それは死骸のなかに潜み、
海賊船が拓未等を連れ去った海岸線。
そこは見るも無惨な有り様だ。
海には無数の人魚の死骸。
波打ち際に流れ着き砂浜を埋めていく。
酷道にも死骸はあり、海賊船の砲撃により爆裂四散した肉塊、火矢に射られて炎上する死骸と様々だ。
正に地獄絵図ともいえる光景。
動く物など一つとして無い死という静寂のなかにある世界。
しかし、そこに微かな動きが生まれる。
波打ち際に流れ着き小山を形成する人魚の死骸。
その死骸の山が僅かに動いたのだ。
微かな揺れだったものは次第に大きくなり、やがて小山が崩壊する。
「……忌々シイ海賊ドモメ!!」
死骸の山から這い出してきたのは黄色の肌をした人魚。
人魚の群れを統率していた上位個体である。
彼女は海賊船襲来と共に配下の人魚に指示を出して応戦した。
しかし、結果は惨敗である。
配下の人魚達は彼女ほどの知能を持たない。
上位個体からの簡単な指令には従うものの難しい指示は理解できなかった。
それが勝敗の明暗を分けた。
もし、配下の人魚達が彼女の指示を十全に理解し実行していれば結果は違ったはず。
だが、現実は目の前にいる大量の餌を喰らおうと自らの食欲を優先した人魚が無謀で無策な直進をし続けた。
船の砲撃、船上からの射撃、それらの良い的となっただけである。
「知能ニ劣ル馬鹿ドモガ。奴等サエ、マトモデアレバ……」
海賊達に抱いていた恨みの感情を自らの同族に向け人魚は歯噛みする。
刻一刻と数を減らしていった手勢に敗北を認めざるを得なくなった彼女は早々に戦線を離脱した。
具体的には配下の人魚を盾に砲弾飛び交う主戦場から退散。
砲撃にやられ墜落していく配下に紛れて海に落下。
積み上がる死骸の山に潜り込み海賊船が去るのを息を殺して待っていたのだ。
おかげでその身体は血と煤と砂にまみれていた。
地の体色が分からないほどに薄汚れていた。
「――あーらら、これまた酷い有り様で……」
そんな自身の現状に再びの憤慨をしようとした彼女に声が掛けられた。
突然、軽薄で調子の良い男の声を耳にしたこともあるが、予期せぬ闖入者の登場に彼女は殺意を乗せた声音で応対する。
「……貴様、何者ダ」
「お~怖ッ。全然、怪しい者じゃありませんて。だから、そんな殺気放たないで。チビっちゃいそうだわあ」
発する言葉とは裏腹にその態度には余裕があった。
「いやね、どうにもピンチっぽいじゃないですか……」
戦線を離脱し生き残ったとはいえ、彼女も無傷という訳にはいかなかった。
黄色の皮膚は一部焼け焦げ、腕の肉が削げていたりと手負いであるのは見て明らかだった。
「……ナラバ、ドウダト言ウノダ?」
眼前の男の目的が自身にトドメを刺すことだと予測した彼女は臨戦体勢をとる。
手負いとはいえ人魚。それも他の個体より上位に位置する個体だ。
その実力は確かで、眼前の男一人程度簡単に屑れる。
そんな意気込みを胸に彼女は飛び掛からんとして――
「そんじゃ、ちょうどいい。オレを喰っていいッすよ」
「――ハ?」
男の予想外の言葉に殺気を霧散させられる。
「いや、だから見た感じからして、負傷してんでしょ? だったら、オレを喰って体力を回復させればいいってコト」
「貴様、ナニヲ言ッテ……」
「簡単な話だろ。ここに、オレ以外の食い物は無えんだから」
「…………」
男の言葉は正しかった。
彼女は負傷したことで体力を消費し回復しなければ帰れない。
そのためには食事の必要があった。
そして、この場で彼女の腹を満たせる存在は眼前の男だけだった。
「……貴様、何者ダ?」
初めに相対した際と同じ言葉を発し、彼女は訝しげに男を睨む。
「オレはジョ――いや、違うな。オレの名は……バレル。ただのバレルだ」




