原因
「カテナ、周囲に他の不死者の気配は?」
「いや、感じられない。あの失敗作どもだけだったようだな」
「それじゃあ、しばらくは安全か……」
当面の危機はこれで回避された。拓未は安堵のため息を漏らす。
カテナには一定範囲内の生命反応を感知するという能力がある。
先刻、拓未と真理の危機をタイミング良く救ったのも、その感知能力により感染者の接近を察知出来たからだ。
「使い魔も周囲に放っておいた。なにかあれば、すぐ分かる」
カテナの感知能力も万能ではなく、その範囲はせいぜいが周囲数十メートルに限られていた。
なので、その範囲の外を自身の影より造り出した使い魔に警戒させている。
使い魔とは、カテナの生命力を糧に作成された使い捨ての駒のような物だ。
分け与える生命力が強ければ強いほど使い魔は強くなる。
強い使い魔を作成すれば、それに比例しカテナは疲労する。
今回は監視警戒が主な任務となるので、大した力は割かれていない。
作成された使い魔は、視覚と聴覚のみを持つ影で編まれた一つ目の鳥だ。
街の外へと飛び出した使い魔達は、今もカテナの感覚器官の延長として働き情報を伝達している。
「かといって、悠長に話をしていられるとも限らんぞ?」
「……わかってるさ」
吸血鬼――いや、不死者の王。
最強の不死者の一角とされる絶対的存在。
その居城が感染者の群れに襲われた。
その事実は拓未の心中に不安を募らせる。
こんなことは初めての経験だった。
不死者の王と自負するだけあり、吸血鬼というのは他の不死者に比べて圧倒的に性能が違う。
屍体は脳髄を破壊されない限り動き続ける不死者。
耐久性はあるが、運動性は低く対処法も確立されていて驚異度は低い。
感染者は集団で狩猟を行う知性ある不死者。
厳密には不死者と定義して良いか微妙なところであるが、ヒトであったにも関わらずヒトの血肉を啜る彼等は、人間として既に死んでいる。
彼等の炭化したかのように、黒ずむ四肢は排出された自身の血液によるもの。
肘部、膝部に分泌孔とでも呼ぶべき新設器官が感染者には発生し、一定の間隔で血液を排出されている。
感染者はそれを利用し、ヒトを自分達の仲間に変える。
素肌に触れられれば、その時点で終わりなのだ。
感染者の血液が付着した部位より感染は始まり、個人差はあるが平均して一両日中にはヒトではなくなる。
不死者。
一種ですら世界を滅ぼすに足る魔性。
その頂点の一角、吸血鬼。
「奴等は本能で理解していたはずだ。私に敵うはずがないと」
単純な身体能力は周辺被害を考えなければ音速を越えての戦闘も可能。
音の壁を越え自身に跳ね返る衝撃と損傷。そんなものは絶大な治癒能力で無かったことにできる。
「ならば、なぜ奴等は攻めてきた?」
加えて特異な能力の数々。
先の治癒能力、使い魔の作成、他者を凍結させる魔法。
伝承によれば、霧へと姿を変えることもでき、空も自在に飛ぶという。
「いや、攻めねばならなかった?」
他の不死者とは比べ物にならない、正真正銘の怪物。
「もう、気付いているのだろう?」
カテナは拓未へと、意地の悪い微笑を送る。
「…………それは、」
拓未にだって、それは分かっていた。
だが、それをいまここで言うのはあまりに酷だ。
この一日の間で起きた出来事を間近で経験している拓未だ。
早朝、久方ぶりに現れた屍体。
夕刻、遭遇すらしてこなかった感染者の群れ。
そんなことが起きた原因。
それは、
「わたしのせい。……ですよね?」
日下真理は震える声で名乗りを上げるのだった。