覚醒めた野獣
――その夜、再び人魚は現れた。
「おうおう、現れやがったな~魚野郎っ!」
海面に立つ蒼い肌持つ人魚を見やりバレルが威勢良く言葉を放つ。
「……ん? いや、でもアイツ等はあれでも一応女か。なら、野郎じゃねえな。するってえと何て呼ぶべきかな……」
「……いや、そんな呼び方なんてどうでもいいだろ」
どうでもいいことを気にするバレルに拓未は呆れ顔だ。
「え~そうかあ? お前さんはそういうの気にならねえタチなのか? …………あー、なるほどなるほど」
なにやら勝手に納得し拓未を見ながら頷くバレル。
「な、なんだよ気持ち悪い?」
バレルの反応に拓未は怪訝な表情を浮かべる。
「いや、なに。そうだよなーお前さんも健康な男だ。呼び方なんかよりも気になるもんは別にあるってことかあ……」
自身の胸を押さえながら身体をくねらせるバレル。
その様子はとても気色悪い。
「は? それってどういう……」
拓未は意味がわからないと首を傾げる。
「なんだよ、男がカマトトぶっても可愛くねえぞー。気になってるんだろ? ――あの、おっぱいがよぉ!!」
バレルは海面に立つ人魚の一糸纏わず露になっている胸元を指差した。
「は、はぁ!?」
思いもよらぬバレルの発言に拓未は狼狽する。
「…………まぁな、上半分の見た目は確かに美女だ。しかも、服なんて着ちゃあいねえとくる。堂々と晒された豊かな双丘を気にしねえ男はいねえだろうさ」
目算からして人魚のバストサイズは最低でもDはある。
見た目からして張りとツヤがあり、蒼い肌を水滴が伝う様は言われてみれば扇情的であった。
「あ、アンタはこんなときに何を言ってるんだよ!」
昨夜に続き人魚の襲撃があるかも知れないと海岸線を行く酷道に夜営していた拓未一行。
予想通りに人魚は現れ、これから戦闘に移るという大事な場面。
その緊張感溢れる場にありながらバレルが口にした場違いな言動。
拓未が動揺するのも無理はない。
「……素直に認めろ。男はすべからくおっぱいが大好きな生き物なんだ。おっぱい星人なんだよ。誰しもがおっぱい大王になれる素質を持ってんだよ。おっぱいを気にした状態で戦闘なんざ出来ねえぜ?」
この数分でバレルは何度おっぱいという単語を口にしただろうか。
バレルの発言によって、いままで気にもしてなかった人魚の胸元に拓未の視線は向いてしまう。
「……うっ」
木場拓未。二十七歳。
彼女いない歴=年齢の悲しき男。
思春期の頃はそういうことにも興味を持っていたが、世界が滅んでしまってからはエロスに割く時間などは無く生きることに全力だった。
しかし、バレルの言葉によりその身の奥深くに封印されていた黒妖犬とは異なる野獣が覚醒の時を迎えてしまった。
人魚の胸元から視線を放せない。
「ッ!?」
まるで魅了の魔術を掛けられたかのように視線が釘付けにされてしまう。
もうこのままの状態が永遠に続いてしまうのかと思った刹那――
「……サイッテーね」
「……木場さん、」
「……発情期か、駄犬」
女性陣の冷たい視線と言葉が拓未を正気に戻した。
「……あ、その、これは」
弁明しようにも言葉が続かない。
人魚の胸元を見て――凝視していたのは紛れもない事実であり、弁明の余地はどこにも残っていないのだから。
「……これだから、男って」
師匠の自室に隠されていた大量の成年向け雑誌を発見した時と同じ視線を向ける鈴。
「……去勢も考えねばならんか」
なんだか恐ろしい呟きを漏らすカテナ。無事な方の手で二本の指でチョキチョキとジェスチャーをしている。
「……そういえば、わたし木場さんに、」
出会った当初、拓未に全裸を目撃されていたことを思いだし赤面する真理。
三人は一様に胸元を隠しながら拓未に冷たい視線を向けた。
「…………う、うぉあーッ!?」
いたたまれない気持ちになり拓未は人魚に向かって走り出した。
当初の予定では人魚の狙いとされるカテナは後ろに控えてもらい鈴と拓未が二人一組で人魚を相手取る算段だった。
しかし、その作戦はもう使えない。
拓未はしばらくまともに女性陣の姿を見れそうになかったからだ。
見てしまえば自然とある一点に視線が向いてしまうのが予測できた。
覚醒めた野獣はまったく制御が効かなかった。
拓未は走る。
自らの内に生まれた新たな野獣を沈めるために全力で駆ける。
激しく動き戦うことで溢れる獣性を抑えようとした。
「……青春、ってヤツかねえ」
原因をつくりだしたバレルはその様子を他人事のように見ているのだった。
そして、戦闘終了後。拓未に殴られたのは言うまでもないことである。




