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彷徨えるココロ  作者: NON ♪
11/17

施設から病院へ

翌日のお昼頃に、施設から電話があった。『お母様が施設内で転倒されて怪我をしてしまいました。今から病院へお連れ致しますので、ご家族の方も一応入院の準備をされて病院へ向かって下さい。申し訳ございませんが…』何という事だ!たった一日だけの平穏な夜になってしまったのだ。罰が当たったのだろうか?悪魔の囁きがまた聞こえてきそうな気がして、私は思わず両手で耳を塞いだ。


義母は急遽病院へと運ばれて、怪我をした頭を数針縫う程度の事で済んだ。しかし施設では完治するまでは戻れないとの事で、入院を余儀なくされてしまった。その病院は完全看護ではあるものの義母の様な認知症の患者には家族の付き添いが義務付けされていた。その為に私と私の姉と、夫の姉たちが交代で付き添う事となった。流石に実の娘なので、私と私の姉だけに押し付ける訳にもいかなくなった。それにしても約二週間の入院期間の内に二人が付き添ったのは二日間だけである。仕事と子供の世話を言い訳に。義母は勝手にベッドから降りようとしたり夜中に大声を出したりするので、時には仕方なく抑制されたりもした。そのうち他の入院患者への迷惑も考えた末に個室へと移る事になった。そうして何とか怪我の傷も治り施設へと帰る日がやって来た。やれやれである。やれやれ、これでまた平穏な日々に戻れる、そう信じていた。それが甘かった。


それからまた、ひと月もしないうちに施設から電話。嫌な予感は的中した。『また、お母様が怪我をされました。今回はぶつけたところがガラス張りのドアだったので出血が酷くて救急車を手配させて頂きました。本当に申し訳ございませんが…』あぁ、また入院だ!同じ病院で同じ治療を受け同じ様に付き添いの毎日が始まった。最悪な事はそれだけではなかった。入所したばかりの施設から連絡があったのだ。『申し訳ございませんが、お母様の此処での生活は無理かと存じます。何処か専門の施設か病院を探された方がよろしいかと…』要するに施設では手に負えないから出て行ってくれと宣告されたのだ。元々、認知症の患者を専門に扱う施設ではなかったので仕方のない事である。今度ばかりは私の猿芝居など通用しない。入院中の医師の勧めで認知症の患者を受け入れてくれる専門の病院か施設を探す事を提案された。普通の病院では無理なのだと。老人福祉施設となると介護認定の手続きが大変である。介護可能な身内の有無や収入によって変わる入居費用等、多くが山積みであった。夫の身内といっても義兄や義姉たちしか相談する相手などいなかったし、もとよりそんな無意味な事をしている時間など無かった。もう私が一人で何もかもやるしか無いのだ。


やっとの思いで受け入れ可能な病院を見つける事が出来たのは奇跡に近かったと言っても過言ではない。昔でいうところの《精神病院》のような所だが選択の余地など無かった。ただ《空きが出るまで》つまりその病院の誰かが亡くなるといった理由で定員に一つの空きが出るまでは、暫く待たなければならなかった。それがいったい何時になるのかは解らなかった。その間、義母の入院先での付き添いは続いた。長い長い日々の様に思えた。私の母や姉にも随分と助けてもらいながら、その日が来るのを待ち続けた。何一つ文句も言わずに夫の身内に代わって付き添いをしてくれた事には申し訳なさと感謝しかない。


その病院から《空き》が出たとの連絡があったのは、今いる病院での入院可能期限ギリギリの三ヶ月後の事だった。そして義母は、退院と同時に新しい病院へと直行する事になった。『ラッキーでしたね!』と言う病院スタッフの言葉が、私の心を見透かしている様に思えた。事実それはラッキーな事に違いなかった。今度こそ私たちは解放されるのだ。長かった入院生活、といってもたった三ヶ月に過ぎないのだけれど、私たちにとっては本当に長い三ヶ月だった。そうして義母は晴れて《愛の園》という名の病棟の住人になる日を迎える事が出来たのだ。病院に着くと車椅子が用意されており、夫が入院の手続きをする間に病院の敷地内を一廻りする事にした。『お母様にもゆっくりと外の景色を見ていただいたら如何ですか?』それはもう当分の間、もしくはこのままずっと自由に外など出られないのだから、と言われている様な口ぶりに聞こえた。私はゆっくりと車椅子を押しながら敷地内を歩いて廻った。途中、ツツジの花が咲いている所で車椅子を押す手を止めて義母に声をかけた。『綺麗に咲いているねぇ〜』義母は私を見上げると『本当に綺麗やねぇ〜』と言ってピンク色のツツジの花を一輪手に取ると、それをパクッ!と口の中に入れた。そうして『美味しいねぇ〜』と言って私をもう一度見上げてニコニコと笑顔を向けている。私は『そう、良かったねぇ〜』と義母に微笑み返した。何故だか涙が溢れて止まらなくなった私の頬を、義母は不思議そうに見つめながら『泣いたらあかんぇ〜お母さんが迎えに来るまで、おばちゃんが一緒にいてあげるからねぇ〜』と言って、細くなったその指で頬を伝う涙を拭ってくれた。私はただ『うんうん、ありがとね…』と頷きながら義母の指を、そっと握り返した。あの涙は義母の為の涙なのか?それとも自分の為の涙なのか?いったい誰の為に流した涙だったのだろうか?もしかしたら、悪魔に心を売った私の、義母に対する許しを請う涙だったのかも知れない。


続く…


*注*

この物語は著者の体験に基づくものであるが、登場する人物、団体、場所等は、架空のものである。

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