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Dead Heat Zone  作者: 中村英雄
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魚群

「…………痛い。すごく痛~いっ!」


 殴られた頭を両手で押さえ嘆いているのは誰あろうバレルだ。

 余計なことをペラペラ喋り拓未の内に邪心を芽吹かせたことへの制裁を受けた結果である。


「こんないたいけなオジサンを殴りつけるとか最低だぞ! 謝罪を要求する!」


 プリプリと憤慨するバレルの様は実に見苦しい。

 自分自身の非はいったいどこへやら。

 完全な被害者面で喚く金髪のおっさんに拓未は冷たい視線を向けて応対する。


「謝罪? そんなもんこっちが聞きたいくらいなんだが?」


 人魚との戦闘は終了したが、何事もなく無事にとはいかなかった。

 バレルの言葉のせいで拓未は戦闘中でも数瞬、意識が逸れる場面があった。

 そのせいで危うい目にも会ってしまい気が立っていた。

 終着点も見えない不毛な口喧嘩をバレルと繰り広げるほどに。


「はぁ~、なにやってんのよ。あの男どもは……」


 拓未とバレルの不毛な争いを遠目に見ながら、鈴は溜め息をついた。

 その足元には人魚が転がっている。

 身体を霊糸によってがんじがらめに縛られ自由を奪われた状態でだ。

 ジタバタと拘束を解こうと抗ってはいるが鈴の編んだ霊糸はちょっとやそっとの抵抗ではビクともしない。

 鈴もそれが分かってるから、足元に危険な存在がいるというのに落ち着いた様子だ。


「……仕方ない。処分はアタシがしとくか」


 ――処分。

 残酷で物騒な物言いではあるが事実なのだから仕方ない。

 殺さずに捕らえたのは良いものの人魚に利用価値は無かった。

 いままで遭遇した二体の人魚は片言ながら一応は人語を喋っていた。

 ならば、捕らえて尋問なりして情報を引き出そうとしたのだが、そう上手くはいかなかった。

 喋れるのは二、三の単語くらいでそれらをランダムに繰り返すのみ。

 それが分かったからの処分だ。

 他の利用価値は見いだせず解放すれば危険極まるため残った選択肢がそれだった。

 鈴はなるべく痛みを感じさせないよう慈悲の心を持って事にあたる。

 手にした桃木剣が茜色の燐光を帯び人魚の首に据えられる。


「――ふッ!!」


 短い気迫と共に桃木剣が振るわれ首が飛ぶ。

 あとは残った死体に火を放ち焼却すれば事は終わりだ。

 鈴が符を取りだそうと胸元を探った時だった。

 生温い風が辺りに吹いたのは、


「……この、匂いはッ!?」


 最初に気付いたのは拓未だった。

 バレルとの言い争いは即座に中断し、匂いの方向に目を向ける。

 生温い風には濃密な海の香りが乗っていた。

 すぐそばに海があるからではない。

 それとは全く異なる香りを拓未の鼻は捉えていた。


「……アレって」


 拓未に続き気付いたのは真理である。

 突然、上空を仰いだ拓未が気になり同じように仰ぎ見た結果だ。


「…………人魚、」


 カテナは上空から暗い影を落としてくる魚群を見据えながら静かに呟いた。

 優に百を越す人魚の群れ。

 上空を軽やかに遊泳するそれらは一様に下方の拓未達を睨み付けていた。


「……フム、少ナイナ。……二体、イヤ三体カ」


 人魚群の中心には他の人魚とは体色の異なる黄色い肌の人魚がいた。

 それが目標を見定める。

 金髪の女に男。そして、黒髪の男をだ。


「数ハ少ナイガ上物ガイルカ、ソレナラ悪クナイナ。姉妹タチヨ……」


 黄の人魚が腕を振り上げ、


「喰ラッテ良イゾ」


 その腕を振り下ろした。

 次の瞬間。


 ――人魚の群れが地上に降り注いだ。


「――クッ!?」


 苦しげな声を上げたのは鈴だ。

 上空にいる人魚との距離が最も近いと踏んだからである。

 加えて人魚の死体が近くにあるのも要因の一つ。

 人魚達から見れば、仲間を殺したのは自身だと丸分かり。

 真っ先に狙われるのは自分だと考えたのである。

 鈴は桃木剣を眼前に構え刀身に手を添えて防御の姿勢を取る。

 一体でもかなりの難敵だった人魚が百体以上。

 防御したところで焼け石に水なのは重々承知。

 それでも自身の取れる最善手がそれだった。

 上空より人魚が飛来する。

 その全てを殺せるなどとは思っていない。

 ただ、鈴は死なない事のみに専心するつもりだ。

 自身に襲い掛かってくるだろう人魚一体一体に集中し絶対に死なない。

 鈴はそう誓い、桃木剣を握る手に力を籠めた。


「さぁ、来なさいよッ!!」


 精一杯の強がりを口に鈴は飛来してきた人魚を睨み付ける。

 その距離はもう軽く手を伸ばせば届く間近。

 鈴は戦闘の衝撃に備える。


「――――は?」


 だが、人魚の全てが鈴を素通りする。


「な、ちょっと!?」


 蒼の魚群は鈴の上空、すぐ横を通りすぎていく。

 鈴に興味など欠片も無いと示すように、人魚達は鈴に一瞥すら向けなかった。

 邪魔な障害物を避けるような気軽さで鈴を無視していく。


「キャッ!!」


 真理も同様に素通りされる。

 すぐ傍を大量の人魚が通りすぎていく様子は心臓に悪い。

 空中を滑るように泳いでいく人魚の速度は凄まじく、その濁流のような魚群に飲み込まれればたちまち細かな肉片となるだろう。

 真理はただ脅威が過ぎ去るのを待った。

 そして、真理のもとを抜けていった脅威が三人へと襲い掛かった。


「あ、うぉわぁ~ッ!?」 


 叫んだのはバレルだ。

 百体以上の人魚が食欲を灯らせた瞳で迫ってきたのである。

 すっとんきょうな悲鳴を上げて当然だ。


「――『蒼薔薇の盾(アズール・ブクリエ)』」


 拓未とバレルのもとに移動したカテナが短い言葉を口にする。

 次の瞬間、三人の周囲を氷の薔薇が覆っていった。

 幾輪もの薔薇が咲き乱れ折り重なり半球状の空間を形成する。


「な、なんだぁ!?」


 突然の超現象に驚きの声を上げたのはまたもバレル。

 目をパチクリさせて氷で出来た薔薇を見つめている。


「……どれくらい保つんだ?」


 そんなバレルのことなど無視して拓未は隣のカテナに問い掛けた。


「一分。それだけ保てば上等だろうさ」

「……へぇー、それはそれは」


 果たして、長いのか短いのか拓未には判断がつかなかった。

 カテナが即座に展開した氷の半球。

 そのおかげで拓未達は九死に一生を得ることが出来た。

 もし、この氷の半球という盾が無ければ百体を超える人魚達に襲われ喰い殺されていたのは想像に難しくない。

 だが、その想像に難しくない未来はただ先延ばしになったに過ぎないのだ。

 それも一分と実に短い未来に。

 氷の半球の外では人魚達が攻撃を仕掛けている。

 半球を破壊せんと爪や牙を立て、拳を叩きつけ、体当たりもかましていた。

 時折、ビシバキと嫌な音が響くのはそのためだ。

 残された時間は僅かである。


「……さて、どうするかな」

「フン、どうするもこうするも無いだろう駄犬」

「…………だよな」


 この状況下で出せる結論なんて一つしかない。


「全力で相手する。それしかないよな…………変身ッ!!」


 拓未はその身を黒妖犬(ブラックドッグ)へと変じさせた。


「ぇえぇええ~!!」


 バレル絶叫。

 五分にも満たない間に度重なる衝撃の連続。

 もう何を口にすればいいかも分からず、ただ口をパクパクさせながら黒き獣となった拓未をバレルは見つめた。


「……聞きたいこと、言いたいこと、色々あるだろうがとりあえずは後回しだ。……ここを生き残ったら答えてやるよ」


 驚愕してるバレルへのフォローもそこそこに拓未は拳を握った。


「あと、五秒だ」


 拓未へ半球の崩壊時刻を告げるや、カテナも臨戦態勢に入る。

 半球内の温度が一気に下がり七月だというのに真冬並みの冷気が充ちる。

 拓未も冷気が充ちるのに呼応しグルルと唸り声をあげ牙を剥く。

 二人の戦意は最高潮に達した。

 そして、

 ドォォォォン!! と凄まじい音が響いた。


「なんだこの音は!?」


 半球内で拓未が叫ぶ。

 その音は半球が破壊された音では無かった。

 氷の半球はいまだ健在である。

 同じ轟音が再び響く。

 半球が緩衝材の役割を果たし若干くぐもって聞こえてくる轟音。


「……これは」


 その音をカテナは過去に聞いた事があった。

 その轟音の正体は、


「――砲撃の音だ、」


 バレルが呟いた。

 その答えはカテナが予想していたのと同じもの。


「砲撃?」


 何故そんなものが聞こえるのかと拓未は訝しげな表情で外の様子を窺う。

 いつの間にか半球の全面に貼り付いていた人魚達の姿は無かった。

 しかし、人魚達の攻撃によりひび割れた氷の半球を挟んででは外の様子を窺い知ることは出来なかった。


「……カテナ」


 拓未はカテナに視線を送る。


「油断するなよ駄犬……」


 カテナは視線に籠められた意図を察するや氷の半球を解いた。

 ガラガラと細かな氷の粒に変化し崩れていく半球。

 どこからか襲い掛かってくるかもしれない人魚に拓未は警戒するも周囲に人魚の姿は無かった。


「木場さん!」

「拓未!」


 代わりに真理と鈴が拓未に駆け寄ってきた。


「良かった。二人とも無事だったか……」


 どうしてか分からないが人魚は二人のことなど眼中に無いと氷の半球に入る前に確認していたとはいえ二人の安否は気になっていた拓未。

 怪我をした様子もないので安堵の息が漏れる。


「アタシ達の心配をしてくれてたのは嬉しいけど、」

「それよりアレです!」


 ドォォォォン!! と、轟音がまたも響く。

 真理が指差していたのはまさしくその轟音の発生源。


 ――一隻の帆船がそこにはあった。


「……あれは」


 木造の帆船だ。

 三本のマストに百門を越す大砲。

 それは戦列艦に分類される船であったが拓未にそんな知識は無い。

 ただ巨大な木造の船という認識で拓未はその帆船を視線で追う。


 ――縦横無尽に空を駆けるその帆船を、


「……空飛ぶ船だと?」


 大概の不可思議に慣れてしまった拓未もその光景に開いた口が塞がらない。

 空飛ぶ帆船は人魚と戦っていた。

 百を越す人魚が帆船に群がり、帆船側が砲撃で応戦している。


「……チッ、忌々シイ奴等ダ」


 指揮を取る黄の人魚は苛立たしい思いで帆船を睨み配下に指示を出す。


「駄犬、アレはただの帆船ではないぞ」

「は?」


 そんなことはカテナに言われずとも拓未は分かっていた。

 海上ではなく空上を往く船が普通な訳がない。


「……ジョリーロジャー」


 カテナの発する単語の意味を拓未は知らない。

 だが、すぐに知ることとなった。

 何度も放たれる砲火の明かりによって照らされた黒地の布に白で描かれた髑髏のシンボル。

 その意味は拓未も知っていた。


「…………海賊船」


 ――夜の闇を無数の砲火が彩った。

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