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Dead Heat Zone  作者: 中村英雄
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バレル

「……お、お~い、待ってくれよ。そろそろ休憩にしようぜぇ……」

「は? 休憩って、アンタ。ついさっきしたばかりだろうが」

「おいおい、冗談キツいぜ。ついさっきって二時間も前じゃねぇか。それだけ経ちゃあ疲れもするさ、それにもう昼時だ。メシにしようぜ」

「…………ったく、」


 拓未は頭を抱える。


「いいんじゃないの拓未? このオッサン、一応は昨日漂流してたのを助けたんだし、体力が回復しきってないと思えばさ。それに歩きながら愚痴こぼされてもウザいし」

「お! 話が分かるねお嬢ちゃん。いいぞぉ、もっとやってくれ! その調子で頭の堅いお兄ちゃんに援護射撃よろしくっ!」

「……やっぱり、このオッサン捨ててかない拓未?」


 苛立ちを露にする鈴。


「まぁまぁ! 木場さんも鈴さんも落ち着いてください。疲れてるなら休ませてあげないと可哀想ですよ」

「そうだそうだ! 白いお嬢ちゃんの言うとおりだ! 可哀想だろうが。休ませろぉ!」

「…………はぁ、この金髪外国人。ホントに記憶喪失なのかよ……」


 人魚についての知識を持つ謎の漂流者。

 その外国人の男は自身の記憶を失っていた。

 いわゆる記憶喪失だ。

 それなのに人魚の知識を持っているとは不思議な話だが、記憶というものにも色々と種類がある。

 男が失っていたのはエピソード記憶と呼ばれるもの。

 主に思い出と呼ばれる自身が積み重ねてきた日々の出来事を忘れてしまっていた。

 人魚の知識を持っていたのは、それが意味記憶という別の記憶領域にあったからだ。

 男は自身の過去を思い出すことは出来なかったが、知識や常識といったものは備えていた。

 それを知って拓未が男を放っておけるハズもなく、男は旅の仲間に加わった。

 そうなると名前が無いのは不便だ。

 男には、とりあえずの名が与えられた――


「おい、バレル! あんた取りすぎだっての」

「やいやい言いなさんな。食事ってのあ楽しく食うもんだ。もっとおおらかにだなあ」

「あ、だから! 言ってるそばから肉を取るなっての」


 ――バレル。

 それが男に与えられた名だ。

 さすがにその見た目から和名は躊躇われ、バレルとなった。

 バレル、英語で樽を意味する言葉だ。

 海岸での発見時、樽に入っていたことから命名された安直極まる名である。

 しかし、本人はそれを気にした風もなく、拓未たちも呼びやすいからと気軽に呼んでいる。


「……なんだか、」

「……賑やかになったわね」


 真理と鈴は食事の配分で揉める二人を眺めていた。

 食事時はいつも喋ってはいるもののこんなにも騒がしくはない。

 バレルというお調子者が加わったことで、それを諌めようと拓未が奮迅。

 とても騒がしく賑やかになってしまっている。

 しかし、それは不快な雰囲気ではなかった。


「……ったく、それでバレル。アンタ、少しは記憶思い出せたのか?」

「いや、なーんも。オレがどこの何者だったかはさっぱりだ」


 記憶喪失の簡単な治し方なんてありはしない。

 時間の経過か失われた記憶に関連する何かにでも触れたら治る。

 それくらいしか拓未の知識にはなかった。

 バレルが記憶喪失と分かってから半日近く。

 ほとんど時間は経過していない。

 その答えも当然だ。


「……はぁ、そんなんで人魚が来たとき役にたってくれんのかよ」

「あぁ、そこんとこは安心しとけ。オレ、なんでかは思い出せねえがアイツらには詳しいみてえだからな」

「……そうかよ。期待しとくさ」

「おうよ。じゃあ、おかわりを……」

「まだ食うのかアンタ!?」


 賑やかな昼食は続く。

 それはつかの間の休息。


 ――脅威は着実に迫ってきていた。

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