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Dead Heat Zone  作者: 中村英雄
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ユナ

 ――東北南部、海沿いの一角にひっそり造られた集落にユナは住んでいた。


 集落には両の手で数えられる程の人間しかおらず、ほとんどが年老いた大人ばかり。

 子供は今年で十五歳になるユナと五つ下の男の子のみだ。

 ユナに両親はいない。

 生まれた時には既に世界は滅びていて両親の顔すらユナは知らない。

 集落の人間に血の繋がりは無く皆が地獄と化した日常より生還した者達だ。

 彼等は危険な人口密集地を避け痩せ細った地に寂れた集落を形成した。

 それがユナの住む集落である。


 ユナも年の離れた男の子もこの場まで逃れる道すがら拾われた。

 最初は欠片ながらに残っていた道徳心から気まぐれに拾われ、集落形成の際には危険の方が大きいからと処分されそうにもなった。

 しかし、二人が処分されることはなく集落の人間にとっての希望へと変わった。

 集落には年老いた男女しかおらず子供は為せない。

 ただ生き延び短い余生を死の影に怯えながら過ごすより、自らの持てる技術を知識を教え次代を育もうと彼等は決めたのだ。


 教師であった男が読み書きや数学、歴史、科学を二人に教えた。

 調理師だった女がユナに料理を、大工だった男は男の子に大工仕事を教えた。

 集落の大人達からすれば、それらは自分達が死んでも二人が生きていけるようにするための大事な行為だった。

 だが、ユナにとってはどれも退屈な時間だった。

 いつの時代も子供にとって勉強とは退屈でつまらない代物である。

 集落の一角に設けられた青空教室で教えを受ける時間はユナにとっては拷問に近く、僅かな隙を見つけてはいつも逃げ出していた。


 ――その日も、ユナは青空教室から逃走を図った。

 教師は頭髪の八割が白髪になっている還暦を少し過ぎたくらいの眼鏡の男。

 年を経るごとに眼鏡の度数は合わなくなってきているうえに、体力は衰え身体の古傷も痛み満足にユナを追走出来なくなっていた。

 ユナはそんな教師をまんまと出し抜き秘密の隠れ家に向かう。

 集落から少し歩いた場所にある巨木だ。

 ユナの身長の何倍もある高い木で幹の太さもかなりある。

 悠々と伸長する枝葉も見事なものでユナはその木によじ登って樹上から集落を見下ろすのが好きだった。

 見映えは良くないものの頑丈な掘っ立て小屋が数件に農大の教授だった男が指揮して作った広い畑。

 それがユナの生きる場所だった。

 いまも忙しそうに何人かの大人が働いている。

 今日は天気も良く色々と仕事も捗ることだろう。

 心地好い陽射しは太い枝に腰掛けるユナにも降り注ぎ眠気を誘った。

 ユナは前触れもなくやってきた睡魔に抗えず、木からは降りず太い幹に背中を預けて眠ることにした。

 樹上で寝るのはこれが初めてではなかった。

 最初の内は危うく落ちかけたりすることもあったが、いまでは微動だにすることなく熟睡する術をユナは身につけている。

 そうして、ユナは眠りの世界に堕ちていくのだった。


 しばらくしてユナは目を覚ました。

 辺りは闇に包まれ陽はとっくに沈んでいた。

 眠気眼を擦りながら、微睡む意識を覚醒させてゆく。

 そして、目を開くと、


 ――集落が燃えていた。


 まだ夢の中にいるのかと茫然とその光景を見入るユナだったが、それが現実だと分かると木から降りて駆け出した。

 離れていても伝わる熱感に鼻腔をつく焦げ臭い匂い。

 近づく度にそれは強まった。

 加えて、それらに混じりもう一つ嫌な匂いがした。

 ユナはその正体を両の紅い瞳で捉える。

 教師だった男の残骸がそこにはあった。

 ユナが感じたのは死臭だったのだ。

 顔以外は原型を留めず引き裂かれ肉塊と化した男の骸がそこにあった。

 そして、原型を留めていた顔に牙が突き立てられた。

 まるで林檎をかじるかのように男の頭部が骨ごと咀嚼される。

 集落を焼く炎に照らされながら男の頭部を咀嚼するソレをユナは見た。

 死人のように白い肌には血管が浮き出てまるで痣のようになっていた。

 四肢は炭化したかのように黒ずんでいる。

 その身体的特徴を見てユナはソレの正体を悟る。


 ――感染者。

 ヒトの世界を滅ぼす要因の一つとなった不死者である。

 ユナの集落は感染者の群れによって滅ぼされたのだ。

 集落の中に生き残る者は誰一人としていない。

 全員が等しく感染者の腹の中。

 ユナは感染者が現れた際、集落から離れていたことで運良く難を逃れたのだった。

 いや、この場合は運悪くと言える。

 集落を襲った感染者の群れは二十体と少し。

 内訳は男が半数、残りは女と子供が半々だ。

 それら感染者の腹は一様に集落の人間の肉でそこそこ満ちている。

 そこに現れたユナという少女。

 空腹が満たされた感染者の男達がユナを取り囲んだ。

 目的は決まっている。

 喰うためではない。

 いまさら少女一人を殺し皆で分けあってもあまり意味はない。

 それよりはもっと有用な使い道がある。

 ジリジリと感染者がユナに迫る。

 喰らうのではなく、仲間の数を増やす(・・・)のに使うために……


「……ゴハン、ミツケタ」


 突如、その場に女の声が響く。

 片言でイントネーションのおかしい日本語。

 しかし、声音自体は美しく違和感も不快感も感じさせない不思議な響きで紡がれる言葉。

 その声に感染者が、ユナが視線を向けた。

 蒼い肌をした半人半魚の美しい異形がそこにはいた。

 魚類の下半身は地面には接しておらず、その身は空中に浮游している。

 蠱惑的な微笑を浮かべるその存在にユナは見惚れてしまう。

 感染者も突如として現れた闖入者に対応しあぐねていると、人魚の方が先に動いた。

 空中を滑るように泳ぎ人魚は感染者の元に瞬時に移動した。

 そして、その身に食らいつく。

 男の感染者の肩口に食らいつくと肉を大きくこそげとる。

 感染者が悲鳴を上げる。

 一連の行動は一瞬の内に行われ、仲間の悲鳴に周りの感染者はようやく人魚を排除すべき敵と認識し攻勢に出た。

 かなりの速度で空中を移動出来る人魚に感染者達は苦戦を強いられる。

 人魚はかなり自由度の高い三次元機動を実現していて中々捕らえられなかった。

 通りすがりに肉を食べられ感染者内に負傷者が続出した。

 だが、それもすぐに終わる。

 感染者が人魚を捕らえた。

 数とは力だ。人魚が一体なのに対して感染者は二十体以上。

 どれほど人魚が空間運動能力に長けていても全方位から迫られてしまえば、どうしようもない。

 感染者達は捕らえた人魚を力任せに殴打する。

 見た目が女だからと巣に連れ帰ろうという者もいたが、己の肉を喰われた者が怒りに任せ殴り殺した。

 人魚は完全に事切れ、感染者はその骸を喰らう。

 ユナはその間放置され、この先に待つ自身の運命を悲観した。

 そんなユナの耳に、


「……ゴハン」


 その声は届いた。

 声のした方向を見れば、いま現在感染者達に喰われているのと同じ蒼い肌持つ二体目の人魚が離れた場所に佇み感染者に視線を向けていた。

 その存在に感染者も気づき、今度は感染者が先に動いた。

 男の感染者が六体飛び出し人魚に襲いかかる。

 人魚の倒しかたはもう学習済み。

 感染者達は上下左右から逃げ場なく人魚に襲いかかると、さっきまでの苦戦が嘘のように呆気なく人魚を倒してしまう。

 六体は仕留めた人魚を喰らった。

 まだ息はあったが、喰らってる内に力尽きるだろうと感染者は生きたまま人魚を喰らう。

 しばらくは人魚も抵抗を続けたが、次第に力は弱まり感染者の予想通りに死んだ。

 そのときだ――


「――ゴハン」


 また不可思議な女の声。

 今度は上からだ。

 そこには黄色の肌をした人魚がいた。

 容姿は先の人魚と変わらないものの肌は黄色で頭髪は黒。

 そして、感染者とユナの耳に届いた声はその人魚が発したものではなかった。


「ゴハン」

「……ゴハン」

「ゴハ、ン」


「「「――ゴハンッ!!」」」


 黄色の肌を持つ人魚の背後、そこには百を超す蒼の人魚の姿があった。


「喰ラッテ良イゾ、姉妹タチ」


 先の人魚よりも流暢な言葉遣いで黄色の肌の人魚が号令を発する。

 それを待っていたとばかりに蒼の人魚が感染者を襲う。

 まるで豪雨のように人魚が空から降り注ぎ一体の感染者に数体がかりで飛び付く。

 さっきとは逆の構図だ。

 まるで鳥葬を思わせる光景である。

 人魚は抵抗する感染者など意に介さず喰らっていく。

 全ての感染者が骨も残さず捕食されるのには五分と掛からなかった。

 大量の人魚は感染者を喰らい終えると黄の人魚に引き連れられ夜の闇へと消えていった。

 その様子をユナはただ見ていた。


 何故、自分が無事でいられたのか疑問に思いながら。

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