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Dead Heat Zone  作者: 中村英雄
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魂魄

「……あれはもう師匠じゃない。そんなの最初から解ってる……」


 鈴の独白が始まった。

 拓未が消え三人だけが残されたその場で鈴の独白を聞くものはカテナのみ。

 真理は苦しみながら眠っていて聞くことなど出来はしない。

 鈴とて、誰かに聞かせようとは思っていなかった。

 ただ、己の無力と未熟を吐露せずにはいられなかっただけだ。


「師匠は死んだ。その時点であの身体に魂なんて残って無い。残ったのは(はく)だけ……」


 ――魂魄こんぱく

 人の肉体には精神を司る魂と肉体を司る魄が宿っている。

 人は死ぬと魂が天に還り、魄が地に還る。

 魂と魄、双方が正しく肉体から去ることで完全なる『死』を迎える。

 だが、キョンシーはその肉体に魄を残してしまっている。

 それにより肉体のみが活動を続け人に仇なす不死者となってしまった。


「アタシの名を呼んだのだって……」


 ただ、生前の記憶から最も縁が深かった鈴の名を口にしたに過ぎない。

 そこには何の感情もありはしないのだ。

 功夫にしろ、道術にしろ、その肉体に刻み込まれた技術をただ使ったに過ぎない。

 自らに敵対する存在に対し有効打として記憶していた技術を扱っただけだ。


「……なのに、」


 ただ名前を口にされただけで覚悟を打ち砕かれた。


「なのにッ、アタシは!」


 思い出してしまった。

 過ごした日々を、重ねた時間を、築き上げた絆を。

 ――思い出してしまったのだ。

 醜悪になり果てたはずの顔が、いつも自分に向けられていた柔和な笑みに見えた。

 くぐもり濁っているはずの声が、時に厳しく時に優しく自分を導いてくれた声に聞こえた。


「……フン、だからアレと戦うなど出来ないというのか」


 カテナがつまらなそうに鼻で笑う。


「くだらんな。一時の感傷程度で戦意を失うとは道士の名が泣くぞ」

「ッ! アンタに何が分かるっていうのよ!!」


 赤ん坊の時から一緒にいたのだ。

 初めて泣いた時も、初めて歩いた時も、初めて喋った時も、いつもそこには師匠――村地延允がいた。

 親に捨てられ、獣か不死者の餌になるのを待つだけだった自身を救ってくれた人間。

 恩人であり、師匠であり、鈴にとっての本当の親。

 死んで欲しくはなかった。

 だから、丹を造った。

 戦いたくは無かった。

 だから、拓未の後を追うことなく居残った。


「……分からんさ、私は人間(ヒト)では無いからな。あの駄犬が繰り返す愚行の理由も、貴様が感じている感傷とやらも、私には理解しかねる。だがな、」


 カテナは鈴の襟首を掴み、至近に顔を近付ける。


現在(いま)を見ず、心地好い過去(きのう)に逃避し、未来(あす)を手放す貴様があのお人好し以上に愚かだということだけは分かる」


 乱暴に手は放されて、鈴は地面に転がった。


「お前はあの殭屍を自らの師では無いと言ったな……」


 鈴はカテナの言葉を聞いてはいたが地面に転がったままだ。

 身体中に泥がつき不快感を感じていたが立ち上がろうとはしなかった。


「ならば、貴様はアレが真に別人(・・)となることを認めたのだな?」

「真に別人?」


 カテナの言葉に倒れ伏したまま問いを投げた。


「……確かにアレは魄のみにて動き続けるただの屍だ。だが、直に自我が――魂が宿るだろう」


 鈴は飛び起きる。


「貴様の師の魂ではない。まったく別物。新たにあの肉体の内で芽生えた魂だ」

「……それって、どういうことよ」


 それは鈴も学んでいない知識であった。

 鈴は師匠から道術とそれに関する知識も教わっていた。

 師匠が病に伏してからは残された書物を読み漁り新たに知識を蓄えた。

 そのなかには丹の精製方法もある。

 だが、キョンシーに関わる知識は乏しかった。

 聞いていたのは、元気だった時の師から伝え聞いた知識のみ。

 書物をいくら探しても、キョンシーやそれに類する知識が記された書物は発見できず知識に偏りが出来てしまっていた。


「殭屍は進化していって飛殭になるだけじゃないの?」


 飛殭とは殭屍が最終的に辿り着くとされる存在。

 天変地異すら引き起こすと言われている伝説級の存在だ。


「あぁ、成るとも。妖仙にすらアレは辿り着くだろう。だが、そこに至るまでには魂――自らの意思の獲得が必要となるのさ。まさか、ただ生気を貪ることしか考えない獣性の塊が私に近い位階に辿り着けると思っていたか?」

「それって、つまり……」


 ――真の意味の別人の誕生だ。

 村地延允の肉体に別物の魂が宿る。

 そうなれば、残った魄はどうなるか。

 簡単なことだった。

 統合が起こる。

 魂魄と言うだけはあり、一つの肉体に宿った魂と魄は混ざりあう。

 肉体と精神を司るために。

 だが、そうなってしまえば、


「貴様の師の魄は地に還る術を完全に失い、新たなる魂の色に染められるだろうな」

「………………駄目、」


 魂と魄。

 それらはキチンと葬られなければならない。

 そうでなければ完全なる『死』は迎えられない。

 もし、このまま新たなる魂の獲得を許し肉体に残った魄が統合されてしまえば、村地延允の魂は行き場を失う。

 天に還ったはずの魂は現世に舞い戻り未来永劫、彷徨うことになってしまう。


「そんなの絶対に駄目!!」

「……ならば、貴様はどうする?」


 紅の瞳が問いかける。


「アタシは――」

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