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Dead Heat Zone  作者: 中村英雄
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轟音は止み

 ――花火というものを日下真理は見たことが無い。


 生まれた時には既に世界は滅びていて、夏の夜空を彩る大輪の火の花を見たことが無いのも当然だ。

 知識としては知っていて、地下施設書庫にあった幾つかの本に掲載された資料写真を目にしたことはあるものの、実物を肉眼で捉えたことは一度として無い。

 そんな真理だからこそ、その光景に惹き込まれた。

 夜空に大量の炎が浮かんでいる。

 海賊船より轟音を伴った放火、船上の骸骨が放つ火矢により炎上する人魚、どれも戦いが起こした炎であり、いつこちらへ文字通りに飛び火してくるか不安があるものの目が離せない。

 物騒な花火もあったものだ。

 血と火薬の臭いを撒き散らし肉片と煙を垂れ流す。火の芸術とも呼ばれる本物の花火とは比べることすら恐れ多い光景。

 それに見入っていたのは真理だけではない。


「……この間に逃げるぞ」


 そう言葉を漏らしたのは拓未だ。

 獣化し黒妖犬の状態であるため、表情からは読み取りにくいが緊張した声音から拓未が警戒を厳にしているのは明らかだった。

 視線は上空で繰り広げられる空戦に定められている。


「アタシも拓未の意見に賛成。この状況はさすがにヤバいでしょ……」


 突如として現れた百を超す人魚の大群。

 それだけでも脅威としては一級品。

 負傷したカテナと獣化した拓未を合わせてもジリ貧だった。

 そして、次に現れたのは謎の空飛ぶ海賊船である。

 船上には複数体の動く骸骨も確認出来る。

 あれらがどのような理由により現れ、人魚と交戦してるかは分からないがここで取る判断はそれが正解だった。


「……興が削がれたな。私は寝る。逃げるのならば、さっさと逃げるんだな」


 カテナの行動も拓未の判断を後押しする。


「……あぁ、そうさせて貰うさ」


 突然の乱入者に興が削がれた。そんな理由で棺桶に入るカテナ。

 その横顔は酷くツラそうだった。

 気付けたのは拓未のみ。


(……あのとき、カテナの奴は『盾』を使った)


 人魚が急襲してきた際の事だ。

 拓未とバレルの前に躍り出たカテナが使用したのは『盾』であった。


(……『食事』の不足。それだけが理由じゃないだろうな)


 あのとき、使うべきだったのは『盾』ではない。

 使うべきだったのは『剣』だと拓未は確信してる。

 その威力は絶大で身をもって味わったことのある拓未としてはそれが最適解だと思っている。


(……使わなかったんじゃない。使えなかったんだろ……)


 夜もこれから深まっていく時間。

 昼夜が逆転している吸血鬼のカテナにとってはこれからが本格的な活動時間。

 そんな時間帯に眠りについたカテナの行動からもそれが予測できた。

 原因は人魚に負わされた腕の傷。

 それ以外には考え付かない。

 拓未はその事に気付いたからこそ、いままで不調な素振りを見せなかったカテナに称賛を送り、同時に撤退を決めた。

 カテナという戦力が抜けたのは大変な痛手だ。

 自分と鈴という戦力もあるにはあるが、人魚相手には心許ない。

 一体ならそれほど問題にならないが、今回のように百を超す大群となれば獣化しただけの拓未では対処すら難しい。

 将棋で言えば飛車角落ちの戦い……いや、王将落ちだ。

 はっきり言って勝負の土俵にすら上がれない状態である。


「……そんじゃ、さっさと逃げるぞ」


 カテナの入った棺桶を軽々と担ぎ上げ拓未は戦線離脱を急ぐ。

 人魚との戦闘で荷物は散乱していたが、なるべく必要な物だけを見繕い収納。

 勿体無いとは思ったが多くの品は捨て置くことにした。

 命あっての物種だ。

 真理も鈴もそれに倣い準備を完了。


「いつでも行けます。木場さん」

「こっちも大丈夫よ」


 所要時間は三分と少し、上出来だ。


「まずはここから離れる。目指すのは北だけど、海岸線からは離れよう。人魚とのいざこざはもうゴメンだ」

「うん。アタシもそれがいいと思う。人魚に比べたら、野犬や他の不死者のがずっとマシ」

「わ、わたしは木場さんの指示に従いますっ」


 二人の少女の同意に頷き、拓未は三人目の同行者に確認を取る。


「バレル、あんたもそれで良いよな…………って、おい」


 そこに、いるべきはずの男はいなかった。


「な!? バレルっ! どこいった!?」


 いったいどの時点からバレルがいなかったのか拓未は把握していない。

 海賊船の存在を確認してからは人魚との空戦に注視し動向を見極めるのに忙しかった。

 こちらに危害を加える意図が無いと気づいてからは撤退準備。

 散乱した荷物の取捨選択と上空の動向を気にしていた。

 そのせいでバレルの不在に気づくのが遅れてしまった。


「どうするの拓未!」

「木場さん、バレルさんどこにっ」

「……っ!?」


 見たところ周囲にバレルは見当たらず気配も感じられない。

 しかし、匂いだけは感じられた。

 黒妖犬に獣化してるおかげで視覚化されたようにはっきりとバレルの匂いが線上に感じられる。

 その線上になっている匂いを追えばバレルのもとに辿り着ける。

 しかし、それは――


「木場さん……」

「拓未……」


 二人の少女を死地に追いやるのと同義だ。

 時は一分一秒を争う。

 少しでも早くここを去れば危険からは遠ざかり、少しでもここに留まれば危険は増大する。

 バレルを追うか、バレルを追わないか。

 拓未は選択を迫られた。

 十分ほど前まで――海賊船を確認した時まではバレルは確かに拓未のそばにいた。

 それを考えれば、そう遠くにはいっていない。

 だから、拓未は判断しあぐねる。

 少しの労力と時間でバレルは発見回収可能。

 その危険を犯すかどうか。


「……バレルは――」


 拓未は決断する。


「俺が見つけてくる!」


 悩んだのは僅かに数十秒。

 拓未はその時間で実に彼らしい決断を下した。


「真理と鈴は先に逃げろ。バレルを拾ったらすぐに合流する。それまで、鈴……」

「うん! 真理ちゃんのことはアタシに任せておいて」

「……あぁ、助かる」

「わたしもあまり迷惑かけないようにしますっ」

「いい心掛けだ。でも、無理はするな」

「はいっ」


 真理と鈴の二人のみを先行させるのは拓未にとっても実に心苦しい。

 人魚に襲われないのはつい先刻に確認済みとはいえ、その理由は判明していない。

 危険は完全に拭いされてないのに二人を放置。

 拓未の心は痛みに苦しむ。

 しかし、バレルを放っておくことも出来ない。

 出会って数日と経っていないが、拓未にとって彼も立派な仲間なのだ。

 ここで見捨てていくなんて判断は下せなかった。


「なるべく急いで探してくる。二人はその間に出来るだけ遠くに――」


 拓未が悩んだのは僅かに数十秒。

 たったそれだけの時間。


「――音が止んでる……」


 轟音が止んでいたのは正にその間。


「あれ、急に暗く?」


 夜なのだから暗いのは当たり前。

 しかし、真理が暗くなったと感じたのは正しい反応だ。

 唯一の光源である月明かりが遮られたのである。

 つまり、いま彼等の頭上には月明かりを遮った存在があるということで――


「――ッ、逃げろ!! 二人とも!」


 見上げるとそこには海賊船が在った。


「ハハハハ! そぉ~れぃッ!!」


 船上から骸骨が漁網を投げ放った。

 重力に従い落下する漁網。巨大なそれは広い範囲に放射状の影を落とし、その範囲内には逃げようとする二人とそれを援護しようとする拓未を含んでいた。


「ハッハー! 今夜は大漁だぜぇ!!」


 声高らかに骸骨が哄笑する。

 同じように船上からはカタカタと骨の震える音と共に笑い声が響いた。


 ――拓未たちは海賊船に捕らえられた。

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