接しようとも、どれほど汚い事まで我慢して介護しようとも、そんな事は感謝どころか全く相手には何も伝わりません。もちろん見返りなど求めても一切何も返ってくる事はありませんから…』皆がシーンとしてしまい、しまったかな?私の前に話された女性にも悪かったかな?そう思ったがもう遅い。私は話しを続けた。


一通りの体験談を話し終え、そろそろ終わらなければならない時間を見計らって、ひと呼吸おいた。皆、何も感動した様子もなくただ黙って私の方を向いている。ほら、何を期待して来たの?これから先の仕事に希望が持てなくなった?私はちょっと意地悪な気持ちでいたのかも知れない。『皆さんはヘルパーという仕事が如何に大変な事か、私なんかよりたくさん勉強されておられるでしょうから、私の体験談など単なる愚痴でしか無いと思って頂いて構いません。認知症の患者を持つ家族にとって、皆さんのようにヘルパーを目指して勉強されている方が大勢おられるという事は、本当にありがたく、また素晴らしい事ですので、どうぞこれからも頑張って下さい。ですが、その前に先づ皆さんの周りを見廻してみて下さい。ご近所やお友だちの中に、認知症の患者を持つ方はおられませんか?もしそういった方がおられたら、その患者を介護しておられる方に目を向け耳を傾けてあげて下さいませんでしょうか?資格など要らない簡単な事です。たった一時間程で構いませんので、その方に皆さんの時間を差し上げて下さいませんでしょうか?そしてこんな風に声をかけてあげて下さいませんでしょうか?一時間程、喫茶店にでも行ってゆっくり珈琲でも飲んでおいでよ!ってね。それだけでいいんです。どんな同情の言葉や励ましより、きっと喜ばれると思いますよ。ヘルパーという仕事は、つい患者の方にばかり目が向いてしまいがちな仕事だと思います。でも本当にケアを必要としているのは、むしろ実際に介護をされておられる方であるという事を解って頂ければ幸いです。今からでもすぐに出来る事を先ずしてみては如何でしょうか?あまりお役に立てるお話しが出来ず、また年下の私が失礼な事を言ってしまい、本当に申し訳ございませんでした。本日は、ありがとうございました!』


そうして話しを終えて部屋を後にした。何となく部屋からは、ざわついた感じとパラパラという拍手が聞こえてきた。私は施設のスタッフに詫びた。『済みません、せっかくヘルパーを目指して今から頑張ろうとしている方たちに、あんな話しをしてしまって…』すると意外な返事が返ってきた。『やっぱり貴女に依頼して良かったです。本当のところ、私たちもそういった事を解って貰いたかったのです。この頃は何かブームのようにヘルパー志望の方が多くおられるのですが、現実はどんなに大変な事か、またご家族がどんなに苦しんでおられるか、そういった事を知って欲しかったのです。でも私たちは立場上、そういったお話しは出来ませんから、今日はお二人にお話しして頂いて本当に良かったです。ご足労をお掛け致しまして、ありがとうございました。』ヘェ〜?という感じがした。私のせいでヘルパーになる事を断念する者も、もしかしたらいるかも知れないと思っていたので。でも自分の自己満足だけの為にヘルパーを目指していた者は、いなくなるかも知れない。それはそれで何らかの役に立てたのかも知れない。不思議な気持ちがした。そして私はお金ではなく、お礼にと図書カードを戴いて施設を後にした。息子たちへのお土産が出来た日であった。


続く…


*注*

この物語は著者の体験に基づくものであるが、登場する人物、団体、場所等は、架空のものである。

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