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Dead Heat Zone  作者: 中村英雄
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船の墓場

 目覚めと共に木場拓未が感じたのは潮の香りだった。


「……」


 意識は微睡みも、朦朧とすることも、混濁もしてはいない完全な状態での覚醒を迎えた。

 いままで自身がベッドに寝かされ治療されていたのも理解できた。

 他の骸骨とは一線を画する骸骨に切り飛ばされたはずの腕が繋がっているのがなによりの証拠だ。

 目覚めて数秒でこれだけの現状把握をできるだけ大したものだが、拓未には一つだけ理解できない事柄があった。


「……どこだここ」


 そこは船の中ではなかった。

 寝転がったまま視線を上向ければそこに木目の天井は無い。

 暗澹とした空模様――というか、暗黒に染まる空がそこにはあった。

 暗黒の空を灰色の雲が物凄い速度で流動したかと思えば、次の瞬間には停滞を決め込んでいたりと嘘みたいな空模様だ。

 拓未は身体を起こす。

 ベッドに浅く腰掛けて、空ではなく周囲に目を向けた。

 その目に遥か遠くの水平線とそこかしこにある大量の船の残骸が映し出された。

 百や千では足りず、満という単位でも足りないかもしれない量の船の残骸。

 古めかしい木造船から大戦期に轟沈した戦艦の類いまで多種多様。

 それら残骸が密集してその島は形成されていた。

 ベッドの置かれる足元は朽ちた船の成れの果てで出来ている。

 雑多な廃材で形成されていると思うと不安になるが、思いの外しっかりとしていてグラグラと揺れることもない。

 普通の地面となんら変わりない安定感があった。

 拓未は遠くにある水平線を眺めながら息を飲んだ。

 その島の名は船の墓場(サルガッソー)。海賊達の塒であった。


「ここは、いったい――」


 拓未は立ち上がり少しでも情報を得ようと動こうとし、


「――木場さんッ!!」


 腹部へと生じた軽い衝撃によってベッドに押し戻された。


「……真理」


 自身の腹部に顔を埋めた聞き覚えのある声の主の名を拓未は呼んだ。


「良かった……木場さん、無事で……」


 それはこちらの台詞だ。と、拓未は思ったが口にはしない。

 血に染まった真理の服を見た際に拓未は暴走した。


 ――また(・・)、守れなかった。


 己の力不足のせいで起きた悲劇を嘆き内なる獣に支配された。


「…………」


 掛ける言葉が見つからなかった。

 自分が弱かったせいで危地を乗り越えることが出来なかったのだ。

 そのせいで、真理はどれだけ怖い思いをしたことか。

 拓未には会わせる顔も掛ける言葉も持ち合わせてはいなかった。

 仕方なく、自身に抱きすがる真理に行き場を無くしていた手だけ触れようとし――


「ん?」


 真理の服装が気に掛かる。

 真理が着ていたのは大きな襟が特徴的な紺色のワンピースのような服である。

 大きな襟は白色で紺色が主体の服に良く映えている。

 そして、その胸元に赤いスカーフが巻かれていた。

 拓未にはその色合いとデザインに見覚えがあった。


「セーラー服?」


 近代日本において女学生の多くが袖を通していた学生服。

 真理はそれを着用していた。

 正確には、その学生服の原型となった水夫(セーラー)のトップスを。

 男物の――西洋男性が着ることを想定して誂えられたトップスは小柄な真理には大きすぎてワンピースのようになってしまっていたのだ。


「え? なんで、セーラー服?」


 真理の年齢的には何の違和感も無い服装。むしろ似合っている。

 しかし、問題はそこではない。

 何故、真理がそんな服装をしているのかである。


「あ、あの~真理?」


 先程から自身の腹部にぐりぐりと顔を埋めたままの真理に理由を問おうと声を掛ける拓未。

 いつまでも、だんまりを決め込む訳にもいかず疑問を解消したかったこともあって掛けた声だったが真理は何の反応も見せない。

 相変わらず抱きついたままだ。


「ま、真理?」


 今度は声と共に軽く肩を揺する拓未。

 そこでようやく真理は顔をあげた。


「……にゅふふ、木場さ~ん」


 そこには頬を赤らめ蕩けた顔を覗かせる日下真理の姿があった。


「え!?」


 一目で正常でないと判別できる真理の姿に拓未は驚きの声をあげた。


「木場さん、木場さん、木場さ~ん。うふふふ……」


 そんな拓未など知ったことかと、真理は抱擁を強めてすり寄ってくる。


「ちょっ!」


 腹部から胸元。胸元から顔へとどんどん近くなっていく真理の顔に拓未は狼狽を隠せない。

 鼻先が触れあうような距離まで近づかれてはそれも仕方ない。

 そこまでの距離に近づかれて、ようやく拓未はその匂いに気づいた。


「……酒の、匂い?」


 真理からほのかにアルコールを思わせる香りがした。

 赤らめた頬に蕩けた表情。その理由が判明する。

 真理はどうしてか酒に酔っていたのだ。


「――お楽しみのとこ悪いけど、ちょっといいかしら?」


 不機嫌そうな声が響く。


「鈴っ!」


 ベッドから少し離れた場所に鈴が立っていた。

 鈴も真理と同様に普段の黄色い道袍姿ではなく何故かセーラー服に身を包んでいた。

 真理とは色違いの白を主体としたセーラー服であったが、これまた似合っている。

 心配していたもう一人の仲間の無事が知れたこともあり拓未は安堵した。


「……ふーん、真理ちゃんとイチャイチャ出来るくらいには回復したみたいね。拓未」

「い、いや、これは!」

「わかってるわかってる。真理ちゃんからくっついて来たんでしょ。アタシも経験済みだから大丈夫よ。誤解なんてしてないわ。からかっただけ」

「……そ、そうか」


 あらぬ誤解を避けられ拓未は胸を撫で下ろす。


「でも、真理ちゃん。アンタのこと凄く心配してたんだからね。アタシには酔ってもここまで甘えては来なかったんだから」

「……そうか」

「木場さ~ん……」


 いつのまにか拓未の胸で静かな寝息を立てる真理の髪を優しく拓未は撫でた。


「さて! それじゃ、拓未も目は覚めたみたいだし。ちょっと着いてきて。あ、真理ちゃんはアンタが運びなさいよ」


 パン、と手を叩いて空気を変える鈴。

 拓未に背を向け歩き出そうとする。


「あ、おい! 行くって、どこに?」


 いまだ自身がどこにいるかも知らない拓未は鈴の背中に声を掛ける。


「ガイコツ船長のとこよ。ま、詳しい話はついてからね」


 鈴は歩みを再開した。その後ろに拓未を従えて。

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