木樽
右手に海岸線を望みながら三人と棺桶一つが酷道を行く。
照りつける日射しに肌を撫でる潮風。
今日で七月に入り夏はもう間近だ。
まだまだ暑いという程の気温でもなかったが、遮蔽物も無しに太陽光を受け続けたせいか一行の一人が怒声を上げた。
「もう嫌っ! 暑い、暑すぎるっての!?」
鈴は背負っていた荷物を下ろすと地団駄を踏んだ。
キョンシーとの決着がついて十日あまり。
すっかり仲間として打ち解けた鈴は拓未に食って掛かる。
「拓未、休憩。というか、もう夜営の準備しちゃわない?」
「いや、さすがにいまは早すぎないか?」
現在時刻は昼の二時過ぎ。
拓未は太陽の位置を確認してそう当たりをつけると、鈴に抗議の視線を向けた。
日没までまだまだ時間はあり、進めるだけ距離を進んでおきたかったからだ。
今日は天候も良好だったのも理由の一つだ。
ただ、その天候が良すぎたのも鈴が抗議した理由だったのだが、
「無理、むり、ムリ~!! 毎日、早朝から歩きっぱなしで足パンパンなんだから! 今日はもう休ませてぇ〰」
基本的に言いたいことも言わなくていいことも口に出す鈴。
一月と一緒に過ごしていない短い付き合いだったが、その性格はすぐに把握した拓未。
その鈴にしても、今回の駄々はらしくなかった。
頑なに休憩を取りたがる鈴の真意を図りかねた拓未だったが答えはすぐに知れた。
「……あの、木場さん」
おずおずとした様子で真理が拓未に声を掛けた。
「わたしもちょっぴりだけ休憩したい、です……」
その真理の言葉に拓未は鈴の真意を悟る。
鈴は真理の為に強く休憩を訴え出ていたのだ。
拓未は気付けなかったが、真理の疲労は限界に近かった。
改造人間である拓未や幼少から鍛えてきた鈴と違って真理は年相応の体力しかない女の子。
ただでさえ連日の長距離移動で疲れているのに、長時間受け続けた日射しのせいで体力を奪われていたのである。
それを鈴は察したのだ。
「だよね! アタシも疲れちゃったから一緒に休もうよ。いいよね拓未?」
鈴は休みたくとも休めない真理の為に憎まれ役を買って出たのだ。
自分一人の為に一行の行軍を止めたくない。
その気持ちだけで無理をしていた真理のことに気付けたのは同年代の少女だからこそだろう。
「……あぁ、今日の移動はここまでにしておこうか、」
拓未はその事に気付けなかった己の不甲斐なさに意気消沈しながら、休憩を宣言する。
「じゃあ、ちょうど降りられそうだし海に行かない?」
鈴は海の方向を指差した。
荒れた酷道からは少し歩いた先に降りられそうな道がある。
そこを経由すれば海岸に降り立てるのだ。
「わ、わたし、海って初めてです!」
少女らしい好奇心に溢れた笑みを浮かべる真理。
ここ三日は右手に海岸線を望みながらの移動をしている。
真理は初めて見る海に興奮していたが、酷道と海岸線の間には落差があってこの三日は見るだけとなっていた。
だが、いまは降りられる道がある。
真理が興奮するのも無理はないことだ。
「……あの、木場さん」
真理が拓未に是非を問う視線を向けた。
拓未としてはあまり承諾したく無かった。
見たところ海岸は荒れている。
漂着物らしき物がそこかしこに見受けられた。
人の手など入る訳もないので当たり前だが、荒れた様子からして怪我をする可能性もある。
「……海の中には入らないと約束してくれ。七月とはいえ海開きにはまだ早いし、海中に何が潜んでるか分からないしな」
「うみびらき?」
真理は聞き慣れない単語に首を傾げた。
「あー、なんでもない。そうだよな分からないよな…………ともかく、海岸に降りていいってことだ」
「あ、ありがとうございます!」
真理は拓未に頭を下げると、肉体の疲労も忘れて海へと走っていった
「ねぇ、拓未。アタシたちの水着が見られなくて残念だった?」
海岸へと降りていく真理を見送る拓未に鈴が茶化すような言葉をかける。
「水着なんて単語良く知ってるな……」
海水浴やプールなんてものは消えて久しい。
鈴の口から飛び出た水着という単語に素直に驚かされる拓未。
「師匠に聞いたくらいでアタシも良くは知らないんだけどねー」
「そっか。……あと、さっきは助かった」
拓未は鈴が暗に知らせてくれた真理の疲労への礼を言う。
「別にいいわよ。仲間なんだから当然でしょ」
「…………そう、だな」
そう言われては拓未に返す言葉はない。
仲間なら当然。
拓未にとって大変、身に染みる言葉だった。
仲間だというのに、拓未は真理の疲労に気付けなかったのだから。
そんなつもりで鈴が言った言葉ではないと理解していたが自己嫌悪してしまう拓未。
「やっぱり、いつまでも徒歩ってのはキツいよな……」
自分や鈴はともかくとして真理は普通の少女と変わらない体力しか持ち合わせていない。
そんな当たり前のことにようやく拓未は気づいた。
鈴は拓未の落ち込みように気づき、言葉を掛けようとした。
そのときだ、
「――木場さん! 鈴さんッ!!」
真理の悲鳴が聞こえてきた。
「真理ッ!?」
「真理ちゃん!?」
二人は悲鳴に気付くや海岸へと急いだ。
まさか、不死者にでも襲われたのかと臨戦態勢に移行する二人。
拓未は拳を握りしめ、鈴は桃木剣を手にした。
十秒と掛からずに真理の元に駆けつける二人。
「大丈夫か、真理!」
「怪我してない、真理ちゃん!!」
「……あ、はい。大丈夫です」
砂浜に佇む真理に怪我はなかった。
ならば、何故悲鳴など上げたのかと二人が問い掛けるより先に、その理由を真理は指差した。
「あ、あれ……」
漂着物らしき木片が連なった山の中、一つの木樽に真理の指先は向けられていた。
――その木樽の中には一人の男が入っていた。




