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Dead Heat Zone  作者: 中村英雄
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不死者の王

「カテナ……」


 いましがた真理と俺の前で猟奇的な光景を演出してくれた金髪女の名を気付けば口にしていた。

 感染者の群れに襲われ気が動転していたせいだろう。この面倒な同居人のことをすっかり忘れてしまっていた。


「おや? 危機ピンチを救ってやった主人の名を呼び捨てか。偉くなったものだな駄犬」

「ただの同居人だろうが。だが、助けてもらったことには感謝する。ありがとう」


 ここは素直に頭を下げておく。

 人のことを駄犬呼ばわりし、女王様気取りの高飛車な態度には苛立ちも覚えるが、これは好機だ。

 気分屋のカテナが何故かは解らないものの、俺と真理を救ってくれた。

 ここは利用するに越したことはない。


「……木場さん、この方は?」


 事情を知らない真理が俺に尋ねてきた。

 確かに疑問に思うことだろう。

 突然現れて、感染者の頭を吹き飛ばした怪力金髪女なんてもんは。


「さっき、黒い棺桶が何かって尋ねてきたろ?」

「あ、はい」

「あの金髪女はその中身・・

「へ?」


 真理がキョトンとした表情をしてる。

 まぁ、理解は出来ないだろう。詳しい説明は後にしたかったので端的に伝えた俺が悪い。

 現状は、見た目ハリウッド女優も顔負けな性悪女の説明より、優先すべき事柄がある。


「カテナ、状況は理解してるか?」

「あぁ、理解しているさ。……しかし、なんだこの有り様はみすぼらしいとはいえ、ここは私の居城だぞ?」

「そうだな。お前がいるはずだってのに、こんなことは初めて経験する。正直戸惑ってるよ」

「ふん、あの若造が造りあげた失敗作か。他の『不死者アンデッド』どもよりは幾分マシかと思っていたが、所詮は出来損ないだったか……」


 カテナは先程のように俺を茶化すことなく、ちゃんと会話に応じてくれた。

 それに状況もきちんと理解しているようだ。

 紅の双眸そうぼうが感染者達を睥睨へいげいする。

 感染者達は放たれる殺気にその場から動けない様子だ。


「あの数、殺れるか?」


 物騒な言葉をカテナに囁く。


「ふむ、さっき武器は投げてしまったからな……」


 そう言ったカテナの手には鍋の蓋があった。


 ……この女。小屋の中に忘れてきた俺が愛用してる鍋をぶん投げやがった。


 このご時世、ただの日用品がどれ程貴重か分かってんのかと怒鳴りたい。

 そんなことも知らずにクルクルと鍋の蓋を回して弄んでるのが余計腹立たしい。

 だが、我慢だ。ここでへそを曲げられると非常に困る。

 カテナにとって、俺と真理の存在なんて今弄んでる鍋の蓋と変わらない。

 面白い(・・・)なんて理由で、俺を気に入ったのか同居しているカテナ。

 気分屋だからこそ、いま感染者と対峙しようとするカテナの姿勢を崩したくはない。


「……少しでいい。本気を出してくれ」

「ほう。それは頼みか?」

「そうだ」

「では、対価はなんとする?」

「…………」


 言葉に詰まる。

 この女、この状況で対価をとるか。

 つくづく良い性格をしてやがる。

 まぁ、予想はしていたが。


「……俺の血だ」


 腰に差していたナイフを抜き、人差し指の先を傷付ける。

 ポタポタと滴る血液と一連の流れに真理が戸惑っていた。


「まぁ、取り敢えずは妥協してやろう。貸し一つだ。忘れるな駄犬」


 カテナが傷口に舌を這わせる。

 他者から見れば扇情的な光景に映るのだろうが、俺としては大変不快な気分だ。

 カテナが傷口に舌を這わせた瞬間、血液とは別の何かが身体から抜け出る感覚が襲ってくる。

 もう何度目かも覚えていない感覚だが、いっこうに馴れる気配はない。


「相変わらず、不味い血だ……」


 人の気も知らずに好き勝手言ってくれやがる。

 こっちはお前のせいで、両膝地面についてるってのに。

 おかげで真理に心配されてしまってる始末だ。


「そりゃ、スミマセンね。でも、これで対価は払ったんだ……」


 俺は対価を支払うという約束を守った。

 ならば、次は。


「働いてもらうぞ。本気出せよ吸血鬼」

「ふん、無粋な物言いだな。普段であれば挽き潰すところだが、見逃してやる。お前は対価を支払った。それくらいの言葉は一時の間だけ許してやろう」


 冷気を感じた。


「……寒い」


 真理も感じたようだ。

 六月の夜には感じることもない、肌を刺すような低温の空気。

 それは、カテナの周囲から発生している。

 その異変を感染者たちも気付いたらしい。

 その場から動けないはずだった感染者は鬼気迫る表情で襲撃を再開してきた。

 凄い跳躍力だ。

 もうあと数秒で屋上の縁にたどり着きそうだ。


「咲け『蒼薔薇アズール』」


 空中に細氷ダイヤモンドダストが舞った。

 日光など無いはずなのにキラキラと光る氷の粒子が、的確に感染者達すべてを捕らえる。


「……フン、つまらん」


 瞬間、幾つもの氷の華が空中に咲き乱れる。

 細氷に囚われた感染者達が華のような氷塊に突如として覆われ、凄まじい勢いで地面へと落下していく。

 固いアスファルトの地面に衝突し、氷塊は次々に砕けていった。


「……うわ、グロいな」


 結果を確認しようと、しっかり覗き込んでしまったのは失敗だった。

 しばらくは、イチゴ味のかき氷とミートソーススパゲッティは食べたくない。

 まぁ、どちらも長らく食べられてはいないのだが。


「そうだ、駄犬」

「ん?」


 俺が食欲を無くしていると、カテナが話しかけてきた。


「先刻は許してやったが、今後私のことを吸血鬼なんて、蔑称で呼ぶな」


 若干、ご機嫌ナナメである。

 危機的状況だったとはいえ、つい呼んでしまったのを後悔。

 しかしながら、事実なので仕方ない。

 数百年の時を生き、人間の血を吸う不死身の存在。

 曰く、最強の不死者。

 それを吸血鬼と呼ばずになんと呼ぶ。


「なら、なんて呼べば満足なんだよ?」

不死者の王(クイーン)と、恭しく敬意を込めて呼ぶがいい」


 不死者の王。

 本当に女王様気取りとは、カテナとのやり取りは本当に疲れる。

 それでも、危機を救ってくれた奴に謝辞の一つも掛けないのは人間として間違っているだろう。


「ハイハイ。感謝してるよ不死者の王(クイーン)


 投げやりではあるが、これでいいだろう。

 今日は本当に疲れた。


「うむ、わかれば良いのだ」


 俺の言葉に満足したのかカテナは笑顔を見せる。

 月光に照らされるその表情に少しだが俺は魅せられたのだった。

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